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三十一 赤鴉宮-残夜(一)

 勢いよく飛び起きた(れん)()は、がつんっと額になにかがぶつかり、そのまま跳ね返るように枕に頭を落とした。


「す、すまないっ」


 痛い、と涙目になりながら蓮花が瞼を開けると、手燭を持った(りょう)()の顔が鼻の先にあった。

 どうやら彼の顔とぶつかったらしい。


「うなされながら(ねい)(ねい)を締め上げているから、どうしたものかと思って様子を見ていたんだが……」


 稜雅の指摘で、蓮花は自分の腕の中に甯々がいることに気づいた。どうやら甯々を抱いたまま眠ったようだが、寝ている間に腕で甯々の首を締め上げていたらしい。手燭の明かり越しに、甯々が白目を剥いていることがわかる。窒息しかけてはいるが死にはしないだろう、と楽観視しながら蓮花が腕を緩めると、甯々は息を吹き返すと同時に全力疾走で寝台の下に隠れてしまった。


「甯々、ごめんなさいね」


 上半身を起こしながら蓮花は謝る。

 いくら甯々が普通の猫ではないと言っても生き物ではある。さすがに首を締め上げられて苦しかったのか、返事もせず寝台の下から出てこなくなってしまった。


「なにかございましたか?」


 ずきずきと痛む額を指で押さえながら蓮花は稜雅に尋ねた。触れた感触ではたんこぶにはなっていないようだが、赤く腫れている可能性はある。


「え?」


 寝台の端に腰を掛けていた稜雅は驚いた様子で問い返した。


「まだ夜は明けていないようですが、わざわざ訪ねていらっしゃったということはなにかあったのでは?」

「あ、いや、寝る前にせめて……寝顔だけでも見たいと思って……(きん)()に頼み込んで部屋に入れてもらっただけ……だ」


 段々小声になりながら稜雅がしどろもどろで答える。

 手燭の炎が顔を照らしているせいか、昼間よりも赤く見えた。


「そうしたら蓮花がうなされていたから、なにか恐ろしい夢でも見ていたのかと思って、起こすべきかどうしようか迷っていたところだ」

「夢…………。そういえば、なにか夢を見ていたような気がします」


 額に手を当てたまま蓮花は霧散しかける夢の記憶を手繰り寄せようとしたが、痛みに気を取られているうりにすべて消えてしまった。


「恐ろしい夢だったのか?」

「どうでしょう? 思い出せないのですが、うなされていたのであれば楽しい夢ではなかったのでしょうね」


 いつもなら蓮花の足下で寝ていることが多い甯々を抱いていたという点からして普段と違うが、夢を見ながら甯々の首を締め上げていたのは申し訳ないことをしたと蓮花はうなだれた。


「まだ痛むのか?」


 蓮花が額を抑えたまま俯いたので、稜雅が心配そうに蓮花の額を凝視する。


「まぁ、少し。陛下も痛い思いをされましたでしょう? 申し訳ございませんでした」

「いや、俺はこれくらいどうということはない。それに、蓮花が謝ることでもない」


 蓮花の手を掴んで額から退かせると、ぶつけたところを見遣って「赤くなっているな」と呟いた。

 ぼんやりと稜雅の顔を眺めていた蓮花はふっと「腐れ外道」と頭に浮かんだ言葉を呟いてしまった。


「――え?」

「あ、いえ、失礼いたしました。陛下のことではありません」


 慌てて蓮花は否定したが、稜雅が怪訝な表情を浮かべている。

 とても妃の唇からこぼれるはずがない言葉が出てきたのだから、驚くのも無理はない。


「誰かが夢の中でそんなことを言っていたような……」


 そういえば夕刻に芹那が(ごう)のところそんな風に言っていたな、と蓮花は思い出す。夢の中でも芹那が言っていたのかどうかははっきりしない。


「名前では呼んでくれないのか」

「はい?」


 腐れ外道はやはり轟のことだろうか、と考えていた蓮花は、目の前にある稜雅の真剣な眼差しに戸惑った。


「侍女も女官も下がっているから、誰も俺たちの会話は聞いていない。以前のように、もっとくだけた口調で喋ってくれないか」

「…………えぇ」


 蓮花は意識して丁寧に喋っていたわけではないが、どうやら稜雅は気に入らなかったらしい。


(甯々にはしっかり聞こえているんだけど)


 さすがにこの状況で稜雅に「甯々は芹那の父です」と説明するわけにはいかず、蓮花は黙り込む。

 と、寝台の下から甯々がのそのそと出てきて、ずいっとふたりの間に割り込んできた。

 ぐるぅと甯々は喉の鳴らして稜雅に威嚇する。


「出て行けと言っているのか? この猫は」

「そのようですね」

「俺は一応(ろう)国国王なんだが、猫に指示されるのか?」

「甯々には国王が誰かなんてあまり関係ないですから」

「俺は君の夫なんだが」

「甯々の主人はわたしなので」

「――――――よし、わかった」


 なにか決断したような顔で稜雅は立ち上がる。

 出て行くのか、と蓮花が見送ろうとした途端、稜雅は片手で甯々の首の後ろを掴んだ。


 ぶぎゃっと甯々が謎の声を発する。


「お前はその辺りで精魅でも食べてこい」


 手燭を脇机の上に置くと、稜雅は大股で部屋を横切ると格子窓をさっと開けて素早く甯々を放り出す。

 がーっと激しく威嚇する声が窓の外で響いたが、すでに稜雅が格子窓を閉めた後だった。

 甯々が床板を蹴って窓に体当たりしようとする音がしたが、身体が大きいので窓まで飛び上がれずどうやら壁にぶつかったらしい。どすんっとなにかが落ちる音と、床板越しに振動が伝わってきた。


(甯々って普段は猫のふりをしているくせに、猫扱いされると途端に機嫌が悪くなるのよね)


 ぐわぁっと猫らしくない鳴き声が響いたが、徐々に遠のいていく。

 どうやら芹那に捕まえられて、どこかに連れて行かれているところらしい。芹那は甯々に対して容赦がないので、朝になったら理不尽な仕打ちに不貞腐れた甯々が見られることだろう。

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