表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

隠れ里に差す光

翌日、森を抜けたリュートとファーディナは、次の集落へ向かう途中で再び薄い霧に包まれた。あまり大きな街道ではないため人通りもまばらで、耳を澄ますと風に乗って木の葉が擦れる音ばかりが聞こえる。


「ここから先は地図によると、名前がはっきりしない小さな集落があるみたいね。情報もほとんど載っていないわ」

ファーディナが地図を広げながら言うと、リュートは馬の手綱を引きながら辺りを見渡す。

「確か“隠れ里”って呼ばれる場所があるって、ブランチ村の人が言ってたな。昼間でも霧が立ちこめることが多いらしい」


しばらく進むと、段々と道が狭まり、ゆるやかな坂道を下った先に家々が見えた。煙突からはかすかな煙が上がっており、どうやら人が住んでいるらしい。

「本当に隠れ里って感じだね。ずいぶん静かだ」

リュートが声を落としてつぶやく。周囲を警戒している馬も、さっきまでとは違って落ち着かない様子だ。盗賊の襲撃を受けたばかりで警戒心が強まっているのだろう。


ゆっくりと集落へ近づくと、どこか古い看板が立っていた。文字はかすれ、読み取れるのは「○○の里」というわずかな部分だけ。

「こんにちは、旅の者です。宿を探しているのですが」

リュートが声をかけると、ちょうど通りを歩いていた老人が立ち止まる。

「こんな辺鄙なところに何しに来たんだい。まあ、宿なんて大層なものはないけど、納屋で良ければ休めるかもしれないね」


老人の言葉にホッとするファーディナを見て、リュートは馬を進めながら礼を言う。納屋でも今は十分だ。森の中を歩き通した体はくたびれているし、ここで一息つきたいと思う気持ちは互いに同じだった。


小さな家々が密集した通りを進むと、広場のような空き地に行き当たった。そこで老人が納屋と呼んだ建物を示す。木の扉はところどころ朽ちていて心もとないが、屋根はしっかりしているようだ。

「すまないね、もてなしもできんが……最近は人通りがなくてね。戦争だなんだと外が騒がしくても、ここには関係ないって思ってたけど、さすがに物資の流通が滞って困ってるんだよ。よそ者が来るなんて珍しい」

そう言った老人の声には、少し寂しげな響きがあった。


リュートとファーディナは馬を納屋の脇につなぎ、村の様子を見回しに少し歩く。住民の姿はまばらで、若者らしき人影はほとんど見当たらない。子どももちらほら見かけるが、どこか遠慮がちに物陰からこちらを見ていた。


「ずいぶん閑散としてる。近くに大きな街道がないから人が来ないのもあるけど、何かほかに理由があるのかな……」

ファーディナが微かに首をかしげると、リュートは見渡した先にある小さな畑を指さす。

「見て。作物が元気ないね。土が黒ずんでいるし、まるで痩せているみたいだ」

その畑の土は、所々に薄灰色の粉のようなものが浮いている。ブランチ村で目にした銀粉のような残渣とは少し違うが、やはり魔力汚染を疑わせる不気味さを感じた。


「あの……旅人さんですか?」

振り向くと、小柄な青年が声をかけてきた。二十歳前後だろうか、腕には包帯が巻かれていて血の跡がわずかににじんでいる。

「どうしたの、その怪我……? まさか魔物に襲われたの?」

ファーディナが心配そうに尋ねると、青年は苦笑まじりにうなずく。

「この辺り、ちょっと前から魔獣が出るようになったんです。昔は滅多に人里まで来なかったんだけど、最近は霧が多いせいか何なのか……夜にうろつくんですよ」


青年によれば、最近になって夜な夜な森から現れる魔獣らしき影が、畑や家畜を荒らす被害が出始めたという。怪我をしたのも、昨晩に飼っているヤギを守ろうとして襲われかけたかららしい。

「大した怪我じゃないんですけどね……ここには戦える人も少なくて、どうしようかってみんなで頭を抱えているんです」

そこまで言うと、青年は気まずそうに口を噤んだ。リュートの腰にある剣が目に入ったのかもしれない。


「……少しだけでも力になれないかな。形だけの勇者なんて言ってる場合じゃないか」

リュートは小声でファーディナに囁く。彼女も真剣な面持ちでうなずく。

「ええ。そうね。どうせここで一晩泊まるんだし、夜に出る魔獣を一度確かめてみるのは悪くないと思う。もし何か手がかりがあるなら、ゴーレム汚染や戦争の波及の実態がわかるかもしれないし……」


