工業都市編Ⅰ 工業都市ローゼン
旅を続ける隻腕の少女ルーとレグナの二人は町に滞在していた。
大地の加護がない荒野に存在する、工業都市ローゼン。
採掘場を中心に工業を発展させ貿易によって必要な物資を輸入し繫栄してきた。
至る所で蒸気機関が駆動し、外周は鉄の塀で守られており要塞のような都市。
採掘される鉱石は希少価値の高いものも多く、人間にとって要の一つとなっている。
宿屋客室――
ルーの朝は夜明け前から始まる。移動する旅の中で身についた習慣だ。
日が昇る前に目を覚まし薄目のままベッドから降りる。
一足先にベッドから落とされた掛け布団の上に着地し、そのまま少し伸びをしてからとてとてと衣装棚に向かう。
右肘から先を失っている彼女は動きやすさと着易さを重視している為、服装はシンプルな服が多い。
隻腕を感じさせない慣れた手つきで、器用に着替えていく。
ぼさぼさになっている白銀の髪の毛を片手で雑に整え、部屋のドアを開け外へ出る。
2階の奥の部屋から出てすぐ、向かいのレグナが宿泊している部屋に視線を流す。
「まぁいいか。」
鍛錬に付き合わせようかと一瞬考えるが、面倒に感じ呟くように一言吐き出しまだ起ききっていない身体を左右に揺らしながらその場を後にする。
灯りもなくまだ薄暗い宿屋を出ると、未だに慣れない工業油の匂いがかすかに混じる朝の冷たい空気が身体に染みる。
先程より大きく伸びをしながら深く息を吸い込み、冷えた空気を身体に十分に巡らせた後、ゆっくりと吐き出す。
重い瞼も次第に軽くなり、呼吸に合わせ目を開く。
「よしっ。やるかぁ」
誰に言うでもなく一言気合を入れると、身体をゆっくりと動かし鍛錬を始める。
負荷を徐々に上げながら日が昇る頃には鍛錬をやめ、程よくかいた汗を流すため建物へ入ると薄明かりがついた室内から恰幅の良い店主が優しく声をかける。
「ルーちゃん、おはよう。
今日も早いねぇ」
「おじちゃん。おはよっ。
なんか身体動かさないと起きた気がしなくて。」
「ははっ若さがあって羨ましいねぇ。
そうそう。レグナに頼みがあるから、後で顔出すように言っておいてくれるかい?」
「あぁ。分かった、伝えておくっ!」
宿屋の店主とレグナは昔の知り合いらしく、とても優しくしてくれる。
どんな知り合いなのかとか色々と気にはなったが、詮索するのも負けたような気になるため気にしない事にしていた。
今の目的は、旅の路銀を稼ぐ事と魔族の情勢を調べる事。その為にこの町に滞在している。
階段を上がり自室に入ろうとした所で先程店主に言われた事を思い出し、レグナの部屋の前に向かい、ドアをノックする。
「おい。起きてるか?」
「……あぁ、何か用か?」
少しぶっきらぼうに様子の確認をするとドアの向こうから返事が聞こえる。
「おじちゃんが用事あるんだって、後で顔出してって言ってた。」
「そうか。分った。」
用件のみ伝えて、自室に戻る。
湯浴みを終えると、再度階段を下りて食堂へ向かう。
工夫や冒険者が賑やかに食事をしている端で、一人食事を取っているレグナの向かいに座る。
テーブルの上を見ると、レグナの食事とは別にルーの分も既に用意されていた。
皿の上には肉を挟んだサンドイッチと、野菜のスープが用意されている。
サンドイッチなのは片手で食べやすいようにという配慮で、野菜のスープは健康を気遣ってという事なのだろう。
どちらも今しがたテーブルに配給されたようで、暖かそうな湯気と肉の香ばしい匂いや煮込まれた野菜の香りから調理したてである事が判る。
ルーはそのタイミングの良さに、監視でもしているのかという疑念を持ちながらジト目でレグナを見るが、その視線を受けたレグナは肩を竦めたあと、席に着くようにジェスチャーで促す。
「おはよう。好きそうなもの適当に頼んでおいたぞ。」
「おはよっ。甘い果実は見えないんだけど?」
そう言いながら、胸に片手を当て食事に感謝を伝え食べ始める。
まずはサンドイッチを掴みかぶりつく。
少し固めなパンだが肉のうま味が口の中に広がり、その美味しさに目を輝かせながら食べ進める。
暫く夢中になって食べていると、レグナが声をかけてくる。
