第六話:クズの生態
オーティス・レンブラントはクズだ。リーリエやオーランド家の使用人たちから事前に聞いていた話でエルムはそのことを理解していたつもりだった。
百聞は一見にしかずという言葉があるが、あれはこういうときに使う言葉だったのだなと実体験をもってエルムは感じていた。
(クズ過ぎる……)
オーランド家の屋敷に馬車で迎えにきたオーティスは両隣にエルムやリーリエと同じ年頃の着飾った少女二人を従えていた。
夜会が行なわれる貴族の屋敷へ向かう道中も、馬車の座席は彼と彼女たち二人で独占されイチャイチャと随分よろしくやっていたようだった。その間、エルムは何故か気の毒そうな顔をしたレンブラント侯爵家の御者の隣に座らされていた。
今夜の会場である貴族の屋敷に着くやいなや、待ち構えていた令嬢たちの群れに取り囲まれたオーティスはリーリエを放り出してどこかへ行ってしまった。オーティスに群がる少女たちの中には、エルムを嘲るような目で見てくるような者もいた。リーリエ――エルムなどオーティスの婚約者としては不釣り合いもいいところだとでも言いたいのだろう。
(確かにあのけばけばしい人たちに比べたらこの格好は地味だよね)
今日のエルムの格好は淡い青色に白いレースをあしらった清楚な印象のドレスだ。頭には白のリボンを結わえ、花の形を象った上品な印象のダイアモンドのネックレスが胸元を彩っていた。白百合のように清らかな雰囲気のリーリエにはとてもよく似合う装いではあるが、派手さに欠ける感は否めない。
リーリエは絶世の美少女ではないとはいえ、決して不器量ではない。弟としての贔屓目がないとは言い切れないが、彼女は年齢相応に可愛らしい少女だ。周囲の派手な装いのせいで埋没してしまい、相対的に地味で貧相だと思われてしまっているのだろう。こういった場はいかにセンス良く最先端の流行を取り入れながら華やかに着飾れるかを競う場でもあるのだとセルマが言っていたが、なるほどと納得せざるを得ない。どれだけおしゃれに金を掛けられるかというのは貴族の女性としての一種のステータスだということもセルマから聞かされた。それを踏まえれば、他の令嬢たちからリーリエが軽んじられてしまう理由はわからないでもない。
(ごてごてと盛れるだけ盛って誤魔化しているだけで、大して綺麗でもないくせに)
これでもかというくらい塗り重ねた化粧でわかりにくくなっているだけで、このような華やかな世界とはいえ、冷静に周囲を観察するエルムの視界に映るのは美人ばかりではない。上半身のボリュームに対して一体どれだけコルセットで補正しているのか恐ろしいぐらい腰のラインがくびれている者もいれば、異常なまでにパニエを重ねてドレスのスカートにボリュームを持たせている者もいる。各家の使用人たちの腕と自分たちのお嬢様を少しでも美しく見せようとする執念には舌を巻くばかりだが、視線操作でどうにか乗り切ろうとしている意図が見え隠れしている。本人たちだけでなく各家に仕える使用人たちが己の主人を介してマウントを取り合っているような気配を感じ取ってエルムはげんなりとする。貴族の女性社会というのはなんでこんなにどろどろとしているんだ。
エルムは肩口に衝撃を覚え、たたらを踏んだ。真紅の派手なドレスを身に纏った少女が何人かの令嬢たちを従えて嫌な笑みを浮かべていた。
「あら、このわたくしにぶつかっておいて謝罪もなしですの? それに何でこんなところに貧相なメイドが紛れ込んでいるんですの?」
エルムのことをメイド呼ばわりした少女は手近なテーブルからフォークを手に取ると、彼の喉元に突きつける。先端が皮膚にめり込み、肉を抉ろうとしてこようとするのを感じ、エルムは呻く。
「痛っ……」
(いやいやいやいや……こんなのもう嫌がらせの域を超えているじゃないか……! これ普通に傷害だから! 立派に犯罪だから!)
「嫌ですわね、どこの家のメイドかしら? 謝罪の一つもできやしないなんて無礼にもほどがありますわ……少々躾が必要なようですわね」
ドレスと同じ真紅の唇から凶悪な言葉を少女は紡いでいく。その冷酷な口調と眼差しにぞっとするものをエルムは感じた。エルムは身を捩ってフォークの先端から逃れる。こつんと靴の踵が壁にぶつかる音がした。エルムは覚悟を決めると顔を上げ、緑色の双眸できっと少女を睨みつけた。リーリエはいつもこういった仕打ちを受けていたと知ってしまったからには、何か少しでも言い返してやらないとエルムの気が済まなかった。少女はエルムに思いがけず強気な視線を浴びせられ、たじろぎながらも声を荒らげる。
「っ……何ですの、その目は! 生意気ですわ!」
「あらぁ、嫌だわあ。無礼は一体どちらなのかしらねえ? 見た目を取り繕うのに必死で、肝心の心の醜さが隠せていないなんて、可哀想な方もいたものねえ。あらやだ失礼、醜いのは見た目もだったわねえ。アナタ、人に喧嘩売ってる暇があるなら、ちょっと鏡をよく見たほうがいいと思うわよお?」
「なっ……」
リーリエに似せるために屋敷で練習してきた裏声でエルムは言い返した。思わぬ反撃に少女は戦慄いている。少女の手からぽろりとフォークがすり抜け、カランカランと音を立てて床を転がった。
一方、エルムはこうじゃないという思いながら、内心で頭を抱えていた。リーリエはこんな話し方はしない。今のエルムの口調は、以前、留学先のブリューテ国でできた友人のカイエルに強引に連れて行かれた女装したガタイのいい男性が接待してくれる夜の店の店員のオネエ様方のものに酷似していた。異文化交流のために留学していたとはいえ、現地の妙な文化を吹き込んでくれた悪友をエルムは恨んだ。
とにかくこれはまずい。リーリエの名誉を考えたらこれは非常にまずい。ドレスの背中を冷や汗が伝っていく。
とりあえずこの場から逃げようとエルムは決めると、そんなことはおくびにも出たずに勝ち誇った笑みを浮かべる。
「アタクシはこれで失礼するわあ。それじゃあね、子豚ちゃんたち。アナタたち、今最高にブサイクよお」
うふふ、とエルムは含み笑いを漏らしながら、靴のヒールをカツカツと鳴らしながら、悠然とその場を立ち去った。