ガイダンス
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
➡町長が現れた。
「ナイジェル・マンセルに似とる。」
「髭と髪型だけでしょ。」
「眉毛もや。」
町長らしく、ほかの町の人間とは、装いが違った。黒を基調とした、公務の正装ではないだろうか。普段から、こんなちゃんとした格好をしているのだろうか。
若者たちが責任者を呼びに行ってから、少し時間がかかった。どれほどの町の広さで、どこに町長がいるのかは、分からないから、これはしかたがない。先輩は、着替えよるんかの、と言っていたから、まさか着替えていたのだろうか。しかし、息を切らしてやってきた割に、多少の乱れはあれど、慌てて着替えた様子が見られるほどの、乱れはない。慌ててやってきたのだろうが、慌てて、着替えて、やってきたわけではないだろう。
それに、息を切らしているということは、急いでやってきた証左だ。急いでやってくる努力を見せた。それが嘘か本当かは、先輩にとって、どちらでもいい。客に、急いでやってきたと見せている。
だから、先輩は、遅いとは言わなかった。
町長が、息を整えるのを待って、
「あんたが責任者か。」
「あなたが勇者様。」
被った。
「勇者はこいつ。」
「私は、町長です。」
また被った。
「……。」
「……。」
にらみ合いの後、町長が、そちらからどうぞ、と分かりやすく合図した。
「んっん”ん”。」
咳払いをして、
「こいつが勇者ハジメで、俺は、付き添いのブラッド・ピットだ。」
「先輩!?」
「言うてみたかっただけやんか。」
町長は、深々と頭を下げて、
「私は、この町で町長をしている、トム・クルーズです。」
ん?
「うん?」
ふたりは、ピーンときた。
「よー言うわ!最期はパイプにぶっささって死ぬような顔してー!」
わっはっはっは、と一瞬で打ち解けた。町の人間たちは、呆気にとられている。
「転生者ですね。」
「おっさんもか。」
先輩も、十分おっさんなんですけど。
「それにしては、海外顔やんけ。」
「私は、生まれ変わりですから。」
「えー。赤ん坊からやり直しけー。きついのー。」
「前世の記憶がよみがえったのは、物心ついた頃ですので、そこまでキツくはありませんでしたよ。」
「ほーかほーか。」
ちょっと待て。赤ん坊からのやり直しで、このオッサンになるくらい、この世界で生きていて、先輩と話が合う世代。時系列はどうなっているんだろう。どうみても、町長の方が先輩よりも年上だ。だとすれば、計算が合わない。
「庁舎の方で、お話ししましょう。こんなこともあろうかと、ゲストルームも用意してありますから。」
「すまんのー。」
「ちょっと!先輩!町長も!」
「なんじゃいこら。」
「どうしましたか?」
「えーと。」
時系列とか時空の話は、ややこしいから、後でゆっくりするとして、ひとつ問題が残っている。
「あれ、どうするんです?」
あれとは、粉砕された門のことだ。念の為。
「あー、あれか。」
「派手にやりましたね。」
「なぜ町長が他人事なんですか。」
あなたの町でしょう。
「すまんな。開けてくれんかったから、つい。俺ら、向こうでは、現場監督やったんや。直すのは、がっつり(指示する側で)手伝うから、許してくれ。」
「それは頼みます。しかし、困りましたね。女神様の加護を失っている。」
レリーフの残骸。
「とにかく、今晩をどうするか。野盗やモンスター。もし、勇者様がいることが知られていたら、魔王軍も。」
悩んでいる町長の肩を叩いて、
「一晩、なんとかなればええんか?」
「ええまあ、いや、門が直るまで、ですが。もっというと、女神様の加護が再び得られるまで、です。」
「わかった。なんか、ちょうどええ、棒みたいなもんないか?これくらいで、これくらいの。鍬とかでもええ。」
