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四十六 後宮(二)

 どこをどう歩いたのか、(れん)()()(よう)が持つ腕輪から伸びた手に衣の襟を掴まれて引きずられるようにして足を進めるうちに、西(にし)(よん)(ぐう)へ辿り着いた。

 首を絞められた際に呼吸困難になりかけたせいか、意識が朦朧としている。

 (せき)()(ぐう)から西四宮まではかなりの距離があり、回廊や柱廊を通らなければならないのに、なぜか途中で衛士や内官たちとすれ違うことはなかった。

 まだ夕刻には早いはずなのに空は薄暗い。

 (ちょう)(しゅん)(ぐう)の前まで辿り着くと、ようやく腕輪から伸びた手は蓮花の衣から指をほどいた。


「王宮は新しい王妃様をお迎えしたばかりだというのに、西四宮だけはこのように荒れたまま放置されているのは信じがたいことですわ」


 地面に放り出された蓮花が咳き込む姿を冷ややかに見遣りながら芙蓉が呟く。

 薄暗い空の下、長春宮は昨日と変わらず廃墟のような様相だ。


「王妃様は新王にないがしろにされているのです。新王は後宮など不要だとおっしゃったそうではないですか。この王宮で後宮がどのような役割を果たしているかも知らない者が王を名乗るなど、愚行です」


 背筋を伸ばして立つ芙蓉が腕輪を軽く放り投げると、腕輪の手が伸びた方の反対側からするすると上腕が現れ、そのまま痩せた裸の(そん)(まつ)()が腕輪から生えるようにして現れた。

 芙蓉は手にしていた(じゅ)(くん)を手早く巽茉梨に着せる。


「あなたたちは……(めい)(てん)(しゅう)なの?」


 荒い息をなんとか整えた蓮花は、喉を絞められたせいでしわがれた声しか発せられなかったが、なんとか声を絞り出すようにして尋ねた。


「まぁ、王妃様は暝天衆をご存じでしたか」


 かすかに驚いたような様子で芙蓉は目を大きく見開いた。


「そういえば、王妃様の知人に方士がいましたね。王妃様が下々の者にも分け隔て無く接するのはご立派だと思いますが、方士は王妃様が親しくすべき者ではないとわたくしは思います」


 眉を(ひそ)めつつ芙蓉は告げた。


「暝天衆のような方士の中でも下賤な者は特に、王妃様がその名を口にするべきではございません。王妃様の口が汚れてしまいます」


 芙蓉は暝天衆を蛇蝎のごとく嫌っているらしい。


「どういうこと? あなたたちは、暝天衆と繋がっているのではないの?」


 巽茉梨の腕輪が呪物であれば、かつて(ゆう)(じゅん)()邸から暝天衆が回収した物のはずだ。それを巽茉梨が持っているということは、暝天衆と彼女の間になんらかの繋がりがあると考えざるを得ない。

 暝天衆は、游隼暉を嵌めて呪いに取り憑かれるように仕向けたはずだ。


「わたくしたちはあの連中と一切繋がりはございません。王妃様は暝天衆がどれほど極悪非道な(やから)かご存じないのですね。あの連中は、自分たちの利益のために、游王家に(あだ)なす呪いを生かさず殺さず放置して長年この王宮にのさばらせている張本人なのです」

「放置している?」


 意味がわからずに蓮花が問い返すと、芙蓉は丁寧に説明した。


「暝天衆は、もっとも報酬の良い顧客である游一族が呪われ続けるように仕組んでいるのです。彼らが全力で取り組めば游一族に降りかかった呪いは祓えないこともないというのに、游一族に取り憑いている呪いが消滅してしまうと自分たちの仕事が激減して収益が減ってしまうので、游一族が滅ぶことなく、しかし呪われ続けるようにしているのです」


