崩れ
「実験は終わった。…この世界は終わりにしろと上から命令が出た。」
その言葉が村中に響き渡った瞬間、沈黙が走った。リオの心臓がどくんと跳ねる。誰一人として「何を言ってるんだ」と笑う者はいない。ただただ、村の大人たちは顔を伏せ、まるでそれが当然であるかのように受け止めていた。
「世界の…終わり?」
リオが思わず声を漏らすと、男――トシが、彼を一瞥する。
「この村は“世界”の外壁だ。お前たちが住んでいたのは、実験施設に作られた隔離環境にすぎない。本物の世界は、もっと広く、もっと…汚い。」
リオの頭の中が真っ白になる。「実験? 隔離? この村が全部ウソだったってことか?」
トシがゆっくりとうなずく。
「お前たちは“本当の世界”を知らない。ただ、与えられた環境で、何も知らず、感情を制御されて生きてきただけだ。だが、その制御が限界を迎えた。」
トシの背後から、もう一人の男が近づいてきた。白衣を着た中年の男で、メモパッドのようなものを手にしている。
「予想外だったな。特に君――リオ。君の感情反応は平均を上回った。これも予兆だったのかもしれない。」
「なんだよ、それ…俺たちはモルモットかよ!」
リオの叫びが夜空に響く。体の奥から怒りと悲しみが同時に噴き出してくる。気がつけば拳を握りしめていた。
「リオ…!」
梨花が目を覚ました。弱々しい声だったが、その一言に、リオのこわばっていた肩が少し緩んだ。
「梨花、大丈夫か!?」
「…分かんない。すごく、頭が痛い…夢の中で誰かにずっと何かを…見せられてた…」
「夢じゃないかもしれんな。」白衣の男が冷たく言い放つ。「その症状は“記憶の戻り”の兆候だ。」
「記憶…?」
「そう。君たちには生まれた瞬間にこの村の“設定”が刷り込まれていた。外の記憶はすべて封じられている。でも、実験が終わる今、その封印が解除され始めている。」
梨花はうめき声を上げながら頭を抱えた。
「……私…知ってる、この建物……行ったことがある……!」
リオは梨花を抱きしめた。彼女の体が小刻みに震えているのが分かった。
「もう、何が本当なのか分からない…!」
その時、村の空に異変が起きた。
夜空が、不自然に揺れ始めたのだ。星が歪み、空が軋む音が響く。
「来たか。」
トシが呟く。
「“終了処理”が始まった。お前たちはここから出るか、それとも……このまま終わるか、選べ。」
リオは目の前の世界が崩れ始めていくのを感じながら、強く梨花の手を握った。
「逃げよう、梨花。俺たちで本当の世界を見に行こう。」