最初の町
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
「なんかねーかな。」
と言いながら、折れた剣を拾って、
「お!」
先輩が感嘆符を使った。
「はじめ、持ってみろ。」
そして、ハジメに投げてよこした。
「なんですか?」
と言いながら拾い上げると、
➡ハジメは、『おれたいなずまのけん』を装備した。
「おー。」
「しもたなー。折らずに奪って、はじめのもんにしたらよかったなー。」
「そうですね。」
ポイっと捨てる。
「それ、あの女のプレゼントで、こいつ、勇者やったんちゃうか。顔もどことなく日本人っぽかったし。」
今となっては、原形をとどめていないので、確かめようもないが。
「勇者に選ばれるのが、日本人とは限らないじゃないですか。」
「やけど、全員、日本語喋りよるでないか。」
「そりゃ、まあ、そうですけど。」
「吉田なにがし、とかいう名前を、ヨシュアいうことにしたんちゃうかなー。髪まで染めてよー。異世界デビューで粋っとったからなー。」
先輩は、とても愉しそうだ。
「ありえますね。」
ありえないのは、頭をグチャグチャにされた死体が横たわっている傍で、団欒をしている俺たちだ。
先輩はともかく、ハジメもなぜ受け容れてしまっているのか。人が死んだ、いや、先輩が目の前で人を殺した現場で、落ち着いていられるなんて、現実世界ではあり得ない。しかし、異世界ではありえるのか。
悩んでいると、先輩が、
「1回死んで、価値観とか常識がバグったんちゃうか。」
と持論を述べた。
「そうかもしれませんね。俺の目もよく見える。先輩も、虫歯が治った。一新されたということかも。」
「そんなことよりはじめ君。我々には、今、必要なものがある。」
「え?お腹空いたんですか?」
「違う。」
投げ捨てた剣を見て、
「武器防具ですか?」
「違う。」
「お金?」
「おしい!」
「寝るところ?」
首を振る。
「乗り物?」
「違う。ヤニだ。ヤニが切れた。」
あー、とハジメは納得した。先輩は、ヘビースモーカーだった。
「一新されたんじゃなかったんですか?」
「タバコ屋探そうや!お金ないけど。」
聞いていない。
「そんなことより、これ、このままでいいんですかね。」
これとは、死体のことだ。念の為。
「この世界の今が、戦国時代みたいなもんなんやったら、めずらしくないやろ。死体の1個や2個。」
「そりゃまあ、そうかも知れませんけど。」
「そやそや。こいつ、銭もっとらんかな。」
先輩が、死体の身体検査を始めた。
「なんか持っとけやボケがー!」
そして、遠くへ、投げ捨てた。
「行こうはじめ君。町を探そう。村でもええ。都会ならなおよし。」
この道を、どっちに進めばよいものか。
ハジメが悩んでいると、何となく、こっちに行った方がいい、というお告げがあった。直感とか、勘ではない。内側からの感覚ではなく、外側、外部からの働きかけ。これはおそらく、『秩序の女神の加護』による効果で、行くべき方向が指し示されているのだと、何となく得心した。
「こっちです。先輩。」
「なんでそっちなんや。」
「女神の加護のナビゲーションかな。」
「便利やなあ。」
ふたりは、道を歩き始めた。
少し歩くと、モンスターにエンカウントした。
➡スライムたちがあらわれた
いるんだな、モンスター。
てことは、エルフやドワーフなんかもいるのかな。いいな、ツインテールのハーフエルフ美少女。現実世界では、全然モテなかったからな。異世界では、なんてったって、勇者だからな。モテるだろうな。モテるといいな。夢のハーレム。男のロマン。
などと考えているうちに、先輩が、事も無げに、踏み潰して進んで行く。
何度かスライムとエンカウントして、その都度、先輩が踏み潰した。
「ちょっと先輩。いいですか?」
「どうしたはじめ君。」
「俺も、レベル上げしたいので、出現モンスターを踏み潰さないで、ゆずってもらっていいですか?」
「でも、はじめは、武器持ってないやん。」
「素手でやりますよ。先輩のレベルアップ音が聞こえないってことは、そんなに経験値を持ったモンスターじゃないってことでしょう。」
レベル1の勇者を旅立たせる場所なのだから、出現するモンスターは、こちらのレベルに合わせたレベルの低いモンスターだろう、とハジメはみている。
