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第一話:手紙

 エルムがその知らせを受け取ったのは、昼食を終えて一度、自室へと戻ろうとしたときのことだった。そのときのエルムは、午後の授業のために、教科書とノートを取りにいこうとしていた。


「エルム様、ご実家から緊急のお手紙が届いております」


 身の回りの世話をするためにエルムの留学先であるブリューテ国へとついてきた茶髪のメイドの娘――セルマは、廊下を歩くエルムを常に冷静な彼女にしては珍しく血相を変えて呼び止めた。


「緊急の手紙?」


 エルムはその温厚な性格の通り、普段は穏やかな光を湛えている緑の双眸に訝しげな色を浮かべる。彼は、セルマから手紙を受け取り、注意深くその封筒を眺めた。封筒の表には実家の執事であるメイガンの流麗な文字でエルムの名前が記されており、裏には家紋のあしらわれた封蝋が施されている。


 怪しげな手紙とかではなく、本当に隣国の実家であるオーランド伯爵家からの何かしらの連絡らしいと判断し、エルムはその場で手紙の封を開けた。この手紙を認めたメイガンの丁寧な人柄がよくわかるきっちりと折り畳まれた便箋を広げ、文面へと視線を走らせる。


 冒頭から視界に衝撃的な内容が飛び込んできて、エルムは頭が真っ白になった。顔を強張らせて固まるエルムを見て、側に控えていたセルマは彼を案ずるように声をかける。


「エルム様? エルム様、どうなさいましたか? どうかしっかりなさってください」


 セルマの呼びかけにより、現実に意識を引き戻されたエルムは、焦りと困惑を表情と口調に滲ませながら、


「セルマ、一旦部屋へ。ここで話すには少々差し障りのある内容だから」


 承知しました、とセルマは頷く。エルムはセルマを伴って、学生寮の中に与えられた自室へと足を急がせた。


 自室の扉を閉めると、途中で誰かが入ってこないようにエルムは鍵をかけた。黙って彼に付き従っていたセルマは、彼と二人になると口を開いた。


「エルム様。ご実家からのご連絡とは、どういった内容だったのでしょうか?」


「リーリエが……リーリエが、死んだ。自殺した、って……」


 セルマの問いにエルムは唇を震わせながら蚊の鳴くような声で答える。自分で言っていて何だか現実感が湧かなくて頭がふわふわするし、全身が何だか冷たくなっていくのを感じる。急速に冷えていっているのは、エルムの体だけではなく心もなのかもしれなかった。


 リーリエはエルムの双子の姉である。彼女は艶やかな黒髪と緑の瞳の持ち主で、大人しくて控えめな性格の少女である。十六歳になった今年、エルムが留学のために実家のあるロテュルス王国を出る間際に彼女には格上のレンブラント侯爵家の次男と縁談が持ち上がっていたはずだった。貴族の令嬢としては順風満帆な人生を送っていたはずの彼女が、どうしてこんなことになってしまったのだろう。元々繊細なところはあったが、何が彼女をこうさせてしまったのか。


「エルム様。失礼ですが、そのお手紙を拝見させていただいてもよろしいでしょうか?」


「う、うん……」


 エルムは手が震えるのを感じながら、手紙をセルマへと渡す。セルマは手紙の文面を読み進めていくと、


「エルム様。ショックなのはわかりますが、きちんと続きを読んでください」


「え?」


 エルムは緑色の瞳を瞬いた。ここです、とセルマが指で指し示している辺りの文章に、エルムは恐る恐る視線を向ける。


「結果的に未遂に終わり……一命を取り留めた……?」


 エルムは安堵のあまり胸を撫で下ろすと、へなへなとその場に座り込んだ。


「エルム様、安心されたのはわかりますが、そのようなところに座り込まないでください」


 呆れたようにセルマは自らの主へと苦言を呈すと、手を差し伸べて彼を立ち上がらせる。そのままセルマはエルムをソファへと連れて行く。


 セルマはカモミールが香るリラックス効果のある茶をエルムのために手際よく用意しながら、


「どうされますか、エルム様。手紙には一度国へ戻ってきてほしいとありましたが」


「そうだね。僕としては、リーリエがどうしているか気になるし、一度帰りたいかな。なるべく早く、帰国の準備を進めてくれる?」


「承知しました」


 セルマは頷くと、抽出が終わった茶をティーカップへと注ぎ、エルムの前へと置いた。エルムを気遣ってか、彼が最近好んで食べているチョコレートが近くに添えられていた。


 ありがとう、とエルムはセルマへと礼を告げると、茶へと口をつけた。甘い香りが口の中を満たし、動揺していた心が少しずつ落ち着いていくのを感じた。


 やるべきことはたくさんある。家への返事、自分の身の回りの荷物の荷造り――急な帰国となってしまったため、移動手段と途中の宿泊場所の手配や学校への届け出など、セルマの負担が大きいため、自分でできる範囲のことは自分でやってしまおうとエルムは思っていた。


 まずは実家への返事――急ぎ帰国する旨を認めるべく、エルムは空になったカップをテーブルの上へ戻すと立ち上がった。

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