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「おはよう」

作者: 橋本たなか


土を掘っています。


自分が丁度に埋まるくらいの深さです。

これを私の墓にしようと思います。

色んな墓を掘って来た私は、ようやく私を終える決心がついたのでした。


私は無機物の気持ちが分かるロボットです。私のようなロボットが何を考えているかとか、どこか不調はないかとかを調べるロボット専門の医者として作られました。

私を作った博士は10歳そこらの若者で、街では「神童」と呼ばれていました。

博士には両親も親戚も友達も誰一人いません。居たのは私とおじいさんだけでした。老人孤独の博士を救って育て、ロボット技術を教えた凄い人でしたが、博士が私を作った翌年に死にました。

おじいさんのお墓の前で博士は拳を握り、目にためた涙を必死に流さないようにしながら、私に誓いました。


「僕は人々が幸せになるロボットを作るよ」


博士はそうなれる器の人でした。

私を生み出した後も、博士はたくさんのロボットを作り、高校生の時にノーベル賞を最年少で受賞しました。博士は生み出してきたロボットをどこかの研究所に送られたり、どこかの企業に寄付などをされて、困っている人々を沢山助けました。

それでも、博士に一番愛されていたのはこの私でした。


「私は仕事を全うしなくてもいいのでしょうか?」


一度博士に尋ねたことがあります。

私は博士の身の回りの世話をしていましたが、私の中にプログラミングされているものではなかったので、失敗ばかりしていました。お手伝いロボットは他にもいましたし、博士も生み出していました。出来損ないの私よりも格段に役に立つはずです。

私だけが博士の傍いて、役に立っていない存在だと思ったのです。


「君は特別だから」


博士はそう言いました。


「君は僕の最初で最後の最高傑作なんだから、何も心配することは無いんだよ」


博士はそう言うと、私のおでこにキスをしました。これが博士の愛情表現なのです。彼は私が好きなのだと思いました。人間の考えていることはよく分からないけど、博士のことは分かります。

博士は私に家事のプログラミングを埋め込みました。

「こんなのなくてもいいのに」と博士は笑っていましたが、私も博士の役に立てるとようやく安心し、ロボットなのに「嬉しい」という感情を知りました。


ある日の午後、博士は政府に呼ばれてとある会議に参加しました。

私は博士が帰ってくるまでにご飯の用意をしたりお風呂を沸かしたり、以前とは比べ物にならないスピードで家事をこなしました。

そして夜。

眼を炎のように赤く燃やした博士が帰ってきました。

いつもは「ただいま」を言うと、お風呂に入ってからご飯を食べて寝る博士ですが、その日はそのまま自室に篭もると、何時間も出てきませんでした。

次の日、博士は何も言わずに家を出て行きました。

何日も何日も帰ってこない博士を、私はずっと待っていました。

毎日毎日ご飯を作り、毎日毎日お風呂を沸かし、毎日毎日掃除をしました。

私はロボットだからご飯も食べないし、お風呂にも入りませんし、部屋もあんまり汚れません。

それでも、いつでも博士が帰ってこれるように準備をしました。

一週間後、博士は汗とオイルにまみれたドロドロの姿になって帰ってきました。


「ただいま」

「お風呂沸いてます」

「臭いよな」

「いいえ」


1人でお風呂に入れないくらい博士はフラフラになっていたので、手伝ってあげました。

ですがこの前とは違い、お風呂から上がったあとは晩御飯を食べてくれました。全て完食したあとに食後のデザートと珈琲も食べてくれて、私はとても"嬉しかった”のです。


「元気そうでなによりです」

「ん?そうか?」


博士は鼻歌を歌いながらテレビを見ていました。

テレビではニュースのキャスターがあと数日で戦争が起こることを伝え、この国では爆弾とロボット兵隊がいるから勝つという事を興奮気味に話していました。

博士がこのロボットの政策に関わっていることは安易に想像が出来ました。

それでも博士は、画面を見ているのか見ていないのか分からないほどの虚ろな眼をしながら花歌を歌っていました。

その夜、博士の背中をずっとさすってやって、ようやく博士は眠りにつくことができたのです。


それから三日経って、日常は異常な日々に変化しました。

博士は泊まり込みで研究所に出掛けたきり帰ってこず、外では爆撃音が鳴り響き、淡々と人が亡くなっていくのを私は小高い丘の上の家の窓から見ていました。

何もせずに無い息を潜めながら、博士の帰りを待つ毎日です。

博士のおじいさんのお墓が壊されたことは、博士が久しぶりに家に戻って来て初めて知りました。

博士の身体の到る所から赤い液体が流れていましたが、その手にはしっかりと遺骨が握られていました。


「これを君に託す」


そう言って、私の心臓内部に小さな骨の欠片をいれました。

少しチクチクしたので巾着にいれて内部に仕舞うと、博士は安心した表情になり、そのまま倒れこんでしまいました。


「ずっと傍にいてください」


博士の看病をしながら、耳元でそう囁きました。最初で最後の願いになると、覚悟をしていたのです。


「仕事場が……攻撃を受けたのだよ……」


兵器として使っているロボットを直している途中に敵陣がやって来て、博士は命からがら逃げてきたそうです。


「子供たちを……僕は見殺しにした……」


子供とはロボットの事。

博士は自らの手で生み出してきたロボットすべてを平等に愛してきたのでした。


「私だったら直せます」


私はこの為に生まれてきたのだと思いました。

博士の子供たちを守る役割が、私にはあったのです。


「僕の……傍にいておくれ……」


博士は私の手を握り、眠りに落ちました。


数日後、博士は通常の力を取り戻しましたが、仕事には向かいませんでした。

朝ご飯を一緒に食べて、私が掃除・洗濯をしている間に博士は本を読み、お昼は博士特性のスープ(いつもは具沢山ですが、この日は具無しでした)を食べ、爆撃音が聞こえる中、博士は昼寝をし、私は隣で編み物をしました。


