旅立ち編Ⅰ 動き出す歯車
「ああぁぁっ手が。い、痛いよぉ。・・・誰かぁ――」
暗闇の中、炎にうっすらと照らされながら、血だらけで、右腕を失った幼女が弱々しく悲痛な叫びをあげている。
「――丈夫か?息はある――?もう、もう大丈夫――――。」
人の声が聞こえた所で、幼女は意識を失っていた。
5年後――――
ドゴオオオオオン----
静かな田舎の一軒家から爆発と衝撃音が響き渡る。
村人たちは慌てて音の方角を向いて、場所を確認するや否や、またいつもの事かといった様子で、再び何事もなかったかのように行動する。
衝撃音から少し遅れて、白髪隻腕の少女と黒髪で体格の良い中年男のやり取りが村に響く。
「しっっっつこい!!これ以上近づいたらマジ、殺すっ!!」
「膝擦りむいただろ。血が出てたら消毒を――」
「ほっとけばすぐ治るからっ!時間だから教会でお祈りしてくるの。だから付いてこないで!」
言い終わるとほぼ同時に赤く燃える小さな光弾を男に向かって放つ少女。
「無詠唱の炎とは中々。こいつは、マッチの代わりぐらいにはなるかな。」
追いかけるのをやめた男は向かってきた光弾の軌道を変え、いつの間にか口にしていた葉巻にその炎で火をつけ一服を始める。
「流石は勇者サマ。後はもうちょっと可愛げがあればねぇ」
頭を掻きながら、踵を返し誰に聞かれるでもない声で、呟く。
「はぁ、片付け・・・しますかぁ」
道中――
少女は振り返るでもなく、村のはずれにある教会へと向かう途中、農作業をしている顔見知りの前で足を止める。
「おばちゃん。うるさくしてごめんね。」
「なぁに。こんな静かな片田舎、賑やかな方が楽しくていいよ。
レグナさんが心配してた怪我の方は大丈夫なのかい?」
「怪我なんてしてないよ!あいつが大袈裟に騒いでるだけ!
あたし強くなったんだからっ」
そういって笑う少女を見ながら農作業をしている女性もつられて笑う。
「そうだね。ルーちゃんの笑顔に負けないような収穫が出来るように。私も頑張らないとね。」
「・・・うんっ。豊作のお祈りもしてくるね」
「ありがとう。よろしくね。」
教会に向かって走っていく少女の背中を見届けながら女性は深くため息をついていた。
女性が深くため息をつくのも無理はなく、この村では作物の収穫量が年々減ってきているという問題に直面していた。
原因は、世界各地で起きている大地の加護の減少。
特にこの村は周辺に比べ症状が進行していて不作だけでなく、魔獣被害も増えてきている。
備蓄も残りわずかとなり、このままでは村を存続させるのも難しい状態だった。
教会――
所々から太陽の光が零れている程朽ちているが、掃除などは行き届いており、どこか荘厳な雰囲気を感じる小さな教会。
奥にある女神像に膝をつき先ほどの少女は祈りを捧げている。
「女神様。どうか今年こそは飢えのない豊作のご加護をお与えください。」
少女には祈るしかできなかった。
「そして、あたしに魔族に立ち向かう心を――。」
先程の祈りとは別の、感情なく冷たく吐き出された言葉は、神への祈りというよりは、懺悔のような。
先程までの明るい少女はそこにいなかった。
時が止まったかのような静寂。
教会の中に零れ落ちた光の筋が幾分動いた頃、叫び声がその静寂を破った。
「魔獣が出たぞ!!!」
魔獣という単語に、一瞬身体が跳ね上がるように反応する少女。
声の響きから比較的近くで、農耕地帯付近に向かってきているだろうとあたりをつけて、急ぎ声の元へと駆け出す。
「いかなくちゃ!」
村の広場――
見た目は猪に似ていたが、特筆すべきはその体躯。
5メートルはあるかの巨躯が突進してきていた。
魔獣――通常の動物に似ているが、人間にとっては動物とは比べ物にならないほど危険な生物。
魔族が動物に影響を与えたとか、動物の突然変異等々、諸説ある程度にしか、人はその生態を理解できていない。
判っていることといえば、その狂暴性とルビーのように赤い瞳を持つという特徴。
そんな赤い瞳を持つ猪の魔獣が村の周辺に積まれた石の壁に臆せず突進をしてくる。
ズドオオン
石の壁を突き抜け大量の土煙を上げ村に侵入した魔獣。
突進した衝撃からか、土煙の中で足を止め首を大きく振っているが、その吐き出す息は力強く、瞳の赤は鋭く光っていた。
フシュウウウウ
徐々に魔獣の息が整い始めた頃、遅れて少女はその場に到着する。
瓦礫となった石の奥。
土煙から覗く赤い瞳と目が合った瞬間、恐怖から少女は硬直してしまう。
「あ…、あぁっ…」
(あたしは、勇者なんだから立ち向かわなきゃ)
(はやく動かなきゃ。このままじゃ――)
(このままじゃ、また――)
思考は巡れど、身体は動かない。
焦りから更に思考は堂々巡りをする。
(このままじゃ、また――)
(また、みんな殺され――!)
