待ち伏せ
この作品は、フィクションです。作品に登場する人物名・団体名・その他名称などは架空であり、実在する人物・団体・その他名称などとは一切関係ありません。
大きな木の下で、ふたりは途方に暮れていた。
「説明を放棄して、放り出しよったな。」
大きな木は、道沿いにあった。きちんと舗装されていない道。表土が踏み固められた道。勇者が旅立つ場所の道なのだから、それなりの道だろう。国道とか県道とか、そのレベルの道と仮定しよう。それで、この道の感じということは、この世界の文明のレベル、文化のレベルを、推し量ることができる。
「説明が足りんな、はじめ。」
「そうですね。」
いきなり、こんなところに放り出されて、どうしろというのか。やる気はあるのか。
「どうするぞ。魔王を倒しに行くか?あの女、無視して、第二の人生を始めるか。」
「勇者になりますと立候補したわけじゃないですし、ろくな説明会もありませんでしたからね。でも、混乱の女神の支配が強いなら、平和に暮らせない可能性は高いですよね。」
「なるほどなー。治安が悪いっちゅーことか。」
「悪いでしょうね、きっと。」
「ほんなら、勇者ってのは、的にされるんちゃうか。返納できんのか、勇者いうんは。」
「何言ってんスか先輩。運転免許じゃないんですよ。」
「贈り物の変容は可能です。」
急に、男がひとり、会話に割って入ってきた。深緑のローブ。フードを目深に被っている。
「誰や。」
「改宗によって、贈り物の変容は、可能です。」
先輩の問いかけを無視して、男は、話を続けている。先輩の機嫌の悪さが、1UPした。
「『秩序の女神の加護』を捨て、『自由の女神の加護』を求めるのなら、改宗が可能です。改宗することで、現在の贈り物は、同等の贈り物へと変容します。『勇者』に対応するのは、『魔王』ですが、『魔王』は、世界にひとり。『魔王』の称号を授かることはできませんが、相応の贈り物は得られるでしょう。」
まるで、ゲームのチュートリアルを受けているようだ。
「改宗されますか?」
と言って、男は、フードを上げて、脱いだ。黒いオカッパ頭。背は、高くない。
「2人いるのは珍しいな。初めてじゃないか?なあ、鑑定人、どっちが『勇者』だ。」
もうひとり、男が現れた。金髪のツンツン頭。痩せ型で、背が高く、剣を携えている。
オカッパ頭が、ハジメを指差して、
「こっちが、『ゆうしゃLv1』で、こっちは、『たびびとLv1』だ。」
先輩を指差した。
「雑魚だな。」
ツンツン頭は、剣を抜いて、切っ先をふたりに向けた。
「先に言っておく。俺は、レベル30オーバーだ。意味は、わかるよな?」
「改宗しないなら、殺す、ってことか。」
「物分かりがいいじゃねぇか。」
ハジメは、ピーンときた。つまり、これは、あれだ。勇者のスタート地点が、敵側にバレている。レベルの低い勇者が、スタート地点に現れるのを、レベルの高い手下に待ち伏せさせて、勇者に選択を迫る。
改宗か、死か。
死んで、異世界にやってきて、すぐに、生きるか死ぬかの選択だなんて、いったいどういう運命なんだ。
「あの女、考えなしにも程がある。考えたらわかるやろ。」
先輩が、頭を抱えている。
「おい、おっさん。俺たちが、改宗させたいのは『勇者』だけだ。『旅人』に用はねえ。どこへなりと消えろ。あー、そうだ。勇者への見せしめで、殺してやってもいいな!ヒャッハッハッハ!」
「ヒャハッハって笑う奴、ほんまにおるんやな。」
頭を抱えていた先輩が、冷静にケンカを売った。
「いや、先輩、煽らないでくださいよ!」
ツンツン頭が怒髪天。もともと髪天だが。
「なんだぁ!?てめぇ!見逃してやろうと思ったが、本当に殺してやろうかぁ?ああ?」
「反社上りや不良上りとは、ちっとは付き合いがあるけんどが、誰も、そんな漫画みたいな調子の奴はおらんかった。お前、元々、そういうのとちゃうやろ。陰キャっていうんやっけ?何デビューか知らんけど、粋んな粋んな。」
図星だったのか、怒りでそうなったのか、ツンツン頭は、顔が一気に真っ赤になった。先輩は、本当にこういう煽りが上手だ。いや、感心している場合じゃない。現実世界ではなく、ここは異世界。レベル1がレベル30オーバーを煽ったら、死んでしまう。
「そんなに死にたけりゃ、殺してやるよ!」
遅かった。振り上げられた剣が、振り下ろされた。
「先輩!」
!?
