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コンコン!
「母上、失礼します。アプリコーゼを迎えに、」
「あら、ちょうど良かったわ」
「……今日は三人でお茶会でしたか。そろそろお開きの時間では?」
「マルメラーデ、婚約者候補の話はしておきましたからね。貴方もよく考えて行動してちょうだい」
「わ、わかっております。アプリコーゼ、用事を済ますからこちらへおいで」
「はい。それでは、王妃様、キルシュ様、本日はありがとうございました」
頭を下げ、長いひと時に一区切りついた。マルメラーデ様を追うかける形で温室の扉に向かっていると、ズキッと頭に痛みが走る。思わず頭を押さえて「ゔっ……」と声が出た。痛みの中に何か聞こえる。
『は、は……やく……』
『ここ…………か……らだし……てよ』
小さな、本当に小さな微かな声と頭痛がごちゃ混ぜになって立っているのも辛い。思わず手を突ける場所を探そうとキョロキョロすると、熱帯植物の隙間からカタカタ……何かが揺れたのに気付いて近づいた。
……えっ!?……ジュニス!!
そこには、小さな鳥籠に横たわるジュニスの姿があった。あまりの衝撃に声も出ない!どうしよう、どうしよう……早く助けなくちゃ!必死に木に括り付けられた鳥籠を外し、持ってたハンカチで隠した。マルメラーデ様は知ってたの?……早くジュニスを助けたいけど、マルメラーデ様のところへ行かず怪しまれてもダメだ。温室を一歩出たところに控えていたユリーに「何も言わずに、これを預かって。急ぎ公爵家の馬車を呼んで待ってて」と託して、マルメラーデ様を追いかけた。
マルメラーデ様と会う時はいつも、庭園に佇むガゼボ。急足で向かって、先に到着していたマルメラーデ様へ要件を伺った。
「お、お待たせしました。本日はこの後用事がございまして……」
「そうだったか。アプリコーゼ、その……まずは母上の事、申し訳なかった。婚約者候補を連れてくるなど、君を傷付けた。あれは、気にしなくてい、」
「いえ、私の力不足ですから。マルメラーデ様にとってどなたが相応しいか、冷静に判断されて下さいませ」
「私は君を手放すつもりはない!アプリコーゼ、そろそろ僕を見てくれないか?半年後の卒業と同時に結婚を控えているじゃないか。癒しの力が使えない可哀想なアプリコーゼを癒してやりたいんだ!どうしたら君の心が手に入るんだ」
「私は……、」
ガサッ!「マルメラーデ様、フェルゼです。至急お取次を」
「チッ……、なんだ」
「申し訳ございません、実は温室の…………」
「わかった。アプリコーゼ、すまない。話の続きはまた今度」
「それでは失礼いたします」
足早に馬車乗り場へ急いだ。温室のことを話してたということは、ジュニスの事だろう。まさか私が見つけてるなんてコレっぽっちも思ってないはず。
あと少しで馬車乗り場という所で、青服の騎士たちが目の前に迫ってくる。青服の騎士は陛下直属の騎士。
「何か御用ですか?」
「エーデルシュタイン公爵令嬢、速やかに陛下の元へお越しください」
騎士たちに逃げ場なく囲まれたまま、やっと近付いた馬車から遠ざかり陛下の待つ広間へ通された。広間にはすでに陛下や重鎮の貴族、先ほどまで一緒だった王妃様やキルシュ様までいる。マルメラーデ様の姿は見当たらない。
「アプリコーゼ嬢、其方には失望した。この数年間、其方は我々を騙していたのだな!本当は使えるその力をわざと出さなかったのだろう。仮にも公爵家の娘が生意気に……其方はマルメラーデの婚約者に相応しくない。この場を持って婚約破棄とする。ついでに王家を騙していた罪として国外への追放を命ずる。早々に出ていくが良い」
「……!?へ、陛下、私は騙してなど、」
「黙れ!そこにいるキルシュ嬢が、密かに力を使う其方を見たと証言した。それにキルシュ嬢の持つ調和の加護は素晴らしい。癒しの加護など無くとも国を任せられるだろう。何か問題があるか?」
「い、いえ……。それでは、私は婚約者ではなくなるのですね?」
「そうだ。宰相持って参れ」
目の前に出されたのは、四年前に書かされた婚約誓約書。この国では婚約を解消する時、署名したどちらかのみが使える特殊なハサミで誓約書を切ることになっている。ハサミを手にした私は、綺麗に真ん中から切った。
(これで、漸く解消されたのね……)
宰相様に一礼した私は、そのまま何も言わず広間を後にした。扉を出た瞬間のダッシュは、今まで生きてきた中で一番早かったかもしれない。




