工業都市編Ⅱ 経験
未だ祭りのように盛り上がっているギルド内でルーはその中心から抜け出し、先程案内された掲示板の方へ歩いていく。掲示されている討伐や調査の依頼を眺めていると一つの依頼に目が留まる。
採掘場警護依頼と書かれたその紙には、新たな坑道を掘るにあたり周辺の坑道等の調査を行うため、調査員の警護が出来る人を募集していた。
(採掘場でも募集してるのか。覗いたり出来そうだな。)
採掘場へ入るには工業ギルドの人間かギルドからの許可が必要な為、まだしっかりと見る事が出来ていなかった。警護にかこつけて見学しようという魂胆だった。
ルーは依頼書を取り、受付に持ち込む。
「う~ん。君にはちょっと無理かなぁ」
「警護するだけの実力はあるぞ」
今までのギルドでも身なりで判断され断られる事は少なくなかった為、またか。と思いながら実力がある事を誇示するように応えると、そうではないと首を振りながら受付は話を続ける。
「さっきの子と違って、君であればガノンさんとのやり取りで、
実力は問題なく思うんだけどね。」
どうやら、他にもこの依頼を請けようとしている人がいたらしい。
受付の話から先程すれ違った帽子を被った少年かと頭によぎる。
「それなら問題ないだろ?」
「この件は工業ギルドの人も気にかけていてね。
経験のある人材も条件に入っているのさ。
同行者の伝手があれば受理できるよ。」
そういって、募集要項の条件の欄を指さして説明をする。
経験と言われてしまうと何も言い返せなかったが、やろうと思ったものが出来ないのも悔しく思い、同行してくれそうな相手を振り返り探してみる。
目が合ったのは先程やり取りをしたガノンだったが、手を振りながら、
「こっちもやる事があるんでな。子守りはごめんだよ」
と、冗談を交えながら軽く断られた。
はぁと一つため息をついて暫し考える。
いない訳ではないが頼りたくない相手と採掘場に対する好奇心が天秤にかけられ――
先程よりも深くため息をつきながら、勝ったのは好奇心だった。
「……心当たりはあるから、また明日連れてくる。」
「悪いね。また明日待ってるよ」
少し不貞腐れながら返答し、ギルドを後にした。
夜の宿屋食堂――
「くやしいぃっ。経験足りないってなんだよっ!」
ドンッと、テーブルをたたく音と共にやり場のないもどかしさをレグナに当たり散らしていた。
向かいに座るレグナ本人は、そんな様子を見て含み笑いをこらえている。
「お子様には無理だったみたいだなぁ。」
「子ども扱いするな。殺すぞっ。
大体、今回年齢はあんまり関係ないだろ!」
苛立ちを食にぶつけるかのようにテーブルの串料理を豪快につまみ、不貞腐れながら口に詰め込んでいく。
リスのように頬張りながら表情が緩んだかと思えば、飲み込んで一息つくとまた先程の仏頂面に戻る。
ころころと変わる表情を一頻り楽しんだ後、レグナはルーに声をかける。
「まぁ、調査員の警護をする場合坑道の構造を把握しサポートしたり、
事前に危険を回避するような必要もあるからな。」
ルーに経験が必要な理由を説明しだす、そして少し間をおいて、
「それにこの件は坑道の深い場所という事と、
最近事故が度々起きている事もあって慎重なんだろうよ」
少し声のトーンを落とし、脅しをかけるように話をする。
「なら、尚更放っておけないじゃないか。」
ルーは状況を説明され当初の採掘場を見てみたいという好奇心の他に、明確な目的が出来てしまい食い気味で意見をぶつける。
直前まで出来る事であれば頼らない方法をと考えていたが背に腹は代えられない。
「……明日はおじちゃんの用事とかあるのか?」
「今日大体済んだから無いな。」
目をそらし少し震えた声で予定を聞いてくる様子から察しがついたレグナは、意地悪く少しにやけながら、明日の予定はない事を伝える。
「それなら明日はあたしに付き合え」
「あぁ、了解した。」
出された串料理を完食し、まだどこか不貞腐れながらも席を立ち自室に戻っていった。
自室に戻って部屋のドアを閉めたルーは先程までの不機嫌な様子から一転して暗い部屋の中でその場に立ち止まり肩を落としていた。勇者の印が刻まれている腹部を服の上から触りながら自問する。
(魔王を討ち世界と人々を救う勇者かぁ。出来てるのかなあたしは……。)
腹部を触っていた手はいつしか二の腕を握りしめ、寒さに耐えているように見えた。
自身が勇者として相応しいとはとても思えなかった。周りからは子供とからかわれ、救うどころか手を借りなければ依頼の一つも請ける事が出来ない。
経験と言われ仕方のない事とは思いながらも、その経験が出来ていない自分に歯がゆさを感じ、無力さに押しつぶされそうになる。
気付かないうちに体は小刻みに震え、目を閉じようとした時に脳裏に過去の断片的な記憶がフラッシュバックする。
印を授かった日の夜。
いつもは静かな夜が突如騒がしくなり、外では魔獣の大群を知らせる大人達の叫び声。
母親に抱えられて近所の少年と一緒に暗い小屋に閉じ込められ、少年にしがみつき泣き叫んでいる自分。
疲れか恐怖からか混濁する意識の中、ドアを叩く音と焼け焦げた匂い。
そして自分から離れドアへ向かっていく少年――。
その少年の表情を確認しようとした所で映像は途切れ、力が入らなくなっていた身体はドサッと音を立て、膝から崩れ落ち、その音で我に返る。
「っ!……はっ。はっ、はぁっ……。」
気付いた時には呼吸は荒く、視界は霞んでいた。
(違うっ。あたしは無力なんかじゃっ!あたしはっ!!)
まとまらない思考が加速し、混乱する自分を抑えるように短くなった呼吸を次第に長くしていく。雑念を払い、大丈夫だと言い聞かせる。
どれほどの時間が経ったか判らないが、まだ呼吸は荒いものの徐々に平静に戻りつつある身体を起こそうと脚に力を入れ立ち上がろうとした時、
ドンッ!!
突然お尻に衝撃が走り前のめりになる。
「そいや、明日何時ごろだ?」
レグナの声が聞こえる中、受け身を取ることもできずそのまま頭を床に打ち付ける。
ゴンッ!と鈍い音が聞こえた後、ルーは突っ伏して倒れていた。
「……何してんだお前?」
ドアの向こうで倒れているルーを見ながら、レグナが呆れたように問いかける。
そのいつものレグナに少しホッとしてしまった自分の弱さにもう一度床に頭突きをし、暫くして涙を拭いながらレグナの方に振り返り、
「……朝ご飯食べたらすぐっ!
急に開けるな。殺すぞっ!!」
レグナに向かって叫んでいた。