少女の視界が瞬時に暗くなる。
目は閉じていない。
一瞬の出来事に思考が止まり、赤い瞳が見えなくなった事により、状況を確認する余裕が生まれた。
「帰りが遅いと思ったら、こんな所で迷子か?」
その聞き慣れた男の声は、こんな状況の中でもいつも通りの調子だった。
あまりに場違いな穏やかな雰囲気に、一瞬安堵し我に返る少女。
「は、はぁっ?これが迷子に見えるのか?殺すぞ!」
少女は精一杯の虚勢を張りつつも、いつものように男に殴りかかる。
それでも震える少女のこぶしを受けとめ、その手を開き持ってきた剣を手渡す。
「加勢は必要ですか?勇者サマ」
「っ!・・・いるかっ!」
男は小馬鹿にしたような態度を取りながら、品定めをするかのように少女を見つめる。
その瞳はいつもの黒い瞳ではなく、魔獣と同じ赤い瞳へと変わっていた――。
少女は、その瞳に一瞬怯むが、苛立ちを感じながらも自身を奮い立たせる。
普段の調子を取り戻した少女は再度魔獣と相対する。
未だ小刻みに震える身体を深呼吸でいなし、震えを止める。
(くそっ。またあいつに助けられた!くそっ!!)
男に対しての苛立ちや悔しさが溢れそうになるのを抑えて、冷静に魔獣に向かっていく少女の姿に、先程までの恐怖は感じられなかった。
一軒家――
無事、魔獣を討伐し、報告等の後始末を終えた二人は一軒家に戻っていた。
いつも通り、食卓を囲み夕食を食べ終わった後、男は口を開く。
「今日の魔獣の事だが。」
「なんだよ。またからかうのかっ!一人で倒せただろ。もうびびったりしないよ!」
「違う違う。・・・よく頑張ったな。」
「っ!!」
いつものように小馬鹿にされると思った少女は、いつものように噛みつこうと思った矢先、
思いもよらず労いの言葉が続いたため、動揺していた。
間髪入れずに男は続ける。
「最近、この村の状況が良くないのは気づいているか?」
「・・・うん」
「原因は、お前だ。」
「はっ?ふざけるな!お前が原因じゃないのか!?」
「まぁ、そう思っているんだろうなとは思っていたよ。
だが残念、俺にそんな力はない。」
「5年前、あの村で死にそうなお前を見つけ、
勇者のしるしを持つお前を興味本位から育て、鍛えた。
人間の世界が無くなるとつまらんし困るからな。
勇者のしるしってのは、勇者にのみ授けられるもの。
そのしるしを持つ者は人間の中で唯一魔王と戦うことができる。
で、その強さはどこから来てると思う?」
男は、地面を指さす。
「もちろん鍛えた分の成長はあるが、それ以上の要因として
勇者は大地から加護を吸い上げて強くなるんだよ。」
「そんなっ」
「これは事実だ。とはいえ、正直信じられないだろうし、信じる必要もあまりない。」
「どういう事だ?」
「問題点を整理するぞ?
俺達はお互いに、この異常の原因がお互いにあると思っている。
俺達は、それが原因でこの村には滅んでほしくない。
ここまではいいか?」
「うん。」
全く別の原因が関係している可能性もあるが、
2人がここで暮らし始めてから徐々に悪化している現状を見るに、
原因はどちらかにあると考えるのが自然に感じていた。
「で、お前は魔獣を「なんとか」倒せるぐらいには成長した。」
「なんとかを強調するな。殺すぞ!」
半人前扱いをする男に苛立つ少女。
「であれば、話は簡単だ。
この村は俺たちがいなくても今までやってきたんだ。だからさ――」
男はここで一呼吸置き、テーブルの上に大荷物を乗せた。
ドンっと重量感のある音が聞こえたと同時に、
「一緒に魔王のところまで冒険の旅にでようか」
無邪気に笑うこの時の男の顔をそうそう忘れることは無いだろう。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
初めての小説投稿ということで拙い所もあるかと思いますが、
書いていく中で主人公のルーと共に成長していけたらと思います。
また、応援や感想など頂けますと大変励みになります。
今後ともお付き合いよろしくお願いいたします。