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サイアス様が馬車で屋敷に到着してからは早かった。
サッと積まれた荷物、乗り込んだ私とユリーを確認して早々に出発してしまったのだ。馬車内で向き合わせに座ったサイアス様は、どこか真剣な表情で少し緊張しているようにも見える。
「サイアス様、お忙しいのにこのような頼み事をして大変申し訳ございません。同行が難しいようでしたら、馬車だけお借りして私だけ」
「アプリコーゼ様、私は貴方の護衛が出来ることを嬉しく思ってます。ですからその様な寂しい事を言わないでください」
「サイアス様が険しいお顔をされてましたので……」
「んっ!これは緊張です、何せアプリコーゼ様の護衛ですから!命に変えても貴方をお護りします」
「ふふっ、ありがとうございます」
「一つ確認ですが、その鳥籠には魔鉱石が使われていますね……どこでそれを?」
「……温室で見つけました。中にいるのは私の大切な友達なのです、ですが今の私では助けることが出来ません。この子が、微かな声でロイファーを求めたのです……」
「アプリコーゼ様、この鳥はただの小鳥でないことはご存知ですか?」
「えっ?」
「この小鳥は、幻獣です。人の目から見ればただの小鳥ですが、僕らから見れば神に近しい存在です」
「ジュニスが幻獣……?」
そういえば、いつだったかロイファーを見て『ちょっと特殊だね。まぁでもリコを守るって意味では適任かもしれない』って言ってた。それに、サイアス様曰くこの鳥籠に入れられたまま二年が経ってるなら普通死んじゃってるらしい……。そんなジュニスがロイファーを求める理由って何だろう。
「あの……サイアス様、不躾な質問ですが……ロイファーはなぜティアーズ王国へ行くことになったのかご存知ですか?」
「国境での仕事がひと段落した頃に、突然実家に帰ると言ってそのまま、」
「実家?ロイファーの実家はティアーズ王国にあるのですか!?」
「あれ?アプリコーゼ様……もしかして知らなかったのですか?彼は、ティアーズ王国筆頭公爵家アインツェルゲンガー家の嫡男ですよ。さすが狼族です、あの歳で騎士団長なんて」
……公爵家の嫡男
……狼族……?
「ロ、ロイファーは……獣人だったのですか?」
「まさか、アプリコーゼ様!それもご存じなかったのですか!?」
ユリーと目を合わせ、自分の手が震えていることに気づいた。ロイファーは私に何も教えてくれていない。確かに会話する機会は多くなかったし、そういう話題になったこともない。……獣人の姿を見たこともない。そうよ、いつも人だったじゃない!
「ロイファーが獣人の姿だったところを見たことはありません、何かの間違いじゃ」
「高位の獣人族は、人にも獣にもなれます。ましてや最上位に君臨する狼族ですから、長い時間人でいることも全く問題ありません」
「大切なアプリコーゼ様に告げなかったのには理由があるはずです。その理由を知らずに私が余計なことを申し上げました……あとでロイファーに謝らなくては」
そこから私は、ずっと頭の中でグルグル考えては落ち込んだ。
途中の街で少しずつ休憩を取りながら、目指す場所へ着実に近づいて行った。見たことない景色に胸が躍る瞬間もあったけど、やっぱり頭の中はロイファーの事でいっぱいになって……口数が少ないことを何度もユリーに心配された。三日目でティアーズ王国との国境に到着し、馬車を乗り換えた。本来なら通行証の提示が必要だったけど、サイアス様のおかげで通過でき二日掛けて王都に到着した。カトレアの王都よりもかなり大きく、聳え立つ王城は遠くからでもよく見えるほど立派だ。
「長旅の疲れもあるでしょうから、まずは一旦宿へ行きましょう。私が周囲も含めて安全だと確認が取れましたら、明日ロイファーの元へ向かいたいと思います」
「分かりました」
翌朝、鳥籠とその中に入ったままのジュニスを連れて騎士団へ向かった。私がロイファーの生い立ちや事情を知らなかった事はこの際もうどうでもいい。今はとにかくジュニスが無事でいてくれることを願うだけ……籠を抱きしめ、到着を告げる御者の声と扉を開く音で前を向いた。
…………!
「お嬢様……」
「ロイファー……」
馬車から降りると、着いた先は王城の入り口。目の前には、ロイファーを含め複数の人たちが列を作ってこちらを迎えている。ロイファーは驚く私の前に膝をつくと頭を下げた。
「ご無事の到着で何よりです」
改めて立ち上がったその背は、以前よりも高くなり顔つきも大人の男性になっている。その姿に嬉しくも切なさが込み上げ、私の目に薄ら涙が溜まった。会いたかった……、ずっと、ずっと。
「立ち話も何だから、中に入ろう」
ハッと意識を戻すと、見知らぬ獣人が間に入っている事に気付いた。この方は……
「突然声を掛けてすまないね、私はべフォーア・ティアーズ、ティアーズ王国の第一王子だよ」




