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不穏な囁き

 翌日の午前、王都アルテリアの大広間には再び儀式の準備が整えられていた。重々しい雰囲気のなかで、リュートはいつものように「勇者の末裔」として形だけの呪文を唱える。そして軍司令部の合図に合わせ、多数のゴーレムが魔導陣を介して国境方面へと転送されていく——。


 周囲からは「また同じやり方か」という空気が漂っていたが、誰ひとりとして“なぜ止められないのか”を問わない。ゴーレムを送り出すことで「勇者としての務めは果たした」として、リュートは式典の終了とともにそそくさと大広間を抜け出した。


 廊下の奥で待ち構えていたのはファーディナだ。昨夜の疲労は抜けていないはずだが、彼女の表情には揺るぎない意志の光が宿っている。


「リュートさん。儀式、お疲れさまでした」

「ありがとう。……どうやら何事もなく進んだけど、正直なところ気が滅入るよ」

「ええ。私も、もう見るに堪えません」


 ファーディナは静かに頷き、リュートを促して人目につかない奥まった部屋へと通した。そこは研究所が使っている小会議室の一角らしく、魔導装置の類いが並んでいる。普段はゴーレム調整の進捗確認や、データの整理に使われる部屋だが、今は誰の姿もない。


「ここならあまり人目を気にせず話せます。……実は、少し気になる噂を耳にしたんです」


 ファーディナが声を潜める。彼女が言うには、最近になって魔族の“実行部隊”に繋がる内部情報を探ろうとしている研究員が何名かいたという。しかし、その研究員たちは立て続けに行方をくらませているらしい。


「行方不明……? まさか、王国軍に捕まったとか?」

「それが、はっきりしないんです。研究所内では“研究に疲れて国を出た”とか“魔族側に寝返ったのでは”と根拠のない噂も流れていますけど、真実はわかりません。……ただ、そのうちの一人、私の知り合いの研究員が最近こっそりこんな言葉を漏らしていました」


 ファーディナは紙片を取り出し、そこに手早く魔術文字で書かれたメモを示す。

「“魔王はひとりじゃない。裏で何者かが王国に協力している”……そう書き残していたんです」


 リュートは目を見開いた。

「王国に協力? 魔王と敵対するはずの王国側に、魔族の協力者がいるってこと?」

「ええ。それが単なる憶測に過ぎないのか、あるいは魔族内部の誰かが利益を得ようと裏取引しているのか……。定かではありません。でも、もし魔族の技術者や将軍クラスが王国と繋がっているなら、この長いリモート戦争が延々と続く理由の一端が説明できるかもしれません」


 両軍がこぞって“新型ゴーレム”を投入しつつ、決定打には至らないまま戦いが泥沼化する。表向きには互いが憎しみ合っているようで、実は“商売”のように兵器を売り合い、利権を得ている者がいるとしたら——。考えただけでも胸が悪くなる話だった。


「つまり、魔王は本当に“リモート”でしか動かない状態で、その隙をついて兵器開発の協力関係を築いている輩がいる……と? まるで誰かの都合のいいように、戦争が管理されているみたいだ」

「ええ。私も確たる証拠は持っていませんが、そう疑わずにいられません。もしそれが真実なら、私たちが魔王に直接会おうとすることは彼らにとって都合が悪いはず。だから研究員を連れ去ったり、黙らせたりしたのかもしれません」


 沈黙のなか、リュートは小さく息を吐いた。

「となると、俺たちも迂闊に動くのは危険だな……。でも、このまま見過ごすわけにもいかない。魔王がどこにいるのか、どうやって接触できるか、その手がかりも必要だし」


 ファーディナはメモの裏に映るかすかな文字列を指さす。

「これを見てください。消えかけたインクで“ロストグレイヴの奥地”と書いてあります。ロストグレイヴといえば、王国と魔族領との中間地点にある深い渓谷地帯。古くは大陸でも最も危険な魔獣の巣窟とされていた場所ですね。今は“リモート戦争”の前線から微妙に外れた地帯になっています」


 リモート戦争の“メイン”となる荒野は、王都アルテリアからやや北方に広がっている。魔族領はさらに北へ延びているため、ロストグレイヴは直接的な衝突ルートから外れてしまっている。かつて魔物が大量に棲みついていたため、今も人が立ち入ることは少ない。


「そこに、魔王と通じる何かがあるかもしれない……ってことか」

「ええ。研究員はそこを探ろうとしていたのではないか、と私は推測しています。もし私たちも行くなら、装備や馬をどう手配するか、王国軍に怪しまれずにどう抜け出すか……考えなくてはなりません」


 リュートは剣の柄に触れながら、厳しい表情を浮かべた。王や将軍の承諾を得ないまま王都を出れば、当然“勇者”としての義務放棄とみなされるだろう。罰則どころか、追っ手がかかる可能性だってある。しかし、それを恐れていては何も変えられない。


「ファーディナさん。俺は行くよ。明日以降もまた出撃の儀式があるだろうけど……もう、黙って“形だけ”の勇者でいるわけにはいかない。魔王に会えるかどうかはわからないけど、ロストグレイヴで何か掴めるなら、賭ける価値はあるはずだ」