これくらいで、長さを手と手の間の幅で表現した。
これくらいの、径をハンドサインで表現した。
「あの槍でも?」
「ええよ。」
町長は、近くにいた衛兵を呼び、
「槍をこの方にお貸しするように。」
先輩は、槍を手に持つと、
「意外に軽いな。」
と一言呟いて、壊れた門から、外に出た。
「もう今日は、町を出入するもんは、おらんな?」
と大きな声で、ゆっくりと、尋ねた。
町長は、町の人間たちをひとりひとり見回して、その反応を確認した。
「いません。」
「ほんなら、今晩はもう、誰も出入すんなよ。」
と言って、槍で、がりがりと、地面に線を引いた。ちょうど、門を囲うように。
線を引き終わると、こう言った。
「ここから入ったら、殺す。」
数秒後、ひとりの若者が、
「わっ!」
と驚いた。
「どうした!?」
と町長。
「どうしました?」
ハジメも駆け寄る。
「いや、あの、門のところなんですけど…。」
「門がどうした。」
「どういう力で、どういう理屈か、わかりませんが、前の、女神様の加護を、はるかに超える…結界のようなものが、張られました…。」
「なんで分かるの?」
ハジメの素朴な疑問には、町長が答えた。
「この者は、『しんかんみならい』なんです。」
「神官見習い…。」
だから?と思ったが、それ以上を言わせない、不思議な雰囲気があった。
そのあたりも、後でゆっくりと話を聞こう。
「これで大丈夫や、はじめぇ。俺より弱い奴は、この町に入ってこれん。」
つまりそれは、『傲慢』によって、この世のありとあらゆるものが、町に入ってこられない、ということ。じゃあ、大丈夫か、とハジメは思ったが、明日からしばらく、この門の修繕工事に参加しなければならないのだなあ、とも思った。
ここの文明のレベルから、どの程度の技術があるのか。察するに、期待はできない。重機もなければ、電動工具もない。電気は当然、ないだろう。いや、魔法があるんじゃないか?大体、こういうのは、便利な魔法でどうにかなるに違いない。
よしよし、とひとり得心するハジメであった。
さて、場面は変わり、町の庁舎。日は沈み、夜の帳がおりた。
酒宴である。
この世界に、ほぼ何もわからないまま、放り出されたふたりに、町長は、この世界について、説明をしてくれた。異世界に、ガイドなしで放り出されている現状を、まずは訴えたのだ。本来なら、女神様の仕事ではないだろうか。先輩は、あからさまに女神の悪口を言っている。今ごろ、くしゃみをしているだろう。悪い噂は、くしゃみ2回だったかな。
80年代、90年代のアクション映画を中心に、色々話が合ったのだろう。趣味趣向も近く、(時系列的にはおかしいが)世代も近かったと見える。大半は、それらの話で盛り上がって、夜も更けていった。町長も、自宅に戻るのもなんだから、と言って、庁舎に泊まることになった。
以降は、町長から聞かされた、この世界の話をまとめたものである。少々、説明的になるが、雑談を交えてしまうと、ぐちゃぐちゃになってしまうから、そのあたりは、なるべく割愛する。
女神様の言った通り、世界は、『平和と秩序の女神』と『混乱と自由の女神』に二分され、対立している。どちらがどちらというわけでもなく、均衡は保たれている。しかし、どちらかに偏ると、揺り戻しが起こる。平和が長く続くと、魔王が現れる。例えば、よくあるパターンとして、ある国で、長く続いた政権が腐敗して、民衆の不満が限界に達すると、魔王が現れる。魔王は、反乱の首謀者として、世を乱し、戦乱の世の中とする。魔王が生まれると勇者も生まれる。そして、勇者によって、戦乱の元凶である魔王が討ち果たされて、平和が取り戻される。魔王が天下統一を果たし、勇者に改宗して、平和な世の中になる、ということもある。
