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ここではないどこかへ

A.S.へ。

この物語は、貴方のおかげで完成しました。心から感謝いたします。ありがとうございました。また、貴方の行く道に幸福がありますように。

「ねぇねぇ、何で沙耶ちゃんと別れたのか、教えてよー」


背を向けて横たわる広瀬くんの背中を、指先で突いてみた。彼は唸り声で拒絶の意志を示したが、私はしつこく指で突く。


「浮気したの?」

「してません」


短い返事だったが、多くの感情が含まれていることは察した。主に怒り。当然のことかもしれないけれど、彼にとってまだ割り切れていないことらしい。


「じゃあ、されたんだ」

小さい声で「うーん」と聞こえた。たぶん図星だ。

「相手はー? 昔の男とか?」


私は彼の腰に腕を絡め、体を密着させる。それは少しだけ疚しい気持ちがあったからだ。

「違いますよ」

意外な返答に、言葉が出てこなかったが、すぐに好奇心が湧いた。


「へぇ、じゃあ誰なの?」

「彼女が職場で出会った、営業部の男ですよ」

「営業部?」


私は思わず声を出して笑ってしまった。


「如何にも広瀬くんが嫌いそうな人種じゃん。あれでしょ? いるだけでどこか威圧的で、自慢げに大きめの腕時計して、年中日焼けしているような人たちでしょ?」

「思い出したくないので、もうやめていいですか?」


「ごめんごめん。笑わないから。それで、急に出てっちゃったの?」

「そんな感じです。もう一緒にいても、楽しくないから、って」


「へぇ」

「最初は、その人の悪口ばかり言っていたんですよ。でも、その人の話ばかりするから、何か嫌な感じするなぁ、と思ったら…」

「沙耶ちゃんらしいね。興味ある人のこと、悪く言わないと気が済まないタイプだもんね」


広瀬くんは黙ってしまった。もっと話してよ、と促しても、流石に返答がない。


「なんかいいよねぇ」

私は彼の反応を期待することなく、一人で言う。

「そうやって、誰かを好きになって、悩んだりときめいたり、楽しいんだろうなぁ」


やはり、広瀬くんは何も言ってくれない。私もそれ以上、追及することはなかったので、黙っていると、彼の寝息が聞こえ始めた。それを聞いているだけで、どれくらいの時間が経ったのか、カーテンの隙間から光が射し込んでくる。もう朝だ。今日も上手く眠れなかった。一日の始まりを告げる光を、ぼんやりと眺めながら考える。私は何をしているのだろう、と。


子供のころ、二十代も後半になれば、好きな人と結婚して子供も一人か二人、いるのだろう、と考えていた。でも結婚どころか、本当に好きな人を見付けることだって、難しいと感じているうちに、三十歳を過ぎている。


これから、私が幸せになる姿を描けない。自分が何をしたいのか、誰と一緒にいたいのか。そんなイメージすらない。それなのに、月日は経って、歳だけを重ねて行く。このまま老いることを怖れながら、一日一日を繰り返す。そんな日々に耐え続けなければならない。


「せめて、好きな人と一緒にいたい」


勝手に言葉が出た。でも、私の好きな人って誰だろう。過去、この人のことが好きだ、と思ったことは、何度かある。だけど、今になって思い返してみると、本当に好きだったのか、よく分からなくなってしまった。ただの勢いとか、勘違いだったように思えてしまうのだ。今言えることは、想い出をくれてありがとう。それくらいだ。


きっと私は、気付かないうちに、何かが欠けてしまった。その失った何かを取り戻せば、幸せになれるだろうか。それを期待したいところだけれど、もう何もかも擦り減ってしまったような気がして、考えることすら面倒だった。

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