その場の全員が、理解できなかった。先輩を除いて。
振り下ろされた剣を、先輩は、指二つで挟んで止めている。具体的には、右手の人差し指と親指で。
「なっ!?おい!鑑定人!」
「わかっている!」
オカッパ頭の瞳が、あやしく光る。
「間違いない!『たびびとLv1』だ!」
「ちゃんと鑑定しろ!」
オカッパ頭の瞳が、さらにあやしく光る。
「贈り物を持っている!…いや、贈り物じゃないな…これは…原初の罪?…なんだこれは…いったい…?」
剣を挟んでいた指を捻ると、剣が折れた。
「え?」
「なんだ…これ…は。」
先輩は、逃げられないように、ツンツン頭の腕を掴んだ。
「原初の罪…とは…神から与えられた贈り物ではなく、もともと、背負っている…仕様…?」
「な、なんだよそれ…。おい…放せよ!おっさん!おい!」
「『たびびとLv1』カオルの原初の罪は、大罪の…『傲慢』…仕様は、『あらゆるものを、弱体化させる』…だと…?」
まさに傲慢。
言うてる場合か。あれ?勇者よりチートな感じがするんですけど?、とハジメは呆気に取られていた。
「どういうことだ?どういうことだよ!」
「つまり、彼の影響下では、君のレベルが、彼のレベルよりも弱くなる。レベルが1未満になるってことだ…!」
「え?」
「悪い!ヨシュア!僕は逃げる!このことを魔王様に報告する義務がある!」
「待て!待てよ!」
パァン!ヨシュアと呼ばれた男の、腕が爆ぜた。
ぶらん、と力なく揺れる腕を見て、ヨシュアは、何が起こったのか、まったくわからないでいた。
「おう、小僧。殺す殺すいうて、殺そうとしたら、返されても、文句は言えんのやぞ。」
先輩が、ヨシュアと呼ばれた男のツンツン頭を、鷲掴みにした。あ、次は頭なんだ、とハジメは思った。
先輩が、なんだか、いつもの先輩じゃない。
オカッパ頭は、どさくさに紛れて、すでにいない。
「ちょっ、待て、待てよ!」
が、ヨシュアと呼ばれた男の最期の言葉だった。
手についた血を、樹の幹になすり付けながら、先輩は、こう言った。
「正当防衛やでな?」
「ここ、日本じゃないんで、治外法権だと思いますよ。」
とハジメは答えた。
ここは本来、勇者である自分が、英雄然として、危機を脱する活躍を魅せる場面では、なかったのだろうか。
落ち込むハジメに、先輩が、ヨシュアだったものを見ながら、こう言った。
「当分、ミートソース食えんな。」
「そうですね。」
空を見上げると、太陽がふたつあった。大きな太陽と、少し小さな太陽。
「わー。異世界っぽい。」
ハジメは、ほんの少し、現実逃避をした。
ティロリロリン♪
どこからともなく、呼び鈴みたいな音が聞こえてきた。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、レベルが1あがった。
➡カオルは、『たびびとLv13』になった。
「おー、サーティーンか。世界一の殺し屋みたいやな。」
呑気に喜ぶ先輩を、ジト目で睨みつけて、ハジメは恨み節の嫌味を放った。
「よかったですね。」