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閑話一 側妃候補

「見てくださいませ! このたくさんの絵姿と釣書を!」


 (れん)()が机の上に並べた掛け軸と紙束を指し示し、(りょう)()に告げた。


「これ、すべて第二妃候補のご令嬢たちの絵姿と釣書です!」

「…………俺は、蓮花以外の妃を娶るつもりはないのだが」


 山のような表装された掛け軸から目をそらしつつ、稜雅は自分の意見を主張してみた。


「まぁまぁ、そうおっしゃらず、まずは見てくださいませ」


 どこの悪徳商人かと突っ込みたくなるような口上の蓮花は、どうしても絵姿を稜雅に見せたくて仕方ないらしい。


「諦めて付き合え」


 蓮花の部屋で刺繍に勤しむ(とう)が、稜雅に椅子に座るよう勧める。

 なぜお前がここにいる、と稜雅は透を睨んだが、義兄は涼しい顔で刺繍を続けている。

 仕方なく、稜雅はおとなしく椅子に座ることにした。

 あれこれと反論したところで、蓮花はこうと決めたらやり遂げる性格だということは彼も知ってはいる。


「陛下も知っての通り、前王の治世の間は未婚の貴族令嬢たちは王に後宮へ連れて行かれないようにするため、ほぼその存在を隠されていました。その結果、十代後半から二十代前半の未婚の子女が(そく)()にはたくさんいます。そんな子女の中には、ぜひ新王陛下の妃になりたいと願う人もいます。こちらはそんな子女の自薦、他薦でわたしの元に届いた絵姿と釣書です」

「結婚したばかりの妃に直接側妃候補の絵姿を送ってくるとは、挑戦的ではないか?」

「新王が国家予算の都合により妃をひとりしか持てないことはいまのところ極秘事項なので、後宮入りを狙っている子女はたくさんいます」

「予算の都合だけではないのだが……俺は予算があろうがなかろうが、蓮花以外の妻はいらないと言っているのだが」


 王の意見というものは、この王宮では外廷、内廷どちらでも通らないことを、即位してすぐに稜雅は悟っていた。

 彼が唯一自分の主張を譲らず、なんとか我を通すことができたのは、妃に蓮花を迎えるという一点のみだ。それだって蓮花が宰相の娘だったから叶ったのであって、もし彼女が地方の諸侯の娘であれば妃にすることなど難しかったに違いない。


「とりあえず、せっかく届いたのですから見てみてくださいな。絵師の力作揃いですよ」


 蓮花は楽しそうに掛け軸のひとつをぱっと稜雅の目の前に広げて見せた。


「こちらは図書寮長官の次女の(もう)()()様。十九歳。趣味は詩歌を作ることだそうです。色白で小さな口元が特徴的な可愛らしい方だそうです」


 釣書を読み上げながら蓮花は紹介する。

 絵姿の淑女は、確かに絵師の力作だった。

 牡丹の花を結い上げた髪に挿し、手には薔薇の花束を抱えている。(じゅ)(くん)は初夏らしい薄い水色に花の模様が入っており、涼しげな印象だ。

 頬は薄紅色、唇は官能的な紅色で染まっている。

 瞳は大きく、長い睫が印象的だ。


「なかなかの美人でしょう?」

「そうだな」


 同意を示したのは透だ。

 刺繍の手を止めて、なぜか絵姿を見ている。


「背景の夏椿もなかなか美しい」

「そこは背景なので注目する点ではないわ」

「今度、夏椿を刺繍することにしよう。白い花というのは糸選びが重要だ」


 稜雅はとりあえず黙って見ておくだけにした。

 絵姿というものは本人の姿を写実的に描いたものではない。

 絵師の主観がかなり入っているし、絵師によって描き方も違う。それに依頼者がどのように描いて欲しいかという希望も加わるので、実物と対面してみると絵姿とほとんど似たところがないというのも珍しくはない。


