経験値
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
先輩が、門前の線引きで借りている、衛兵の予備の槍を、又借りして、装備した。
➡ハジメは、『てつのやり』を装備した。
素振りをして、感触を確かめる。使えそうだ。
運動部出身ではないが、運動オンチでもない。不器用ではないが、器用でもない。一般人レベルでは、槍を扱えるだろう。しかし、現代日本において、普通の生活をしていて、槍で戦う、というタイミングはない。使いこなせるようになるまで、時間がかかるだろう。
よく言われるのは、目安として、1万時間。練習、訓練、勉強。1日に4~5時間を毎日やって、5年以上。確かに、5年生は、そこそこ出来始める頃合いで、扱いとしては、まだ新米だが、一人前で勘定されるようになっている。早い奴で、3年。10年選手ともなれば、一人前として、完全に認められていなければならない。
未経験のことが、ある程度できるようになるには、時間がかかる。
勇者と言えば、剣だと、ハジメは思っている。
槍ではじめて、妙な癖がついたらどうしようか、などとこぼしたら、先輩から、杞憂だ、と一笑にて一蹴された。
技術において、近道はない。何もせずに得られる技術などない。
先輩のように、強制的に相手が弱くなる、というシステムは、勇者にはない。魔王が大きく勢力を伸ばした状況で、真っ新な勇者が現れるというのは、周回遅れもいいところだ。ハンデが大きい。ふたりの女神のシーソーゲームが、偏らないよう、維持しようとする作用が働くのなら、現状で現れる勇者は、魔王に合わせて、強いはずだ。
ここには、赤ん坊からのリスタートではなく、そのまんまでやってきた。それも、リスタートする年齢としては、若くはない。いや、若いのは若いが、何かをはじめる年齢としては、少し遅い。エイジ・イズ・ジャスト・ア・ナンバー、というのは、当人の心の持ちようであって、客観的な判定ではない。
本来、時間と手間のかかることが、何らかのズルで、クリアしてしまうのではないか、とハジメは思っている。もちろん、ハンデを埋める材料として、先輩がいることは、まさにその通りだろうと、仮定もしている。
もしかすると、勇者の資質を持つ人間の死を待っていて、たまたまいいタイミングで死んだのが、たまたま自分だったとしたら、自分が簡単に強くなれるという予想は、外れる。
勇者を決める。その条件はなんだろう。どういう餞別方法なのだろう。知ったところで、どうしようもないが。
あの女神は、無策で100人以上の勇者を送り込んで、失敗している。深く考えるタイプではないのだろう。神様なのに。神様だからか。秩序の女神と言っていたから、お役所的で、融通のきかないところがあるのかもしれない。
そんな女神のやっているようなことだから、こっちも、そこまで考えなくてもいいだろうに、性格上、ハジメは考えてしまう。
「先輩。」
「なんじゃいこら。」
「あの線の奴とか、なんでできるんスか?」
「あれな。ハジメは、女神の加護で何となくわかるんやろ?俺も、傲慢で何ができるか、傲慢が何なんか、何となくわかるんや。あの、オカッパにみられてから、分かるようになった。」
野生動物の調査において、観察対象は、観察されていることを意識して、行動に変容が生じる、という。あの、オカッパは、相手の能力を読む、いわゆる鑑定する能力を持っていたのだろう。オカッパの鑑定で、潜在していた傲慢が具現化し、先輩が自身の能力を認識したのだとしたら、藪蛇だったな、魔王軍。
「先輩。」
「なんじゃいこら。」
「言って下さいよ。そういうことは。」
「べらべら喋るもんでもないやろ。」
先輩は、腹芸が苦手だ。探り合いにおいては、腹芸ができないことを逆手にとって、交渉する。口の軽い吉岡さんが、俺に秘密を言うなよ、全部バラすからな、と公言しているように、先輩は、腹の探り合いはできない、と公言している。
先輩が喋らなかった理由としては、手の内を隠す為、ではない。そういうことは、よく言えば、慎重、深謀。悪く言えば、臆病、考えすぎ。先輩に言わせれば、姑息。
