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「どういうことだ!?」
「アプリコーゼ様の癒しの力が……戻ったようなのです。ティアーズ王国に派遣された我々が、その力を確認しました。しかも、ティアーズ王国を包み込むほどの力で流行病をも消し去ったと」
使者からの報告を聞いたマルメラーデは、一気に血の気が引いた。この四年間発現しなかった癒しの力が、よりによってティアーズ王国だと?
「だから……だから言ったんだ!トルシアンの王女など必要ないと!しかも公爵が手を回して留学とは、なぜアプリコーゼはティアーズ王国に向かったんだ!」
「……ロイファーです」
「なに?」
「彼は現在ティアーズ王国の王立騎士団団長をしているようで、非常にお伝えしにくいのですが……アプリコーゼ嬢の傍には回復したあの鳥もいました」
……なんでこんな事になったんだ。しかもロイファー!?四年も経って、今更ロイファーだと!?アプリコーゼに番いだと明かされたらマズイ。いや……心は手に入らなくとも、カトレアにさえ帰らせればどうにでも出来る。
「ティアーズ王国をくまなく調査しろ!少しの変化も見逃すな。それと、私も近々ティアーズへ行く。フェルゼを呼べ!」
「か、かしこまりました!」
絶対にアプリコーゼを取り戻してやる……。
◇◇◇◇
「フェルゼ、例の件はどうなっているの?」
紅茶を堪能しながらキルシュの口角が上がる。
「国外追放宣言後に出立したままですからご安心ください。それにマルメラーデ様もあまり有能ではありませんから、こちらの誘導次第でどうにでも出来ますよ」
「そう、じゃ手始めにマルメラーデ様には城の地下を案内してもらいましょう?それが済めば、アプリコーゼ様の元へ送って差し上げますから」
不敵な笑みが、カップに映る。
この国に思い入れなんて何もない、私はトルシアンの未来を広げに来ただけ。調和の加護をちらつかせれば、王妃も加護の力を手に入れたいとマルメラーデ様の婚約者にすぐなれたし、わたくしの微笑みを見せればすぐに城中が歓迎の意を示してくれた。なんてやり易いのかしら。戦が長い事ないと、こんなにも平和ボケするのね……。上手くいきすぎて少々物足りないけど、まぁいいわ。
アプリコーゼ様の“女神に愛されし癒しの加護”が邪魔で、婚約破棄からの国外追放なんて計画もあっさり進んじゃったし。それに、わたくしに全く興味を持たないアプリコーゼ様しか眼中にないアホな王子なんて、すぐ消して差し上げますわ。
胸元から小さなペンダントを出し、パカっと開けると中の宝石が淡く光り始め音楽を奏で始めた。
「キルシュ様これは……」
「ふふっ、私が作った不調和音の音色よ。この音色は前奏に過ぎないわ」
音色を聴いたフェルゼの瞳が濁った灰色に変わり、キルシュ様へ跪いた。
「貴方の願うままに、キルシュ様」
「フェルゼ、マルメラーデ様の所へ参りましょう」
「かしこまりました」
どんどん心が蝕んでいくとも知らずに……いいわ、好きなだけ溺れさせてあげましょう。この不調和音には、自我を失い私の声と心の底に眠る暗い欲望が表に出るように仕掛けてあるの。
マルメラーデ様の執務室へ向かうと、何やら使用人がバタバタと準備をしている。トランクや衣装があるところを見ると、大方アプリコーゼ様を追いかけるってところかしら。ソファーに座り地図を見つめるマルメラーデ様に後ろからそっと声を掛けた。
「マルメラーデ様、アプリコーゼ様の元へ行くんでしょう?どうぞ、こちらを。ティアーズからの招待状ですのよ?」
「……なぜ、君が持っているんだ?」
「預かってきたのですわ、マルメラーデ様に渡すようにと」
本当はわたくしの侍女を使って陛下の執務室から取ってきたのですけどね。そんな事、今はどうでも良いわ。招待状を受け取って中身を確認したマルメラーデ様はそっと俯いた。
「では、参加の意向を陛下に、」
「いえ、参加されるならば出発を急ぐ必要があるだろうから挨拶は不要とのことでしたわ」
「……そうか」
またしても胸元から取り出したペンダントから、あの音楽が聞こえてくる。フェルゼと同様、マルメラーデ様の瞳が濁り雰囲気は一変する。
「マルメラーデ様、王城地下にある魔具台まで案内してくださる?」
「…………、魔具……台……」
「そこへ行ければ、アプリコーゼ様が貴方に振り向くよう協力して差し上げましてよ?」
立ち上がり、何も言わずに歩き出した。マルメラーデ様と私、後方からフェルゼと私侍女が同行して隠された階段から地下へ降りていく。狭い通路には灯りは一切無く、手元のライトで照らすだけ。少しずつ進むと開けた空間に大きな台座が現れた。台座の中央に見える球体が止まることなく回り続けているのが見える。間違いないと確信したキルシュは、台座へ真っ直ぐ進み不敵な笑みを浮かべた。
これで、私の願いもお父様の願いも叶うわ。




