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第八話:クズの性癖

「……ねえ、一体何がどうなってこうなったんだと思う?」

 エルム宛の手紙を彼の居室へと届けにきた執事のメイガンを捕まえて、エルムはそう愚痴をこぼした。受け取った手紙の差出人がオーティスであることを確認すると、エルムは中身を確認することなく屑籠へと放り込む。

「この前の夜会で、扇で引っ叩いてやったっていうのに、本人からもレンブラント侯爵家の当主からも何の苦情も来ないどころか、毎日毎日手紙が届くようになったとかって一体どういう風の吹き回しなんだ?」

「高価な贈り物も毎日のように届いておりますしね。エルム様、あちらはどうなさいますか?」

 エルムの部屋の隅に積まれた贈り物の箱の山を手で示しながら、メイガンはそう問うた。エルムは嘆息すると、

「母上やリーリエ、セルマたちが欲しいものがあるようならあげちゃって。いらなければ捨てるなり売ってお金にするなり好きにしていいよ」

 承知しました、と初老の執事は頷いた。

 エルムがオーティスに手をあげてしまったあの夜会以降、毎日のように彼から甘ったるく情熱的で歯の浮くような言葉が綴られた手紙や高価な贈り物が届くようになっていた。

 あの夜の諫言がオーティスの心に刺さったからなのかどうなのかは不明だが、これまで続いていた彼の遊び癖もこのごろは嘘のように鳴りを潜めているらしいとオーティス伯爵家に仕えているメイドたちが話しているのをエルムは小耳に挟んでもいた。

(今更、すぎるんだよな)

 オーティスが最初からこうであればきっと違っていたのだろうと思う。しかし、もう遅い。何があのオーティスのことを改心させたのかはわからないが、今更彼のことを許すことなどできはしない。

 そもそも、今更すぎるとはいえ、こうして急にオーティスに好意を抱かれる理由がエルムにはわからなかった。ここ最近のエルムの言動は、彼に嫌われる要素ならいくらでもあるものの、好かれる要素など皆無であるように思われる。

 うーん、と無意識に声に出して考え込むエルムの様子を怪訝に思ったメイガンは、

「エルム様、どうなさいましたか?」

「いや、何というか……今更、オーティス様にこんなふうに好かれる理由がわからないな、と思って。この前の夜会で僕がオーティス様やその取り巻きの御令嬢方に何をしたかメイガンにも話しただろう?」

 そうですね、とメイガンは相槌を打つ。

「だからこそ、不可解なんだ。話し方は例によってあんなふうだし、気持ち悪がられたり嫌がられたりするのが普通だろう? やってることだって、ブリューテ国で最近流行っている悪役令嬢モノの主人公みたいだしさ。それなのに何で……」

「……人の好みというのは十人十色、人それぞれでございますから」

「……」

 適当な言葉で誤魔化されたような気がして、エルムはメイガンの顔をじっとりと見上げる。しかし、そんなエルムの視線を特に気にしたふうもなく、メイガンはどこ吹く風だった。

 メイガンの言う通り、実はオーティスの好みがそういう感じだったらと思うと少し怖い。あの極めて手の早い男のことだ、そこはかとなく貞操の危機を感じてエルムは寒気を覚えた。今はこうしてリーリエのふりを演じているが、別に女装癖があるわけでもなければ、そういう性癖があるわけでもない。いくら中性的な容貌をしているとはいえ、エルムの性自認は紛うことなき男性だし、恋愛対象は女の子だけだ。

 コンコンとエルムの部屋の扉が叩かれた。エルムが入室の許可を出すと、失礼しますとメイドのアマラが困ったように顔を覗かせた。

「エルム様、オーティス様がお見えになっておられます」

「オーティス様が?」

 エルムは眉を顰めた。彼が来るような予定は特に聞いてはいない。

「お帰りいただくよう伝えてもらえる?」

 エルムがそう言うと、アマラは可愛らしい丸顔をますます困ったように曇らせた。

「それがその……どうしてもお会いになりたいそうで……。お会いできるまでいつまででも待つと仰っておられます」

 お出かけになられているとお伝えしたんですけど、とアマラは嘆息した。仕方ないと思いつつ、アマラに指示を出そうとし、エルムは一計を講じることにした。

「アマラ、セルマを呼んできてくれ。オーティス様については、応接間から離れないようにしばらく相手をしておいて欲しい。その間に、庭に茶の準備をしておいてもらえるようルゼに伝えておいて欲しい」

「承知しました」

 エルムの指示にアマラは少し不思議そうな顔をしながらも、彼女はエルムの部屋を辞して去っていった。

「メイガン、シャノンを借りてもいいかい? 父上の若いころの服を探してきて、シャノンに着替えておいてもらいたい」

「シャノンをですか?」

 メイガンはエルムの意図を図りかねて聞き返した。

 シャノンはメイガンの息子であり、オーランド伯爵家の御者兼庭師である。それ以外にも若い男手の少ないこの家において、力仕事の多くを担っている。幼いころからの顔見知りでもある彼は、立場の違いこそあれ、リーリエとエルムにとって良い兄のような人でもある。リーリエにとって初恋の相手であったことを知っているエルムはこれからしようとしていることに多少の罪悪感を覚えないでもないが、これも彼女のために必要なことだと己に言い聞かせる。

「エルム様、一体何を考えておいでで?」

「シャノンに手伝ってもらってちょっと一芝居打とうかと思って。目には目を、歯には歯を――ただのちょっとした意趣返しだよ」

 メイガンに問われ、そう答えたエルムの緑の目の奥には悪女としての素質の片鱗が見え隠れしていた。


本作へ評価をいただきありがとうございます! 大変励みになります!

残り2話で本作は一旦の区切りを迎えますが、あともう少しだけお付き合いいただけますと幸いです。

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