工業都市編Ⅲ 依頼
ローゼン冒険ギルド――
翌日、朝早くからルーはレグナを連れてローゼン冒険ギルドへ再び訪れていた。
昨日と同じような活気の中、目的の受付へ一目散に向かい声をかける。
「依頼の同行人だけど、こいつなら問題ないか?」
そう言いながら、受付にレグナを見せる。
もう少し紹介のしようもあるだろうにと言わんばかりの顔でルーを見た後に冒険証を受付に提示する。
「腕っぷしは問題なさそうだけど、経験は大丈夫かい?」
「数年前になるが同じ様な依頼をこなしたことならある。当時とそんなに変わらないのであれば問題ないかな」
受付は少し考えた後、レグナと坑道警護について確認を取る。
内容は坑道の基礎知識から、トラブル時の対処方などいくつかのシチュエーションを想定し、どうするのかといった事を確認していた。
横で聞いているルーは要領を得ない事も多かったが、これから行うであろう仕事の内容という事もあり真剣に聞いている。
「うん。彼が同行人なら問題ないよ。」
許可が出た安堵と同時に、遠回しに自分だけでは駄目だと突きつけられている様にも感じてしまいどこかもやもやした気持ちがルーの中で残っていた。
受諾の手続きを行い、詳細は依頼主のいる工業ギルドで聞いてほしいという事で二人はその足で工業ギルドへと向かうことになった。
工業ギルド――
冒険ギルドで感じた人の賑やかさとは違い、機械の駆動音が鳴り響く建物。
今までよりも僅かに強くなった油の匂いもこの都市の産業の中心に近づいた事を感じさせる。
採掘の管理から産出された鉱石の加工等を取りまとめているこの都市の要とも言える施設だ。
その物珍しさにルーは辺りをきょろきょろと見回していたが、そんな様子に気づかずレグナは建物の中へと入っていく。それに気づきルーも小走りで後を追いかけ建物の中へ入っていく。
入ってすぐ広いホールが二人を出迎え、奥にある受付のカウンターへと歩いていく。
冒険ギルドとは違い工業ギルドの事務員らしき同じ制服の人と、まばらに商人らしき人がいる程度で静かな印象を感じていた。
「いらっしゃいませ。今日はどういったご用件で?」
受付にいる凛とした雰囲気の女性は、二人に気づくと朗らかに表情を変え声をかけてくる。
「冒険ギルドで坑道警護の依頼を請けて、ここに来るように言われたんだけど。」
その柔らかい応対に警戒心を解いたルーがすっと前へ出て説明をする。
受付の女性はルーの真剣な表情に笑顔で応え、レグナも同じ案件という事を確認した後、
「そうでしたか。それではこちらの応接室で暫くお待ちいただけますか?」
そういって、奥の応接室へと案内される。
その丁寧な対応にルーはどこか大人の世界を感じ、いつもとはまた違う緊張感を持ちながら後をついていく。ドアを開け通された部屋は無機質だが何処か高級感のある一室だった。
その様相にどうしたらよいか戸惑っているルーをよそに、レグナは高そうなソファーにどさっと腰を下ろす。その音で振り向いたルーに対して、隣の空いてる場所へ座れと座面をポンポンと叩き誘導する。
誘導されるがままに、ルーもソファーに座り込む。
何処か落ち着かないルーは借りてきた猫のように背筋や足先を伸ばし座面の手前にちょこんと座り、一方のレグナは風呂に入っているかのようにソファーに沈み込み深い深呼吸をしながら対照的に待っていた。
暫くすると、扉が開けられ奥から人影と物腰の柔らかい声が聞こえてくる。
「いやぁ、面倒な仕事を引き受けてもらってすまない―――って、レグナとルーちゃんかい?!」
後半は驚いたように二人の名前を呼んでいた。
聞き覚えのあるその声と、姿を現した人物を見てルーは驚き声を上げていた。
「えっ。おじちゃん?何してんのこんな所で。」
奥から現れたのは、宿屋の店主だった。
目を丸くして驚いている二人をある程度予想していたレグナは腹を抱え声を押し殺して笑っている。
「ははっ。冒険ギルドのやつから面白いやつが今日来るかもって聞いてたからどんなかと思って楽しみにしてたんだが。これは期待以上だなぁ」
そういって嬉しそうに笑った後一呼吸おいて気持ちを切り替えた店主は話しはじめる。
「工業ギルドの代表を任されているホウルだ。基本的には若い子に任せて宿屋の店主してるんだが、まぁ今回は内容が内容なだけにこうして出てきてるってわけだ。改めてよろしくな。ルーちゃん。」
「あ、え?よろしく、お願いします?」
未だ状況の理解が追い付かず、戸惑い変な返答をしてしまう。
「ははっ。いつも通りで構わないよ」
そんなルーの様子を察して、いつも通り優しい口調でホウルは話しかけてくる。
レグナは一頻り笑った後、ホウルと目が合うと軽く片手で挨拶を交わした。
そんなやり取りをしているとそれまでの変な緊張が解け話は本題へと入っていく。
「お互い落ち着いた所で仕事の話に戻そう。まずは調査員の紹介をしようか。」
そういうと、ホウルはそのまま壁に設置されている管へと歩き出す。
そのうちの一つの蓋を開け、声をかける。
「すまないが、レニ君を呼んできてもらえるかね。」
少し待つと、管から承諾の返事が聞こえ、それを確認したホウルは向かいのソファーに座りくつろぎ始める。
ルーが何をしているのか不思議そうな顔をしていると、ホウルが説明を始める。
