20 マルメラーデの訪問
「殿下、明日朝一で先ぶれを出しますがよろしいですか?」
「頼む。私が距離を縮めたいと望むのは彼女だけだからね、そろそろ私も動こう」
あの演習会の日、ロイファーの様子がおかしい事は一目瞭然だった。周りの騎士の話を聞けば、通常の試合中から膝をついたり騎士団長と救護室へ向かったりと言うし、アプリコーゼ嬢を前にしたあいつの様子は……。
まさか彼女の護衛に名乗りを挙げるなどとは予想外な上に、今まで見たどの戦いよりも数段レベルを上げていた。私も取られたくない思いで急遽ティータイムに誘ったものの、大した話は出来ていない。
きっと、あれが一目惚れなんだろう。
ふわふわな子うさぎのような彼女を見ていると庇護欲なのか、傍にいて守ってやりたくなるような気持ちになるし、もっと彼女の事を知りたくなる。彼女の一番近いところにロイファーがいるとなると、城でのんびり彼女を待ってるわけにもいかない。私も成人を迎え、様々な令嬢からアプローチも受けるが彼女ほど心揺さぶられる存在はいない。さて……明日の手土産は何にしようか。
◇◇◇◇
朝から何やら使用人の方々が慌ただしく仕事をされている。いつもお屋敷を綺麗に保ってくれてるのに、これ以上に磨くにしても慌てすぎな気が……
「お嬢様!!急ぎ、お支度しましょう!!」
ユリーまで急足で私の傍へ駆け寄ってきた。
「な、何事!?みんなどうしたの?」
「そ、それが、これから王太子殿下がこちらへ来られるそうで準備しておりました」
「まぁ!でもなんで私の支度まで?」
「お嬢様に会いに来るからに決まってるじゃないですか!」
…………。
「あんまり嬉しくない……」
「ぶふっ」
後ろからカリオスト様の吹き出し笑いと、ロイファーの笑いを堪える顔を見て「私は真面目なの!」と不貞腐れた。でも、逃げれない事だって分かってるから仕方なくユリーに引っ張られて部屋に戻った。ドレスを着替えるだけだと思ったのに、身体を磨かれ……いつもよりしっかり目のお化粧……先日仕立てたばかりの新作ドレスに身を包んだ。鏡に映る私を、仕立てたユリー達使用人からは溜息が漏れている。私だって毎回驚く……でも可愛くなって嬉しいのに、あんまり気乗りしない。
支度を終えて部屋から出ると、ドアのそばで控えていたカリオスト様が一歩下がり、ロイファーは顔を赤くして口に手を当てた。それを見た私も何だか恥ずかしくなって顔が熱くなった。昨夜の出来事も相待って、やけに心臓がうるさい。「あらまぁ!」ユリーが驚き、その様子から何かを悟ったのは言うまでもない。
「リコ、おはよう!」
クライゼルお兄様の声が聞こえて、振り返ると正装した姿で手を振っている。きっと一緒に殿下をお出迎えするからかな。
「お兄様、おはようございます。そのお姿とてもお似合いですよ」
「それはこちらのセリフだよ、リコも日に日に美しくなっていくね。今日の訪問は一体どんな内容になるか……嫌でも察しがつくよ」
「……?」
「一緒にロビーまで行こうか、そろそろ到着するはずだから」
「はい、お兄様」
ロビーにはすでに両親も揃って殿下の到着を待っていた。それにしても、今日のお勉強はキャンセルになってしまったし、日課のお散歩もできない。予定が急に変わる事が、気分の良いものではない事を思い知らされる。つまらなくて下を向いていると、馬の駆ける足音が聞こえてきた。扉を開け全員で並び、馬車から降りてきた王太子殿下に頭を下げて迎えた。
「殿下、お待ちしておりました」
「公爵殿、急な先ぶれからの訪問で苦労をかけてすまない」
「お気遣い恐れ入ります。さぁ、サロンへご案内いたします」
「頼む、アプリコーゼ嬢も久しいな」
「ようこそお越しくださいました、マルメラーデ殿下」
きちんとマナーのお勉強しておいて良かったと、こういう場面でいつも思う。言葉の選び方、礼の仕方も仕草も知ると知らないじゃ大違い。