「これは、異常なのだろうか」


眼をつぶったまま、博士は尋ねました。


「日常です。今日のような日々を過ごしたのは3246日。今までの日々の中で一番多い過ごし方です。これは日常と言えます」

「そうか」


博士は満足そうに眠りました。

その日の夜。

晩御飯を食べ終えた後、博士は私は地下の倉庫へと連れて行きました。


「いいかい。僕がここの扉を閉めた後、君は10万秒を数えるんだ。それまでは何があってもここの扉を開けてはいけないよ」

「何故です?」

「君を守るためさ」


博士は私のおでこにキスをしました。

扉を閉めて、私は言われた通りに数を数えました。


「1、2、3、4、5,6,7,8、9、」


数え終えた先に何があるのか、この時の私は何も知りません。

でも、博士が何を考えていたのかは分かります。

私は博士のことはすべて理解しているのです。

だから、博士に言われた通りにしよう。

そう思いました。


「5785、5788、5789、5790、」


一秒の狂いがないように一心に数えました。

別に声に出さなくとも、いつ10万秒になるのかは分かるのですが、それでも口に出していたかったのです。


「99543、99544、99545、99546、」


時々地響きが聞こえ、地上で何かが起きているとは思いましたが、ただ静かに数え続けました。


「99996、99997、99998、99999、100000……」


数え終えて一息ついてから、私は遺骨の入った巾着を握りしめながら、扉のノブに手をかけました。そこから地上に続く階段を上り、蓋になっている扉をゆっくりと押上げました。

上に何か乗っていたらどうしよう。そう思いましたが意外にも、蓋は簡単に押し上げることができました。周りを確認しながら外に出ると、煙が立ち込めており、今までの爆撃音が嘘だったかのように、時が止まったみたいに静かでした。

蓋を開けた時から、この地上に人類が存在しないことは察しがついていましたが、前の見えない煙の中を、私は転ばない様に注意しながら歩くのです。


「博士」


無い心の拠り所だった博士はもういない。

焼け焦げて何も残っていない街並みが、一人ぼっちだという事を再確認させました。

10万秒なんて、日で言ったらたったの一日なのに、こんなにも空っぽになるものなのでしょうか。


「人間がつっくたものんなんて、自然の威力に比べたら大したことないんだよ」


博士の口癖を思い出しました。

きっとこの惨状は、博士が(もたら)したのでしょう。

人間が作った悲劇は、人間の手で終わらさないといけないという、博士の強い意志を感じました。

たった一日で、博士は街を消してしまったのです。

私だけを残して。

それでも歩き続けました。

どこかに、この広い途方もないどこかに、博士の証があると信じて。

研究所近くと思われる跡地に来た時、


こつんっ


何かが足先に何かが当たりました。拾い上げると、それは下半身の無い一体のロボットでした。

動かそうと思い、ロボットのデータを読み取ろうとすると、惨劇の一部始終と、そのロボットの日常が流れ込んできました。

これは家政婦だったようです。

医者であった主人とその奥さんとの優しくて暖かい日々を過ごしていたようです。戦争がはじまり、ロボットたちは軒並み兵隊として駆り出され、日常のデータは消されるはずでしたが、博士の意向で少しだけ残されたようです。そのまま、このロボット命を終えたことが分かりました。

最後の最期の記憶が、愛されていた頃なんて、まるで人間みたい。

私はそう思いました。


「墓を作ろう」


動かないものには行き場がないので、土に埋めて、自然に返してやろうと思ったのです。

煙が晴れてきて周りに眼を凝らすと、ロボットの残骸たちが消されずにたくさん残っているではありませんか。


これを私のこれからの仕事にしよう。


そうすればいい。


心臓の内部にある遺骨がそう答えたような気がしました。

それからは、死んでいると分かっていても、私はデータを読み取り、そのロボットたち一人一人の日常を知ってから弔っていきました。

朝が来て夜が来て、また朝が来ても、私はそれを続けました。

街に居たロボットたちが終わると次の街に行き、また終わると次の地へ。

何も無い世界で、私は墓を作り続けました。


さて、何年経ったのでしょうか。

生き物の息吹を感じ、私は元の場所へと戻ってきました。

私が作った墓の上が緑の絨毯になっていたのです。

家があった場所にも木が生えて森になろうとしていました。

世界が、元に戻ろうとしている。


終え時なのね。


そう感じました。

そして最後に、自分の墓を掘ろうと決めたのです。

心臓内部を抜き取って壊してしまうと活動を終えることは、教えられたのではなく何となく知っていました。

私は私の意思でこの命を終えますが、これは人間で言うところの「寿命が来た」のだと思います。

私は私の役割を終えたのです。

掘った土の上に寝そべって心臓を抜き取った時、私自身のデータが最速の走馬灯のように流れ込んできました。

私の隣には博士がずっと居て、博士の隣には私が寄り添っていました。

博士が生きた証は、私自身の中に確かに存在していたのです。


「おやすみなさい、博士」


そのまま、私は自分の心臓を握りつぶしました。他のロボット同様、私の意識は少しずつ薄れていきます。

どうか、次に目が覚める時は博士の声で起こされますように。

どうか、それまでは誰にも見つかりませんように。

そう願いながら、私は生まれて初めて深い眠りにつくのでした。




「めでたし めでたし」という言葉が嫌いです。

物語に住んでいる主人公たちの人生は進んでいくのに、勝手に終わらせるなよ、と思うのです。

なので、それが無いような話にしようと思って。


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