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翌日、カーテンの隙間から覗く光で目が覚めた。ウサギのリコはいつも目が覚めると、まずひとっ走り朝ごはんを取りに行く。バッグを背負って、木の実や木苺を摘んだら湖で顔を洗って家に帰る。でも、今はどうやら違うみたい……「おはようございます、お嬢様」ユリーが小さな桶にお水とタオルを用意して簡単に顔を洗うと、寝てた服から違う服に着替えて、鏡の前に座る。しばらくユリーの手の動きを見てたら……頭の上からまるで耳が垂れてるかのような形“ツインテール”が完成した。リコの時と一緒だ!
「よくお似合いですよ、まるで絵本から飛び出した妖精さんですね」
「妖精?」
「はい!絵本や物語で語られる不思議な力を持った可愛らしい存在をそのように表現するんですよ」
(なるほど……、確かにそう言われると私の存在事態、普通じゃないもん)
「さぁ、妖精さん!お食事に行けますか?車椅子を持ってきますので少しお待ち、」
「歩いて行くから大丈夫」
「でも、少し離れてますよ?」
「身体動かさなくちゃ!少し手を借りるかもしれないけど、ダメ?」
「とんでもない!では一緒に歩いていきましょう」
ユリーの手を借りて立ち上がり、自分の足で扉の外に出た。長い廊下をゆっくり歩いていると、驚いた顔でこちらを見るお兄様を見つけて「おはようございます、クライゼルお兄様」と声を掛けた。
「おはよう、リコ。それにしても驚いたな……昨日の今日でここまで回復するとは。それに喋りも問題なさそうだ、よく頑張ったね。ほら、僕の腕に掴まってごらん」
差し出された腕をまじまじ見ていると、後ろからユリーが「エスコートして下さるので、手を腕に」とアドバイスしてくれた。そっと腕に手を置くと、お兄様がニコっと笑って同じペースで歩いて食堂へ向かった。食堂で朝の挨拶を交わしたお父様とお母様は、私が食べやすいようにと料理長とお話ししてくれたみたいで、嬉しそうに運ばれてくるメニューを見ながら説明してくれた。ふんわりした卵焼きに、パリっと弾けるウィンナー、昨日と同じミルクのスープに、柔らかいパンが添えられて目を輝かせた。どれもとっても良い匂い。並べられたスプーンやフォークはどれを使って良いか分からないから、とりあえず口にちょうど合いそうなフォークで少しずつ味見をした。
「とっても美味しいです!」
本当に美味しいんだもの、人間ってすごい!!いつもこんな美味しい物食べてたの!?見た事ないのがいっぱいなんだから、もっと種類がありそうね。食べることが今まで以上に好きになりそうな予感しかしない。パクパク食べる私を、周りの人たちがどう見てるかなんてこれっぽっちも考えてなかった。
「リコ……そんなに食べて大丈夫か?無理しなくて良いんだよ?」
「お父様!!」
「どうした!?」
「こんなに美味しい物を残すなんて出来ません!もう身体は前の様に弱くありませんからたくさん食べてたくさん動きたいのです。それに、もうすぐ12歳になるでしょ?遅れた分を取り返したいの……ダメ?」
「あなた、リコを尊重してあげましょう。ねぇ、リコ?もう少し身体を動かせる様になったら私とお茶をしたり、家庭教師の先生と一緒にお勉強しない?」
「家庭教師?」
「そう!お勉強を教えてくれる先生のことよ」
「先生……!お願いします、お母様」
「まずは今日、僕と一緒に庭をお散歩してみよう?」
「お兄様、お家にいるの?」
「今日は休みだからね、リコのために時間を使えるよ」
パァーと明るい笑顔を向け、嬉しくて口を両手で覆った。外に行ける!それが何よりも嬉しい。
食後、少し休んでからあまりに外に行きたくて行きたくてお兄様を迎えに行った。仕方ないな〜と微笑んだお兄様の手を借りて、二日ぶりの外へ出ると暖かい陽の光が身体に染み渡った。様々な花が綺麗に植えられ見事に咲き誇っているのが見えて思わず足を運んだ。花に顔を近づけ匂いを嗅ぐと、心がとっても満たされる。幸せだ〜、と浸っていると少しだけ周りが暗くなる。思わず見上げると丸い何かが陽の光を遮って陰を落としていた。
「太陽の陽が眩しいので、日傘をお持ちしましたよ」
ユリーが持っているのは、日傘というらしい。お日様の光好きなんだけどな〜、と傘からヒョコっと飛び出した。
「それ、いらな〜い」傘にバイバイして、前に向かって歩き始めた。
「ユリー、君の目にはどう映る?アプリコーゼ、前と別人だよね」
「……、そうですね。でも以前のお嬢様も今のお嬢様も変わらず愛おしいです。お嬢様のためなら何でもして差し上げたくなってしまいます」
「ははっ、それについては同感だ。元気だとあんなに無邪気だったんだね……、神様に感謝しなくちゃな」