そこで二人は青年に向き直り、「今晩、もし魔獣が来そうなら私たちも手伝うよ」と申し出る。青年は驚いたように目を丸くし、すぐに安堵の笑みを浮かべた。

「でも危ないですよ。僕たちは何度か追い払おうとしたけど、ほとんど歯が立たなくて……」

「大丈夫。少なくとも剣の腕は多少あるし、ファーディナも魔法の道具で援護できる。あなたたちの被害が減ればいいんだ」


こうしてリュートとファーディナは、隠れ里に泊まるだけでなく、夜の警戒にも加わることになった。森に潜む魔獣の正体がわからない以上、勝てる保証などないが、それでも彼らには前へ進むために知るべきことが多すぎる。

もし魔獣の原因が“リモート戦争”の負の影響や魔力汚染と繋がっているのだとしたら、なおさら見過ごせない。


夕暮れが迫る頃、集落の広場では、老婆や青年らが集まり「今夜こそ魔獣を追い払いたい」と話し合いをしていた。リュートとファーディナもそこに同席し、攻めてくる方向や時間帯の推測を聞く。どうやら決まって深夜、東の森のほうから唸り声を上げて姿を現すらしい。

「今度こそ逃がさないようにできるならいいけど……もし倒せるもんなら倒してほしいよ。家畜が減ったら、私ら暮らせない」

苦しげな住民の声に、リュートは剣の柄をそっと握りしめる。人々の不安と苦労が痛いほど伝わってきた。


「任せて……とは軽々しく言えないけど、できる限り協力するよ。戦いになっても、俺は剣を振れる。ファーディナは魔法の補助をしてくれるから」

そう告げるリュートを、住民たちは半信半疑ながらも少しだけ明るい目で見つめていた。


やがて日が沈み、里を包む霧がさらに濃くなる。月も雲に隠れ、足元さえおぼつかないほど薄暗い。武器を持った数人の若者が家畜小屋の周囲に待機し、リュートとファーディナは里の入口近くで様子をうかがう。

刻一刻と深夜の静寂が増す中、不気味な風があたりを撫でた。その瞬間、遠くから低い唸り声が聞こえる。まるで地の底から響いてくるような濁った音。

「来た……!」

ファーディナが急ぎ、手に魔導の触媒を握りしめる。リュートも剣を抜き、身構えた。


視界の奥、濃い霧の切れ目に、巨大な獣影が揺らめいている。四足だろうか、狼にしては異常に大きいシルエットに見える。唸り声がさらに低く鳴り響き、家畜のヤギが怯えたように鳴き叫んだ。

「このままじゃ家畜がやられる……!」

リュートが駆け出そうとした、そのとき。獣影が首をもたげるように動き、目の部分がぎらりと光を放った。それは生き物の光彩とは違う、まるで魔力に似た不自然な輝きだった。


「まさか……これも幻影兵装やゴーレムの残骸と関係してるの……?」

わずかに息を飲むファーディナ。リュートは剣を構え直し、霧の向こうに立ちはだかる獣影へ一歩ずつ距離を詰めていく。すでに里の若者たちは恐れをなして後退している。

「俺が前に出る。ファーディナ、サポート頼む!」

そう言葉を投げた瞬間、霧を裂くように魔獣が襲いかかってきた。鋭い爪が空を切り、夜の静寂を砕く叫び声がこだまする。遠くで誰かが悲鳴を上げた。


濁流のように迫る魔獣の圧力に、リュートは“本当に俺に止められるのか”という不安を一瞬抱く。だが、その重圧を振り払うかのように剣を振り上げた。

夜霧に溶けるように、勇者の紋章がかすかに青白い光を帯び始める。いつもの儀式とは違う、むき出しの剣閃が闇を切り裂いていく。

「形だけじゃない。ここで守らなきゃ、意味がない……!」

リュートの瞳に宿る決意が、隠れ里の夜をかすかに照らす。その一瞬の光が、次なる運命の扉を開く鍵になるとも知らずに。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