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今日から家庭教師の先生が来る。
いつの間にかお母様が部屋に来ていて、もうすぐ先生が見えるからと一緒にロビーでお出迎えするんですって。
しばらくすると、馬車が到着して二人が降りてきた。
「………!」
先生を見た瞬間、私は恐怖で足が震えユリーの後ろに隠れ座り込んでしまった。「お、お嬢様!?」「リコ?大丈夫よ?先生ごめんなさいね」
ガタガタ震えてしまう……だってあの時、お父さんに助けられた時、襲ってきたあの野犬に見えてしまって……足の震えが止まらない。誰か助けて…!
トントン!
ふと涙で濡れた顔を上げると可愛く笑う犬の女の子が「大丈夫、怖くないよ」って手を差し伸べてくれた。人間……じゃない、犬の子どもだけどお洋服を着て歩いてる。渡されたハンカチで涙を拭いて、立ち上がった。
「お父さん、私この子と少しお話ししてもいい?」
「そうだね、ビックリさせてしまったから……お願いしようかな。婦人も良いだろうか?」
「エデン先生お気遣いありがとうございます、ミミちゃんお願いしますね」
「はーい、ねぇこっちこっち!少しあそこのお椅子でお喋りしましょ」
手を引かれ、庭園のベンチに座ると「私は、犬族のミミよ!よろしくね」可愛い笑顔を向けて挨拶をしてくれるので、つられて「ア、アプリコーゼ・エーデルシュタインです……さっきはありがとう」とお礼を伝えた。
「どうして泣いてたの?お父さんが怖かった?」
「……。」
なんて言ったら良いんだろう。正直に怖かったと伝えて良いんだろうか……、でも何で怖かったのか事情は説明できない。襲われたのはウサギのリコの時だし、考えて俯いてたら「見てっ」目の前にキラキラ光る輪っかを持って太陽にかざす。「綺麗でしょ?これはね、ブレスレットっていうの!私が作ったんだよ、同じものが二つあるから一つあげる」私の手首にそっと通して自分の腕についたブレスレットと合わせて見せた。「とっても綺麗……」見惚れながらゆらゆら揺らすと陽の光で輝く様子に思わず笑みがこぼれて空を仰いだ。
「これね、お友達の印だよ。今まで病気と闘ってたからあんまりお外出れなかったんでしょ?私のことはミミって呼んで、私はアプリコーゼって呼んでも良い?」
「うんっ、ミミとお友達!!お友達初めてなの、嬉しい……玄関で泣いてごめんなさい。怖かったの……、お父様にもお母様にも言ってないけど、野犬に襲われそうになったことがあって……少し思い出しちゃっただけ」
「そっか〜……あいつら野蛮だからね、私も嫌いだよ。でも私のお父さんはとっても優しいのよ!ねぇ、私も一緒にお勉強してもいい?今日はそれを聞きに一緒に来たの。年齢も同じだし、一緒にお勉強出来たらいいなって」
「一緒にお勉強してくれるの?もちろん!!ミミと一緒にお勉強するっ」
「一緒にお父さんの所へ戻ろう、今日は挨拶だけって言ってたから」
手を繋いで屋敷の玄関を抜けるとユリーが待っててくれて、応接間に案内してくれた。応接間で待ってたニーレイ先生とエデン先生、お母様に「先ほどはごめんなさい」と頭を下げて謝ると、先生二人が私と目線を合わせて「よろしくね」と挨拶をしてくれた。ニーレイ先生は割と若めに見える。
「リコ、改めて紹介するわね。ニーレイ先生とエデン先生よ。ニーレイ先生は、マナーや刺繍を教えてくださるわ。エデン先生は、一般教養とダンスよ。明日から授業をお願いしようと思うけど大丈夫そうかしら?」
「はい!よろしくお願いします」
「アプリコーゼ様、私ニーレイ・フィーユと申します。こんな可愛らしいお嬢様にお教え出来るなんて光栄ですわ、明日からよろしくお願いしますね」
「それでは私も、アプリコーゼ様。先ほどは驚かせてしまったようですまなかったね。エデン・シュヴァルツです。娘のミミも一緒に勉強できる様で、お心遣いありがとう。二人で一緒なら様々な視点で物事が見えるだろうから共にがんばろう」
「ニーレイ先生、エデン先生、アプリコーゼ・エーデルシュタインと申します。一生懸命お勉強します!どうぞよろしくお願いします」
頭を下げ、今日は挨拶だけで解散になった。
それからというもの、ミミと一緒に授業をしている。午前中はニーレイ先生の授業で、淑女のマナーを一から教えてもらい、お昼ご飯を食べて一息ついたところでエデン先生から一般教養や時折ダンスの基本を教えてもらったり。一日があっという間に過ぎて行く。ウサギのリコだった時なら必要のない事も、人間のリコになると必要不可欠になることが面白くてどんどん色んなことを覚えていった。特に、自分の住んでる国がどんなところなのかを教えてくれる授業が面白い!小さな森だけの世界だったはずなのに、私のいる国はこんなにも大きくて、こんなにも豊かで発展してる所だったなんて不思議。行ったことのない王城や王都、近隣の街や自然環境も知らない名前の森や山、湖まであって一体どのくらい広いのか想像もつかない。
「アプリコーゼ様、次のダンスレッスンの相手に我が家の息子をと思っていますが、大丈夫ですか?」少し心配そうな面持ちで尋ねられたが、先生のご子息ならと快諾した。