今回も、長く平和が続いていたが、どの国も、それほど腐敗していたわけではない。ほどよく秩序が保たれて、確かに不満はあったが、噴出するほどでもなく、世界は平和に保たれていた。戦乱はしんどい。世界は、ほどよく、緩やかに、やり過ごそうとしていた。
そういう時は、突然変異的に、魔王が現れる。今回の魔王がそうだ。
モンスターを従え、町や村を襲った。最初は、害獣駆除程度の対応でなんとかなっていたが、被害が増えていくと、その混乱に乗じて、あちこちで盗賊も跋扈するようになった。治安が悪化し、秩序が乱れていった。
戦乱の世にも似た、世界の乱れ。
もう勇者が生まれてもいいだろうと、平和を望む民は、勇者を待ち望んでいたが、一向に現れる気配がない。世界は、どんどん、乱れていく。
もう、勇者は生まれないのではないか、という世論が、人々を支配し、それならもう好きなようにしてしまえ、と自棄になった者たちが、より一層、世の中を乱し始めた。
「世紀末やな。はじめの世紀末救世主伝説がはじまるんやな。」
このあたりで、先輩が入れた茶々に、酔った町長が乗っかって、話が長くなった。よほど、何かの鬱憤がたまっていたのだろう。ふたりが楽しくお酒を飲んでいたので、止めることもしなかった。だから、二日酔いが酷い。
最後は、三人で並び、同じポーズで、かに歩きして、
「異世界転生!」
と言って遊んでいた。
閑話休題。
町長が言うには、この町は、『勇者の旅立ちの町』として世に知られる、由緒のある町で、『秩序の女神の加護』を受けているという。その加護のおかげで、悪しき者たち、つまり、混乱と自由の女神の支配下にある、世の乱れに加担した者たちや、モンスターから襲われないようになっている。
「蚊取り線香みたいなもんやな。」
がっはっはっは、とまた笑って酒を飲む。
「おい、はじめ。何個や?」
「何がですか?」
「俺の例えた数や!」
「あー!私、知ってますよそれ!」
「マジか!」
ふたりは、愉しくお酒を飲んでいる。
ある、古株の社員から聞いたことがある。先輩は、若手時代から、あちこちに転勤して、どさ回りをしていた苦労者なのだと。行く先々で、飲んで、地元の連中と仲良くなっていくうちに、あちこちの故郷の方言が混ざり込み、もうどこの出身者なのか、わからない喋り方になってしまっている。
ハジメは、先輩にきいたことがある。それなら、標準語でよくないですか?と。
「標準語はあかん。壁がある。」
仲良くなる必要はないが、郷に入っては郷に従え、というだろう、と先輩は、ハジメを諭した。しかし、ハジメの目には、郷に従っているようには見えない。何か、先輩の中で線引きがあるのだろうが、先輩ではないので、よくわからない。
時系列については、余りに酔っ払って、もうどうでもよくなったので、寝ることを選択した。
寝静まった、深夜。
草木も眠る丑三つ時。
ティロリロリン♪
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
「うるせぇー!」
ハジメは、思わずとび起きて、隣の部屋の扉をノックした。
「先輩!先輩!」
返事がない。
そうこうしているうちに、落ち着いた。
➡カオルは、『たびびとLv21』になった。
まあいいや。頭もぐるぐるしているし、何も考えたくない。寝よう。
翌朝。
門の前にできた人だかりをかきわけていくと、そこには、首なしの死体が転がっていた。
マント姿で、なんというか、それなりの地位にあるような、幹部っぽい感じの、体格的に男だろうとおもわれる、死体だ。モブには見えない。
「事件だな、はじめ。」
「事件ですね、先輩。」
深夜の先輩のレベルアップは、これだな。
これとは、死体のことである。念の為。
あれを、無理やりに乗り越えようとしたら、こうなるのか。まさに死線。
「門を直さなあかんし、片付けるか。」
「そうですね。」
➡ハジメたちは、『まおうのてした』の死体を片付けた。