「あぁ、あれは伝声管と言って、管が他の部屋までつながっていてね。離れた場所でも会話ができるようになっているんだよ。」
「ほおぉっ。便利だなっ!」
使ってみたそうに目を輝かせながらうずうずとしていたルーだったが、暫くするとコンッコンッとノックの音が聞こえる。
ホウルが中へ入るよう促すと、応接室に調査員というには少し線の細い学者風の若い男性が入室する。
「レニ君。こちらの二人が今回警護を引き受けてくれる冒険者のルーとレグナだ。よろしく頼むよ。」
レニと呼ぶ男性にホウルは二人を紹介する。
入室し姿勢よく立ったまま鋭い目つきでじっと二人を見た後レニは眉を顰め、
「子連れで警護……ですか?」
と短く怪訝そうにホウルに問いかける。
「依頼を請けているのはこいつだ。」
ホウルより先に、ルーの頭を乱暴に撫でながらレグナが応えた。
言葉を続けようとしたが、頭に乗ったレグナの手を払いのけ、ルーがレニの方へ近寄り声をかける。その行動に少し感心したように口角を緩めレグナは口を閉じ後を任せることにした。
「不快にさせてすまないが、あたしが正式に請けたルーだ。魔獣の対処やこれまでの旅で危険察知は出来ているつもりだ。」
「……坑道警護自体の経験が無い為、こいつに同行を頼んでいる。」
経験が無い事を告白するにつれ、ルーの声がやや弱々しくなっていく。
その奥でこいつという言葉に反応し、レニに対してにこやかにひらひらと手を振るレグナ。
「人の命が掛かっているのも、急ぎ解決したい事だというのも理解しているつもり。
……だから、あたしが気に入らないなら――」
次第に泣きそうな表情で必死に説明をするルーをみて、話を切るようにレニは深くため息をつく。
「別に問題がないのなら構いません。状況も把握しました。改めましてレニです、魔獣が専門になります。よろしくお願いしますね。」
元からあまり表情に出ないタイプなのか、ひそめた眉は戻ったもののどこか冷たい表情でルーとは対照的に淡々と話をしている。
魔獣という単語にいぶかしげな表情をレグナは浮かべている。
「レニ君も、もう少し肩の力を抜いてくれていいんだよ。」
少し重くなった雰囲気の中ホウルはレニにそう告げると、隣のソファーに座るよう促す。
難しそうな顔ではぁ、と短く返事をしながら席に座り4人は顔を合わせる。
「それじゃ、本題へ入ろうか。」
そう切り出すと、いつもは優しいホウルの表情がやや厳しく、どこか焦りすらも感じる表情になる。
「近年、坑道内での事故が多発するようになってね。原因としては様々あるんだが、大きな要因としては2つある。」
「1つはギルド未認可の違法な坑道が近年多くなってきてね、その影響での事故。これは比較的浅い所で起きている事と、取り締まりを強化していくしかない割と工業ギルドだけで対処可能な件なんだが……」
そこまで言ってホウルは一呼吸置く。
「もう一つが、1年ほど前の事だが奥へ掘り進んで行く中で巨大な空洞に当たってね。最初は掘らずに鉱石資源を回収できると喜んだもんだが、どうやら魔獣が住み着いていたようでね。」
「魔獣による犠牲者が増えてきている……という事か。なるほど、それで魔獣専門の彼と冒険者ね。」
合点がいったのか、レグナが言葉を漏らす。ルーは拳をぎゅっと握りしめ話を聞いている。
「あぁ。坑道内で魔獣という事になると住民も不安になってしまうし、最初はギルド内で片付けようとしていたんだが予想以上にその蜘蛛の魔獣が強くてね。力及ばずまだ詳しい生態すらはっきりしていないのが現状で、頼みたいことはその魔獣の調査。結果によっては空洞へ続く坑道の封鎖も考えている。」
ホウルに続いて、レニが判っている事を説明する。
「被害状況や、生存者の証言だけでは僕も調べられる範囲も限られていて、推測にしかならない。例えば大きさも現時点では人より大きいという事が判っている位です。現地へ行って直接確認をしないとなんとも……。」
淡々とした説明だったが、判らないことに対しての苛立ちか歯がゆさのような思いがうっすらと表情にも現れているように二人は感じていた。
「討伐、ではないんだな。」
依頼内容を聞きルーが確認するように問う。
「倒して、安全が確保できるのであればそれに越したことはないんだけどね。
討伐という事であれば、討伐隊を組む必要があるかもしれないし、今回深追いする必要は無いと考えているよ。」
「なるほど。判った。」
仕事の内容を確認し、一息つこうとした所で、まだ浮かない顔をしているホウルが口を開く。
「それから……最初の被害者がうちのギルドの優秀な工夫だったんだが、彼にはジッタという子供がいてね。心配をかけないように事故という事で処理をしていたんだが最近どこかで魔獣の話を聞いてしまったようでね。仇を取るんだと採掘場でも無理やり入ろうと工夫と揉めたりしているようで、見かけたら引き戻す様に伝えてほしいんだ。」
続けて容姿を聞くとルーは冒険ギルドですれ違った少年を頭に浮かべていた。
その話の最中に割って入るように勢いよく扉が開け放たれ、先程のとはうって変わり血相を変えた受付の女性が声を上げた。
「ギルド長!!大変です。ジッタ君が……。ジッタ君が昨晩坑道へ入った可能性がっ!!」