理由は、きっと、自分の力をひけらかすのは、ダサいから。
「先輩は、『傲慢』のこと、好きではないですよね。」
何となくだが、先輩の性格は、表面上、傲慢が似合いそうだけど、ちょっとニュアンスが違う。先輩のプライドの根拠は、自負心。『傲慢』は、居心地が悪いのではないか。
「拷問なあ。」
「傲慢です。」
「好き嫌いは言われんわ。これは、もう、花粉症みたいなもんや。うまいこと付き合っていかなあかん。」
「どゆことスか?」
「多少の加減はできそうやけど、意識してオンオフできるもんとちゃう。」
その強弱については、干渉の余地があるものの、自動発動である、と。オカッパ頭が魔王へ報告し、偵察か斥候か、マント男とマント女がやってきたが、返り討ち。おそらく、これから、魔王軍は、試行錯誤を繰り返し、あの手この手を考えて、特撮ヒーローもののように、次々と刺客を送り込んでくるだろう。
寝込みを襲う、という作戦は、結構早い段階で採用されるだろう。ハジメは、すでにその結末を知ってしまった。かわいそうに。まだやってきていないが、いずれ近いうちにやってくるであろう、寝込みを襲う作戦の実行者の失敗を悼んだ。
「おい。」
「はい。」
「スライムや。」
➡スライムたちが、あらわれた。
身構える。
「この辺のスライムはな、動きが遅い。ぽよんぽよんしとる。潮が引いたらグデっとしとる、クラゲの死骸みたいや。ほれ、真ん中に薄っすら、白いビラビラに囲われたビー玉みたいなんがあるやろ。あれを突いて壊せば、スライムは死ぬ。」
「どれですか?」
「よー見ぃ。」
あった。
「あれ突いたら、スライムは死ぬ。」
「スライムは死ぬ。」
的が見にくい上に、小さい。槍で、突くにしても、技量が足りるかどうか。
「やけどな。」
先輩は、おもむろに、ぴょん、とジャンプして、スライムをぐしゃっと、踏み潰した。
「こうしたら一発や。」
「え?」
「やけど、槍を使うんやったら、やっぱり、突く打つ払う、をせんとな。突く練習やと思ってやってみーや。経験値っていうもんは、結果に至る過程のことや。突け。」
「あ、はい。」
確かに。ハジメも疑問に思っていた。ゲームで、同じモンスターとの戦闘において、苦労して倒した時と、楽に倒せた時で、なぜ経験値が違うのかと。現実問題、ゲームの事情として、そうはいかないのはわかっているが。
めっちゃ突いた。
息も切れ切れに、やっと1匹倒した。もう1匹には、逃げられてしまった。
先輩は言う。最初は、単純に倒していたが、弱いからなのか、それともシンプルに倒しているからなのか、経験値を得た気にならない。そこで、モンスターを観察し、どこをどうすれば死ぬのか、弱点を発見した。スライムの場合、本当によく見ないと気付かない、ビー玉みたいなものを潰せばいいと、わかった。
そういうことを、およそ1か月半、先輩はやっていたという。ハジメが、門の修繕に夢中だった間、およそ1か月半。先輩は、レベル上げをしていた。この辺のモンスターの弱点は、大体把握した。それはそれで、経験になったが、経験値がたまって、レベルが上がる気配はないと、肩を竦めた。
「ところで、勇者ハジメ君。」
「あれ?俺の名前を呼ぶ発音、地元民っぽくなってませんか?」
「ずっと、町長と飲み会しとるからな。感染ってきたんやろなー。」
また、方言が混ざったんだ。方言と呼んでいいのかどうか分からないが。
「で、なんです?」
「話の腰をハジメに折られたからなー。ちょっとこ間、話したくない。」
うぜえl
いや、しまった。
だが大事な話じゃない。大事な話だったら、機嫌を悪くしつつ、先輩は話すはずだ。優先順位をちゃんとする人だから、先輩は。
しかし、このタイミングで、何かを言いかけた。先輩にとっては、大事でなくても、ハジメにとっては、大事な話かもしれない。
「先輩。」
➡スライムたちが、あらわれた。
タイミングの悪い。
「今日は一日中、スライム突きの練習やのー。早よ突け。」
「はあ。分かりましたよ。」
技術の上達には、反復練習しかない。
その日は、手のひらに豆が出来て、潰れるまでスライム突きをやった。