 ファーディナも力強く頷く。

「私も一緒に行きます。研究者として、ずっと疑問を抱えてきたんです。この戦争の裏には、きっと人々を弄んでいる“誰か”がいるはず。真実を突き止めて、もし魔王が操られているのなら、止める方法を見出したい」


 二人は微かに笑みを交わす。やるべきことは山積みだが、“同士”がいるというだけで心強かった。



---


 その日の午後、王都は雨模様で薄暗い空に包まれていた。貴族や軍人たちは、新型ゴーレムによる先制攻撃の“結果報告”に意識を集中しており、リュートとファーディナがこっそり動き回っていても、ほとんど気づかれない。

 ファーディナは研究所内の倉庫から、最低限の魔導道具と支給用の食糧袋をいくつか確保した。リュートは騎士団詰所に知り合いがいるらしく、そこから老朽化して廃馬扱いになっていた馬をなんとか借り受ける算段をつけた。


「大っぴらに動くとバレるから、夜明け前にこっそり出発しよう。王都の北門は警備が厳重だけど、東門側なら僕のほうで協力者がいる。そこから回り道をして、なんとかロストグレイヴ方面を目指すんだ」

「馬の体力が持つかどうかも問題ですね。途中で休ませながら行くしかないか……」


 行軍経験の少ないファーディナが不安を口にすると、リュートは「大丈夫」と微笑んだ。勇者の末裔として幼少期から身体を鍛えられてきた彼は、基本的な野営やサバイバルの術は仕込まれている。ファーディナさえ無理をしすぎなければ、なんとか目的地に辿り着ける見込みだ。


「暗い話ばかりだったけど、こうして少しでも希望を感じられるのは嬉しいな」

「……そうですね。正直、不安は大きいけど、行動しないわけにはいかない。もし成功したら、私たちがこの“リモート戦争”を止めるきっかけを掴めるかもしれないから」


 ファーディナが頬を緩める。窓の外は冷たい雨が降り続いているが、不思議と心の奥に灯る決意の炎は消えていない。二人は明日の未明に出立する準備を整え、各々の部屋へと散っていった。



---


 その深夜、王都のとある貴族邸。豪奢な室内には、軍服を纏ったヴァルト将軍が腰掛けていた。卓上の大きな水晶球には、先ほど終わったばかりの戦況報告が映し出されている。

 彼はほくそ笑むように眉を曲げ、低い声で呟いた。


「魔族側が新たに増産したゴーレム——こちらの改修型ライノのデータと妙に似通っている。まるで、こちらの設計が漏れていたかのようだな」


 部屋の隅には、灰色のフードを目深に被った人影が立っている。静かに一礼すると、囁くような声が返ってきた。


「リークした分の報酬は、すでに我々のもとへ。貴方への支払いも同時に行われる予定だ。ただ、最近になって妙な動きをする者が増えている。勇者の末裔などという肩書きを持つ若造が、下手に勘付かなければいいが……」

「ふん。リュートか。あれはただの儀式要員だ。所詮、表舞台で飾りにされるだけの存在——と、思いたいところだが……。王や貴族の何人かも、あいつの行動を注視している節がある。あまり余計な真似をされると困る」


 ヴァルト将軍の瞳がぎらりと光る。

「だが、“形だけの勇者”が下手に暴れても、こちらには手札がある。いざとなれば王命を盾にしてでも縛りあげるまで。……余計な芽は早いうちに摘み取らねば、我々の利益を守れなくなる」


 人影は無言で頷く。雨音が窓を叩く中、その姿は闇に溶けるように消えていった。


 すべては“遠隔戦争”というビジネスモデルを維持するため。魔族と王国との戦いをずっと続けることで、潤う者たちがいる。ゴーレムの設計図、魔導兵装、そして実戦データ。その裏には莫大な金銭が動き、力を持つ人間が手を結んでいた。

 彼らにとって、今さら“真なる勇者”など必要ない。むしろ都合の悪い存在となる。どこかでリュートとファーディナの目論見を察知したなら、容赦なく排除しにかかるだろう——。



---


 夜が更けて、やがて朝を迎えるころ。リュートとファーディナは東門に近い厩舎きゅうしゃでひっそりと合流した。廃馬扱いの栗毛は少し痩せ細ってはいるが、立派に二人を乗せて走れそうだ。

 すでに門番への根回しも済ませてある。民間への視察名目ということで、一時的に城下を離れる程度なら怪しまれないはずだ——ただし、そこからさらに外の道へ進む時点で危険になる。


「無理は承知の上だけど、今しかチャンスはない」

 リュートが馬のたてがみを軽く撫でると、ファーディナが緊張した面持ちで頷いた。

「行きましょう。ロストグレイヴで何を見つけるのか、恐ろしい気持ちもあるけど……止まっていたら、ずっとこの歪んだ戦争は終わりません」


 馬にまたがり、東門を抜け出すと同時に、細かな雨がまた降り始める。鼓動が早鐘のように高鳴る中、二人は人気の少ない街道を目指して出発した。

 王都の背後に朝日が差し込み始める頃には、彼らの姿は深い霧のなかへと溶け込んでいた。これが、自分たちの人生と、そしてこの大陸の行く末を大きく変える旅の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。

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