「あら? 興味が湧きませんか?」

「美しい絵だとは思うが、本人と会ってみたいとは思わない」

「そうですか。では、次のご令嬢の絵姿を見せますね」


 稜雅の反応が薄いことを特に気にする様子はなく、蓮花は孟禾耶の掛け軸は机の上に置いた。


「続いて、(じん)(あん)()様。こちらは尚書省の次官の三女で、二十歳です。趣味は花道。自分で生ける花を庭で育てていらっしゃるそうです」

「それは、庭仕事の方が趣味なのでは」

「一番のお気に入りの花は(きょう)(ちく)(とう)だそうです」

「…………毒があるぞ」

「世の男衆の中には毒がある女人に惹かれる方もいるそうです!」

「かなり意味が違うと思う」


 掛け軸の淑女は健康的な体格をしており、さきほどの孟禾耶に比べれば容姿は平凡だった。毒花というよりは野草のようなたくましさが絵姿から感じられる。

 友人であれば好ましいと思うだろうが妻は蓮花ひとりで十分だ、と稜雅は再度自分の中で結論づけた。


「おや。こちらも陛下のお好みではないようですね。では、次にいきます!」


 机の上の絵姿は二十近くあるので、このままだと一日がかりで見せられそうだ。

 次を見た辺りで一度蓮花にすべて送り主に返すよう言ってみよう、と稜雅は考えた。


「こちらは(こう)(れい)()様! 母君が前々王の妹君のご令嬢です。ご趣味は――――」


 蓮花が絵姿の掛け軸を稜雅の目の前で広げようとした瞬間、ばっと透がその掛け軸を奪った。


「…………透兄様? 返してくださる?」


 稜雅に絵姿を見せられなかった蓮花が抗議する。


「いや……陛下はいまのところお前以外の妃は要らないとおっしゃっているのだし、これ以上見せたところで時間の無駄だと思うな」

「でも、もしかしたら陛下がお気に召す女人がいるかもしれないじゃないの」

「いないと思う! いないよな!?」


 なぜか透は稜雅に迫る。

 状況がよくわからないまま稜雅がこくこくと首を縦に振ると、「よし」と透は満足げに鴻玲羅の絵姿を抱えた。


「これらは全部送り主に返すように手配しておいてやる」

「別に透兄様の手をわずらわす必要は――」

「いや、私がしておく!」


 鴻玲羅の絵姿を取り返そうとする蓮花の手を振り払った透は「あ、そういえば父上のところにそろそろ戻らなければ」とわざとらしく声を上げ、絵姿を抱えたまま素早く部屋から出て行った。

 珍しく大切な刺繍道具は放り出している。


「…………蓮花」


 呆然としながら透を見送った稜雅は、物言いたげな表情を浮かべる。


(きん)()。これを全部片付けてちょうだい」

「はい。かしこまりました」


 部屋の隅に控えていた芹那が、透の刺繍道具を先に片付けながら、掛け軸と釣書も机の上から退けていく。


「鴻玲羅様が側妃に名乗りを上げているとは知らなかったわぁ」


 白々しい口調で蓮花が芹那に言う。


「お年がお年ですから、そろそろあの方もどちらかに嫁がれたいとお考えなのでしょう」

「そうよね。わたし、彼女のことは好きだから、一緒に後宮で過ごせたら嬉しいわ」

「お身内としてのご縁があればよろしいのですが」

「どうかしらね」


 木箱の中に芹那が放り込んでいく絵姿と釣書に視線を向け、蓮花はため息をつく。


「陛下にも一度鴻玲羅様のお姿を見ていただきたかったですわ。とても綺麗な方で、わたしはあの方とお話をするのがとても楽しいのです」

「なるほど」


 ようやく事情が飲み込めてきた稜雅は、おとなしく頷いた。

 どうやら蓮花は最初から鴻玲羅の絵姿と釣書が自分の元に届いたことを、透に知らせたかっただけだけらしい。


「そのうち、義姉になりそうな方か?」

「どうでしょう。そこは兄の頑張り次第というところでしょうか。なにしろ、陛下の側妃になりたい方はたくさんいらっしゃいますが、側妃になれないのであれば次の身の振り方を考えなければなりませんのでね」

「俺は、蓮花以外の妃をもらうつもりはないからな。もし、どうしても俺が妃として迎えなければならない女人が現れたとしても、王宮に住まわせるだけだ」

「陛下は真面目でお堅いですねぇ」

「一途と言ってくれ」


 いつの間にか部屋の中の空気が甘くなったので、芹那は絵姿と釣書を放り込んだ箱を抱えてさっさと国王夫妻の元から退出した。

 これらの絵姿をすべて差出人に送り返す手続きは透に任せよう、と彼女は勝手に仕事を押しつける先を決め、その足で相手のところへ向かうことにした。

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