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式典の朝。
「お嬢様、今日は一段と良いお天気ですよ。寝てるなんて勿体無い……窓、開けますね」
コンコン、
「はい、あっ……お着替えなさったのですね、お嬢様もお喜びになりますよ」
勲章をいくつも着けた軍服は、今日の式典用の衣装だ。出掛ける前に、いつもの挨拶を……
「すまない、少し二人きりにしてくれないか?」
「もちろんです、それでは失礼します」
ベッドの際まで歩き、跪いて手を握る。いつもと同じ光景なのに、なぜだろう……今日この祝うべき日にリコと分かち合えない虚栄感がとても苦しい。今すぐ目を開けてほしい。どうしたら力強く私を抱きしめてくれるのか……。いつまでも待つと決めた心がとても揺らぐ。
待つなんてただの綺麗事だ。
「リコ……お願いだ、目を開けてくれ」
「…………」
今まで懸命に堪えた一年分の涙がシーツに止めどなく溢れた。柄にもなく声を上げて泣いた。泣く為にユリーを部屋から出したんじゃない……そう頭で考えても、心は悲しさで溢れかえる。ギュッと握られたシーツには皺がつき、顔を埋めたシーツには涙とロイファーの匂いが痕を残した。
「いかん…‥遅刻するな。リコ、行ってくる。ベッドを汚して……すまない」
立ち上がって唇にキスを落とし、部屋を後にした。
◇◇◇◇
身体が重くて動かせない。動かしたいとも思えない。このままで良い。だって、疲れるもの……。
ずーっと暗い静かな場所で動かない私は、ここがどこなのかも、自分が誰なのかさえどうでも良い。所詮、ここから動くことなんて出来ないんだから。私なんか生きてる意味ないんだもん。ずっと続く倦怠感と頭痛に生きる気力が失われていく。
でも、時々見えるの。この暗い空間にほんの少しだけ眩しい小さな光がチカチカしているのが……。朝とか夜とかないこの空間で唯一見える光。
光を見ると何か思い出しそうで、胸まで痛くなる。痛いのばっかり……じゃぁ思い出さなきゃ良いんだ。
今日もまた目を開ける。また少し先に光が見えた。
でも今までみたいに眩しい光じゃなく、ともすれば消えてしまいそうな儚い光が点いたり……消えたり……。もう光さえも私を見捨てるのかしら。それでも……この空間で唯一私を照らした光さえも無くなってしまう、今度は恐怖に襲われた。
「消え……ない……で」
今にも消えてしまいそうなその光は、何故か私の目から涙を誘った。手を伸ばしたい。光を掴みたい……でも身体が思うように動かない。
涙がボロボロ溢れて顔を濡らしながら「いや……ま、まって……」消え入りそうな声で泣いた。流れる涙に穢れを乗せていることにも気付かず、ひたすら消えそうな光を見て泣いた。しばらくすると、自分の周りが涙で濡れ水溜りが出来た。
心が軽くなったせいか、それとも涙の水溜りが気持ち悪いのか足を動かしその場に立ち上がった。
「私、いつからここにいるんだっけ……?」
記憶の混濁で、確かな事が分からない。でも、立ち上がれた事が素直に嬉しくて消え入りそうな光に目を向けた。
今ならあそこまで歩いていける気がする。あれが何の光なのか確かめたい。
濡れた服からポタポタ雫を垂らしながら、ひたすらゆっくり光を目指して歩いた。私は何を目指しているのかしら……そう思いながらも、辿り着く先が気になって歩みを止めず進む。鬱や自分を見失う人は、きっとこの迷宮から抜け出す事が出来ないから苦しいんだ。自分で光を見つける事ができず、暗闇をどこまで彷徨う……。そっか、少し思い出した。願ったの、みんなの穢れを祓ってって。私が全て引き受けたんだわ。
光に手が届きそう……。目の前に、私が通れるか微妙な大きさの扉が見えた。
「小さい扉だな〜……これじゃ通れるのなんてウサギくらいじゃ、ウ、ウサギ……」
パリィーーン!!
硝子の弾ける音が耳を突き抜け、思わず目を瞑り耳を覆った。暗い空間が、突然弾け眩い光に溢れ、気付けば扉に手を掛けていた。
「そうだ……私はリコ。リコであってアプリコーゼ……」
『未来は私が決める。誰かに決められるなんてもう懲り懲り』
いつかカイロス様に言った自分の声が響き渡り、開いた扉の先に見える道に進んだ。分かる。この道がどこへ通じてるのか知ってる。
「帰ろう」




