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五十 後宮(六)

 (ごう)()の呪いを連れ去ると、闇が深くなった。

 ()()()()の狭間だというが、周囲には(ちょう)(しゅん)(ぐう)とその庭がある。

 ただ、地震で辺りは崩れており、(れん)()は身動きが取れなくなっていた。


「じゃあ、お嬢様。俺たちは戻りましょうか」


 (ねい)(ねい)は弟が消えた場所に落ちていた腕輪を拾い上げると、指で黒曜石の部分を軽くはじいた。すると、はめ込まれていた黒曜石は粉々に砕け散り、闇の中に消えた。石が消えると同時に、腕輪の部分も蒸発するように消えた。

 手元から視線を蓮花に戻した甯々は、晴れやかな顔をしていた。


「戻ったら、甯々はどうなるの?」

「いつもの化け猫に戻るだけです」

「そうしたら、いまのように喋ることができなくなる?」

「そうですね」

「猫の甯々が喋るように訓練する必要があるわね」

「いえ、猫なんで、そんな訓練は必要ありませんよ。お嬢様のそばでのんびりと過ごさせてくださいな。砥の呪いが消えた王宮は、それなりに過ごしやすい場所になるはずですよ」

「精魅や幽鬼は出てこなくなるかしら」

「一掃されるわけではありません。これまで砥の呪いに引き寄せられていた精魅は姿を消すでしょうが、王宮ではこれまでもたくさんの血が流れていますから、精魅や幽鬼はまだまだいます。いままでは後宮にたくさん集まっていただけです。あと、砥の呪いが精魅や幽鬼をかなりたくさん喰っていましたから、もともと数はかなり減っていましたよ」


 どうやら甯々はこの数日間、頻繁に西(にし)(よん)(ぐう)に足を運んで、呪いの様子を窺っていたらしい。


「美味そうな精魅を先にごっそり喰われてしまって、結構悔しい思いをしたところでした」

「……餌を探して歩き回っていたわけではないわよね」

「ついでに食べてやろうかなって思っただけですよ」


 蓮花の指摘にさらりと甯々は答えたが、どうやら偵察を兼ねた食事だったようだ。


「王宮にはまだたくさん精魅や幽鬼がいるのね」

「残っているのはおとなしそうな連中だけですよ。お嬢様にちょっかいを出すような連中はいまのところ見かけないですね」


 王宮が荒れたのは、(りょう)()が率いた反乱軍のせいだけではない。

 (じゅん)()が王だった頃から荒れていたし、その前の時代でも王宮内が必ずしも穏やかだったわけではない。

 稜雅が王として治めるこれからも、常に太平の世であるとはいかないだろう。


「大きな疫病や飢饉を招きそうな精魅はいまのところ見かけませんよ」

「そういう精魅がいるの?」

「います。以前お嬢様にお譲りした精魅図鑑に載っている精魅は、この世に蔓延る精魅のほんの一部の有名どころだけです。人に害をなす精魅はわんさかいますし、これからも新たに生まれます。世の中ってそんなものですよ」


 どこか達観した口調で甯々は告げた。


「さっき起きた地震は、呪いのせい? それとも、精魅のせい?」

「あれは、封印が解かれて呪いが這い出してきたせいです。簡単に言えば、呪いを後宮に封じた過去の王と方士による人災です」

「じゃあ、市中は揺れなかったのかしら」

「どうでしょうね。震源は西四宮ですが、王宮を中心として城下でもそれなりに揺れてはいるでしょうね。王宮ほど被害はないでしょうけれど」

「長春宮を壊してしまったわ」


 肩を落として蓮花はぼやいた。


「わたし、後宮を開いて欲しいって稜雅に頼んでいたのに、後宮を修復するどころか地震を起こして破壊してしまったんだわ」

「仕方ありませんよ。あれしか砥の呪いを封印された場所から引きずり出して狭間に連れ込む方法はなかったんですから。でも、まさかお嬢様があんなに思い切りよくやってくださるとは思いませんでしたけどね」

「そう? でも、どうやればいいかを教えてくれたのはあなたじゃないの。わたしがやるって思ったから教えてくれたんでしょう?」

「もちろん、そうなんですけどね。お嬢様がとても素直な方だってことはわかっていたんですけどね」


 楽しげに笑いながら、甯々は蓮花の手を取る。


「お嬢様は慈悲深く、義理堅く、常に約束を守ってくださる方だと信じています。だからこそ、娘をあなたに預けようと思った」


 優しく微笑む甯々は、珍しく(きん)()の父親の顔をしていた。


「これからも、娘をよろしくお願いいたします」

「もちろんよ。でも、まるで今生の別れのような言い方はやめてちょうだいな」


 蓮花が不満げに文句を言うと、甯々は黙って破顔した。


「さぁ、こちらへ」


 甯々が蓮花の手を引いた。


「お嬢様を無事に狭間から連れ出さなければ、俺は娘に袋だたきにされますよ」


 楽しげな甯々の声が響いたかと思うと、突然蓮花は身体が重くなるのを感じた。

 それまで身体にまとわりついていた思い空気はなくなったが、身体を押さえつけるような圧迫感がある。

 目の前は真っ暗だが、土埃と木が裂けたような臭いがする。


「ね、甯々?」


 声を出してみるが、喉が押しつぶされたようなかすかなうなり声しか出ない。

 さきほどとはまったく違う状態だ。

 ここは狭間ではない、と蓮花は気づいた。

 自分は崩れた長春宮の中に閉じ込められているのだ。

 しかも、柱が折れ屋根が落ちてきた間に挟まっているのか、身動きが取れない。


「だ、誰か…………」


 どうせ連れ出すなら瓦礫の中からも連れ出して欲しかった、と甯々に心の中で文句を言う。どうせ彼のことだから、化け猫ではお嬢様を瓦礫の中から連れ出すなんてできなかったんだ、と言いそうだが。


「誰、か…………」


 瓦礫の向こう側で人の声らしきものが聞こえる。

 しかし、息苦しさで蓮花の意識は朦朧とし始めていた。

 ぐるぅ、と向こう側で甯々らしき声が響いている。

 あれは誰かを呼んでいる声だろうか。

 化け猫の案内に従ってやってくるのは芹那くらいだろうが、蓮花の身体を拘束している柱などの瓦礫は芹那の細腕で退けられるものではない。


(そういえば、偽の(かい)(けい)殿はどうなったのかしら)


 ぼんやりとした意識の中で、蓮花はすっかり忘れかけていた偽会稽の存在を思い出した。

 隼暉の遺体は呪いに取り込まれて轟と一緒に彼の世に行ってしまったと教えたら、どんな顔をするか見てみたかった。

 砥の呪いが消滅したとはいえ、王宮には精魅や幽鬼がたむろしている。

 そう簡単には(めい)(てん)(しゅう)は解散しないだろうし、これからもなにかと王宮に出入りする口実を作ろうとするだろう。

 それはそれでおいおい対策を考えるしかない。

 まずは稜雅が隼暉のように砥の呪いに取り憑かれる心配がなくなったことを喜ぶべきだ。


(ひとつ、難題が片付いたんだから良かったじゃない)


 蓮花様、とどこかから呼ぶ声が響く。

 蓮花、と叫ぶ声が耳を打つ。


「ここ、に、いる……わ……」


 なんとか手を動かすと、そばに落ちていた割れた瓦が音を立てた。


 全壊した長春宮の瓦礫の中に閉じ込められていた蓮花が助け出されたのは、それから一刻ほど後のことだった。

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