「俺は今日店主の用事に付き合うことになった。」
「もぐっ。手伝うことあるか?」
「いいや、十分だよ。」
残りのサンドイッチを口に放りながら、ふむっと頷き今日の予定を思案する。
「それじゃ、あたしは仕事がないかギルドの方を見て回ってみる。」
お互いの行動を確認しあった二人は、残る食事を済ませレグナは店主の元へ行き、ルーは食堂側の入り口から店を出る。
朝の静けさとはうって変わり人の往来が増え活気が出始めの街を、ギルドに向かって歩いていく。大小様々な歯車やその駆動を伝えるシャフトや配管が目に映る。
配管の先からは時折蒸気が噴出し空を滲ませる。
この町に到着した時その光景と賑やかさから興奮しながら飛び跳ねていたが、数日滞在している中で徐々にその光景も日常となり、そんな自分の考えからちょっとした成長を感じ、飛び跳ねながら目的地へと向かっていた。
通りを抜けてすぐ他の建物と比べ一際大きな建物が目に付く。
目的地であるローゼン冒険ギルド。
初めて来訪したルーが威圧感さえ感じるその建物に、扉の前で興奮と多少の不安を感じながら立ち止まっていると、不意にその扉が反対側から勢いよく開いた。
接触しそうになり後ろにひょいと避けると扉から帽子を深くかぶった少年が勢いよく飛び出し、ぶつかりそうになったルーを一瞬確認するがルーが来た道とは反対の方向へとそのまま走り去っていった。
「あっぶなかったぁ。なんだろあの子。
急いでいたみたいだけど、まぁお互い怪我がなくて良かったか。」
気持ちを切り替えまだ閉じきっていない扉に手をかけて中へ入ると、中にいる人たちの活気に再度圧倒される。
冒険ギルドといってもその間口は広い。
人々に害をなす魔物の討伐に始まり、遺跡の調査、採取や警護、果ては落とし物探しまで言わば何でも屋だ。そんなギルドに相応しく戦士や狩人、薬師等様々な人達が集まっていた。
ルーは依頼が張り出される掲示板を探して辺りを見回していると屈強そうな男が声をかけてくる。
「嬢ちゃん。依頼ならあっちのカウンターで受け付けてるぞ。」
見た目で判断されたような言葉に、感謝しつつも舐められないようやや強気な口調で返答する。
「そうなのか。ありがとう。
でも、あたしは請ける側だ。」
「そいつぁ悪かったな。
あんまり学があるようには見えなかったからよ。
採取や学術の関係ならあっちの掲示板にあるぜ?」
「あたしは、戦闘職だっ」
男からしたら、純粋な親切だったのだろうが、まるで相手にされていないその態度に苛立ち、敵意を向け相手を睨みながら言葉を吐き捨てる。
瞬間。敵意に反応し男は躊躇なく真顔でルーに向けて拳を放つ。
睨みつけたままのルーの眼前で拳は止まり、拳圧でルーの髪の毛が舞い上がる。
髪が降りてくるのと同時に、真顔だった男の顔から笑みが零れる。
「…ほぅ。侮っていたようだな。悪かった。
俺は、ガノン。え~っと……。」
「ルーだ。よろしくなおっさん。」
互いに認め合い、張りつめていた空気は一瞬で穏やかな空気へと変わる。
息を吞んで静観していた周りの人達も祭りのように騒ぎだす。
「まだおっさんって年じゃないんだがなぁ。
まぁいいや、お前さんが探していそうな依頼ならあっちに掲示されているぞ。」
「ありがとっ。ガノン。」
いたずらっぽく笑うルー。
外野は、度胸のあるやつだなぁとかガノンが幼女殴ったと盛り上がっている。
そんな外野の声が聞こえたルーは声の主に吠える。
「だれが幼女かっ!!」
穏やかに騒がしく笑い声が聞こえる祭りはまだ暫く続きそうだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
本日から工業都市編スタートになります。
書き方を少し変えて書いていますが読みやすくなっていたら良いなと思っています。
想像していた以上に読んでいただけたり、いいねや感想本当にありがとうございます。
書く活力になっています。
今後は現在の予定では週一位のペースを考えています。
引き続き楽しんでいただけたら幸いです!
追記
公開していた6話ですが構成を少し変更しております。
特に後半変更が入っていますがそれも含め楽しんでもらえたらと思います。