 ゆっくりとした口調で芙蓉は恐ろしいことを言い出した。


「ときとして游隼暉のように呪いに取り憑かれ悲惨な最期を遂げる者もいますが、これは暝天衆が王族のひとりを犠牲者に仕立て上げ、自分たちを頼らなければ游王朝は呪いによって滅ぶと脅す材料にしているのです。呪いを祓ってしまうと暝天衆が活躍する場がほとんど失われてしまうから呪いの力を削ぎながらも残しているなんて理屈は、下衆以外のなにものでもありません」

「暝天衆は、呪いを祓えるの?」

「祓えます。でも、祓わないから、長い間この王宮、特に後宮は呪いの温床となってきました。暝天衆と呪いは持ちつ持たれつの関係で、長く游王家を蝕んできたのです」


 芙蓉の説明に、蓮花は背筋が凍り付くのを感じた。

 暝天衆は、方士でありながら游一族に取り憑いた呪いを祓おうとはせず、自分たちの金儲けのために利用してきたのだ。

 その結果、(りょう)()の父である游(てい)()や他の公子、游隼暉の妻が犠牲になっている。

 隼暉もまた、暝天衆の企みによって呪いに取り憑かれ、非業の死を遂げた。

 きっかけは隼暉の妻が後宮に出入りして妃のひとりから渡された呪物を、それと知らずに屋敷に持ち帰ったことから始まっているが、そもそも妃が呪物を手にしたのは暝天衆が背後で糸を引いていた可能性がある。

 そうでなければ、游隼暉の奥方がなにかに取り憑かれたからと言って流れ者の方士が公子の屋敷に呼ばれたりするわけがない。そして、方士が祓うことに失敗した後を見計らって暝天衆が屋敷へ後始末と称して現れるわけがないのだ。


「もちろん、暝天衆が呪いを祓わなかったからこそ、姉が主人(あるじ)と呼んで慕う呪いが今日まで王宮に巣くっていることができたわけですが」


 芙蓉の声はどこまでも冷ややかで、どこか他人事のように感情が籠もっていなかった。

 姉の茉梨が関わっているのに、あくまでも自分はほんのすこしだけ協力している傍観者なのだと主張しているように聞こえる。


「暝天衆は姉に警告をしてきました。いつまでも呪物をひとりで抱え込んではいけない、と。王妃様にこの王宮にまつわる呪いについて報せるように、と。暝天衆は新しい顧客である王とその妃に、自分たちを売り込む絶好の機会として姉を利用しようとしました。なぜなら、王や妃が実際に呪いを目にしなければ、方士に仕事を依頼しようなどとは思わないでしょうからね。でも、姉もわたくしも、暝天衆に利用されるなんてまっぴらなんです」


 地面に座り込んでいる蓮花を冷ややかに見下ろしながら、芙蓉は告げた。


「王妃様は呪いについて多少ご存じのようですが、游王家を呪っている()()がなんであるかご存じですか?」

「…………()氏、だと聞いたわ」


 蓮花が小声で答えると、初めて芙蓉が微かに笑った。


「そうです。砥です。では、砥がなにであるかはご存じですか」

「かつて(そく)()を支配していた豪族、だと。游が束慧を奪い、砥氏は滅んだ……」

「それだけご存じであれば十分ですわ」


 まるで家庭教師ができの良い生徒を前にしたときのように芙蓉は蓮花を褒めた。


「砥がどのような経緯で游を呪うようになったかはわたくしも詳しくは知りません。ただ、砥の呪いを利用して暝天衆はこの国で甘い汁を吸おうと目論み、砥が游を呪い殺してしまわないように、けれど呪いも祓ってしまわないように均衡を保つように仕組んできたのです。呪いのすべての黒幕は、暝天衆なのです」


 芙蓉は蓮花に向かって断言した。


「けれど、呪いがある限り、姉のように呪いに魅了されて犠牲となる者が出続けます。呪いに蝕まれた束慧は、民も不幸にします。この状況を喜んでいるのは暝天衆だけです。あのような輩のために、砥は游を呪ったのではありません。だから――――」


 すうっと目を細め、芙蓉は宣言する。


「この呪いを成就させるか、呪いを祓うか、決着をつけなければなりません」

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