実際、スライムは、ハジメの知る限り、弱いモンスターの代名詞だ。現実的に、スライムという存在を分析すれば、スライムに人間が生身で太刀打ちできる、ということはないだろう。しかし、ここは現実世界ではない。異世界だ。
「ええけど。町行って、装備整えてからでもよくないか?」
先輩が、あごで道の先を差した。道の先に、何かが見えた。人工的な何か。建造物だ。徒歩で15分から20分ほどの距離。城壁が見えた。
「金はないけど。戦乱の世の中やから、ヤカラみたいな奴を見つけて、巻き上げりゃいいやろ。」
「先輩。勇者は、仮にも、『秩序の女神の加護』を受けているんですよ?」
「俺は受けとらん。」
「なるほど。じゃあ、先輩にカツアゲをしてきてもらう、ってことには、なりません。」
「堅いねぇ。」
欧米系の大きなリアクションを取ってから、真面目な顔をして、
「とにかく、町に行こうや。」
「そうですね。」
ふたりは、てくてくと歩いて、町についた。
城壁に囲まれた町の入り口。門は閉まっていて、門番らしき衛兵もいない。だんだん、日が傾き始めている。野宿は御免だ。
「でっかい飾りがあるのー。」
門の上には、大きなレリーフが飾られている。何かの紋章だ。
「これ、多分、秩序の女神の紋章ですよ。」
「なんでわかるんや?」
「加護を受けていますから。」
「そうか。しかし、誰もおらんな。」
つかつかと門に歩み寄って、
「おーい!誰か―!入れてくれー!」
先輩が、門を叩いて、町の人を呼んだ。
「何者だ!?」
中から大きな声で、言い返してきた。語気が強い。
「勇者様御一行だ!」
堂々と先輩が答えた。いやまあ、間違いではないけど、真実なんだけど、この町の皆さんが信じてくれそうな雰囲気は、ない。
「ふざけんな!勇者様はもう何年も現れてねぇ!」
「騙るなら、もっとマシなもん騙んな!」
「どうせよそ者だろうが!去ね!去ね!」
矢継ぎ早に、怒鳴り散らされた。
黙って俯いたまま、一通り、怒鳴り声を聞いていた先輩は、門の向こうからの声が落ち着くと、おもむろに足を上げて、
ドコォン!
激しく、強く、粉微塵に、門を蹴破った。
「えぇ…。」
あらゆるものを弱体化。それは、門であろうと、例外ではなかった。
何人かの町の人が、いや、門の前に集まっていたと思われる多くの町の人間が、巻き添えを食らって、吹き飛んで倒れたり、尻もちをついたりしている。
「勇者様御一行やっちゅうとろげ。お?」
目が血走っている。案の定、先輩のご機嫌は、急こう配だった。
「ここは、秩序の魔女の町じゃないんけ?」
魔女じゃなくて、女神です。先輩。
それから、さっき蹴破った拍子に、秩序の女神の紋章のレリーフが落下して、もう見るも無残な姿になっていますよ。先輩。
「おい、お前ぇ。」
あんぐりと口を開けて、パクパクしている男に、先輩が歩み寄った。
ご愁傷様。あなたは、偶然、偶々、本当に偶々、運悪く、選ばれただけに過ぎないのです。不運だったと諦めてください。そう、ハジメは祈った。
男の髪の毛を掴んで、引きずり上げて、自分の目線の高さに合わせてから、顔を近づけて、先輩は、こう言った。
「勇者様御一行がきた言うとるのに、追い返すいうんは、どういう了見なら。お?」
「いや、あの…。」
「いやー、とか。あのー、とか。聞き飽きたわ。まともにしゃべれんのか。」
男を、ポイっと、放り投げて、
「責任者呼んでこい。」
ハジメを指差し、
「勇者が来たいうてなー。責任者呼んでこい!」
うわー。このタイミングで勇者って紹介されるんだー。
「今すぐここに連れてこんかい!」
町の人の勇者への第一印象、最悪だな。この最初の町で、勇者として崇められ、チヤホヤされて、町娘に惚れられて、ハーレムを築く足掛かりになるんじゃないかなんて、妄想していたけれど、先輩がいるのに、ハーレムを夢見ていたなんて、とんだ愚か者じゃないか。
ハジメは、自らを恥じた。
「連れてこんのやったら。こっちから探しにいくぞ。ひとりひとり、順繰りに探すからな。」
「連れてきます!」
姿勢正しく、ひとりの若者が立ち上がった。おお、勇者よ。君の方がよっぽど勇気ある者、勇者だ。
若者は、何人かの仲間に声を掛けて、その場から急いで走り去った。
「動きが早いやんけ。やるやないか。」
先輩は、仕事で指示を出した時、四の五の言わず、即行動に移す部下や業者を好む。
つまり、先輩の機嫌が、少し良くなっているということだ。
そんなことより、責任者って、町長かな。