18 ロイファーと野犬
第一騎士団の訓練から戻り、報告がてらお嬢様の部屋をノックする。この時間ならいつも部屋で過ごしているはず。しかし、待てど返事が返って来ない。侍女のユリーがこちらへ向かってくるのが見えて姿勢を正し礼をする。
「訓練お疲れ様でした。お嬢様へ帰宅の報告?」
「はい、しかし中から返事がなく……」
「えっ!?」
侍女は過去の病を思い出してか顔色を変え「お嬢様?ユリーです、入りますよ?」とドアを開けた。
………!
「いない……」
「そんなはずありません!黙ってどこかに行かれる様な、そんな…….あ、」
「何か?」
「だ……旦那様と少し。でも、あの」
「お願いです、詳細は聞きませんから思い当たる節だけ教えてください!」
「森へ……森へ行かせて欲しいとお願いしたけど、許可が下りなくて」
「ライゼの森か、確か着任初日にも言ってたと思います」
「どうしましょう!すぐ旦那様に、」
「あの!少しだけお待ち頂けますか?私がすぐに連れ帰りますから、そうですね一時間経っても帰らぬ時は旦那様へご報告ください。ライゼの森なら庭の様なものですから、どうか信じていただけませんか?」
「……わかりました。お嬢様を無事にお願いします」
「お任せを」
急ぎ騎士服のまま、馬を走らせ森へ向かった。あの森は風向き次第で安全とも危険ともなる。常に腹を空かせたアイツらがお嬢様を見つけたら……逸る気持ちで走らせ森の入り口に辿り着いた時、微かにお嬢様の匂いを感じた。「あの甘い香り!」本能がこっちだと騒ぐ。番いを惑わせる香りが進むたび強くなる。その時、「きゃぁーーーー!」悲鳴が聞こえた先に慌てて駆け寄ると数匹の野犬に囲まれたお嬢様を見つけた!
馬から一蹴りで飛び、お嬢様の前で着地しながら剣を構える。「ロ、ロイファー?」背中からお嬢様の声が聞こえ一安心するも、どいつも涎を垂らしながら虚な目でこちらを目指しジリジリと近寄る。
「日頃の訓練の成果と行きますか。お嬢様は絶対そこから動かないで」
体勢を整えて、一匹ずつ確実に倒していく。少しでもお嬢様に飛びかかろうとする奴は容赦せず切り付けた。途中腕を引っ掻かれたが、アドレナリン効果で全く痛みを感じない。最後の一匹を始末すると、お嬢様を抱えて馬に飛び乗った。まずは森を出ることが優先であり、話はそれからだと。
……それにしても!ち、近すぎる!香りに酔いそうになり、自分の服にギュッとしがみつかれる様は鼓動も踊らずにはいられない。それでも馬から落ちない様に片手で肩を抱き寄せ、森を抜け、町外れまで戻ると一旦馬から降りてベンチへ腰掛けた。ギリギリ理性を保ち、ベンチへ座らせたお嬢様の前へ膝をついた。
「お嬢様、心配しましたよ」
「……本当にごめんなさい。私こんな、」
「いいのです。これが私の仕事ですから」
「……」
「ですが、二度と、二度と護衛も着けず外出することはお控えください。貴方が考える以上に、我々には貴方をお守りする義務があるのです」
「はい。あの、ありがとうございました。あっ、その腕……!」
引っ掻かれた腕は服が破れ肌が血で滲んでいるが、今の今まで忘れてた。
お嬢様が傷口に手を近づけたその時、キラキラした光が優しく腕を包み込み、お互い驚きのあまり目を見合わせて光を見つめた。血の滲んだ傷口は元に戻り、他のかすり傷すら消え去った。
光が消え、お嬢様は「なにこれ……」呆然と自分の手のひらを見つめている。治った傷口を触ってみても痛みを感じることはない。……これが“女神に愛されし癒しの加護”。
「お嬢様、この事は他言無用です。今日お嬢様はずっとお部屋にいた、そうですね?」
「えっ?……は、はい!」
「お部屋にいたお嬢様が傷を治す事もありませんね?」
「えぇ」
「ユリーと約束しました。お嬢様を一時間以内にお部屋へ連れ戻せなかったら、援護が必要だと判断し旦那様へお嬢様がいない事を報告すると」
パカっと胸元から出した懐中時計を確認し
「あと10分もありません。今は何も考えず私にしがみつき馬から落ちない事だけを考えてください」
お嬢様を抱え馬に再び乗ると、理性がどうこう言ってる余裕もない程必死に屋敷へ向かった。裏手の扉からお嬢様を誘導し素早くお部屋へ連れ戻すと、どこからともなくユリーが現れ目で合図した。
とにかく今日の事は……報告できない。でも力が発現してしまった以上、隠していられる時間もそう長くないと悟った。
「ひとまず、耐えた自分を褒めたい……」




