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板胸(ぜっぺき)男装の公爵令嬢  作者: 青柳蒼枝(あおやぎそうし)
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第12話 グラズノフ領へ(後編)

鉱山を持つ直轄地、グラズノフ領。

 剣が出来るまでの間、リグレット達はグラズノフ領を巡ることにした。

 直轄地として特別な領地の特別な歴史と町並み。国家機密的な研究棟の存在も明らかに。

 そしてリグレットの頼んだ曲刀は果たして出来るのか?


工房で剣を頼んでいる間、リグレットとレパードはサファイアとルビーの2人の案内で、グラズノフ領を見学する事になった。

「お姉様に習って、私も乗馬の練習をしたんです」

 以前、サファイアがワーグナー領に来た時、姉妹2人とも馬に乗れないと聞いていた。そこでスピルが、胴体に大きなブチ柄があるため貴族に売ることは出来ないが、性格も大人しく良く調教された足の強い軍馬を2頭、姉妹にプレゼントしたのだ。

 今日はその馬に乗って2人を案内している。

 グラズノフ領は鉱山の領と名高いだけあって、領地の殆どが鉱山に囲まれている。その山頂部分に僅かな森があり、獣も生活しているが殆ど街に降りて来ることは無いという。

 何しろ黒い岩肌が露出し、切り立った崖のようになっている所が殆どだ。例え降りて来られても、再び山に登るのは至難の業だろう。

 その鉱山の一部に上りながら、サファイアは遠くに見える山を指示した。

「あの山がこの領地を加護してくださる火の神様がいらっしゃる山なの。そこに小さいけどお社があるのが見えるかしら?」

 サファイアの示す方向を見ると、山の頂から少し下に凹みが出来ており、その中に小さな木造の社がぽつんと建っているのが見える。

 その小さな社の下に火祭りで使われた。あの大きな本殿がある。

「あんな場所に行こうにも足場も無ければ道も無いではないか。どうやって、あの社を建てたのだ?」

「さあ? 投げ込みの社って言われいるけど、何時建てられたのか記録にすら残っていないの」

「投げ込みの社?」

「そう。火の神様がこの領地に住まう時に、山の下から木材を投げ込んで造ったからだって言われているのよ。本殿もかなり高い場所に建てられているけど、あれはまだ下から階段を造って、最後に本殿が造ったのだけど、あの投げ込みのお社は全くの謎なの」

 風雨にさらされ、崩壊しかかってはいるものの、それでもしっかりと基礎が社を支えており、まだ当分の年月、社として存在し続けるだろう。

「火の神様の本柱はあの投げ込みのお社の中にあるって言われてるのだけど、そのお柱は誰も見た事がないの」

「では、火の神がどんな姿をしているのかすら解らないのか?」

 どの領でも守護神として祭っている神は、領内の一番大きな社に行けばその姿が飾られている。姿とは言っても、それが神本来の姿ではなく、代理の象徴という形で置かれているに過ぎない。

 ワーグナー領では水の守護神は水の張られた水瓶。土は岩。木は社の中に生えるご神木がそれに当たる。

 グラズノフ領の火の守護神は本殿に置かれている火と言われているが、投げ込み社の中の本体の代理だ。

「岩だと伝えられているけど、でもこうして遠くからでも、あの中にお柱様があると思おうと感慨深い物わ」

 婿を貰うとは言え、次の領主となるルビーは、うっとりとした視線を投げ込み社に向けた。

「あのお社がどうやって造られたのかとかは、研究しないんですか?」

 レパードは解らないものは解らないまま、そっとそのままにし続けている領地に対して、ふと疑問が湧いた。

「そうね。その気になればある程度は解明されるのかもしれないけど、なんだかそれが解ってしまったら詰まらないというのか、解らないからこその良さがあると思うの」

 ルビーがそう言って微笑んだ。



 その日はレイヴンも伴って、もっと山の上の方まで上がって来た。

 そこからは、領の山々が良く見渡せ、グラズノフ領がどういう領地なのかが一目で分かる。

 眼下には幾つもの鉱山が見え、その全てから鉱物が運び出されていた。

「ここから見えるのは鉄鋼石が取れる坑道よ。運び出された鉱物は、そのまま下に運ばれて鉄が精製されるの」

「幸いうちの領地は、岩山が多いせいか水に不自由はしなくてね、降った雨水は生活用水と鉱物の精製用に分けて貯めているのよ」

 普通なら、森も少なく岩山ばかりの土地では、雨が降り続けば、どうしても洪水などの自然災害に見舞われる確率が高い。この領地も長い間、洪水に悩まされていたが、昔、水の加護を持ったこの地のごく族の娘が、火の神に命を捧げて領地内の水の流れを変え、領民の命を救ったと伝えらえれている。

 見渡す限りの黒い山々。その全てが鉱山であり、金、銀、鉄等、が採掘されている。その全てがグラズノフ領であり、国の直轄地となっている。

「今でこそ国の直轄地になって平和になってるけど、昔はあちこちの豪族から狙われてね、地形的に防衛には優れていたけど、長い大戦の時代は苦労したのよ」

「それは、そうであろう。これだけの金鉱を手にすれば、国を取ったと同じになる。野望を持っておる物には垂涎の場所だ」

「だからこそ戦をなるべく避けるべく豪族としてやれるだけの事をやったわ。娘が産まれれば力ある家に嫁がせ、次男三男が居れば、人質のように送り込む。家族を戦を起こさないための道具として徹底利用したのよ」

「それで、火の神の怒りは買わなかったのか?」

「火の神様を敬うことは絶対に忘れなかったし、逆に神様からは強い加護を貰えたって聞いているわ」

「命を賭けて仕えているからこその加護か……」

「それでも戦になってしまったら、どれだけ血が流れても引かなかったし、逆に神の怒りに触れた敵は親族全て根絶やしにされたわ。そうやって守り、火の神と領地を守り続けて来たのが、このグラズノフ家という訳」

 このヒステリア王国が出来る前の大戦の時、当初から今の国王側に付いた豪族の一つがワーグナー家であり、そしてもう一つがグラズノフ家。

 戦が終わると、王家から親族を嫁、婿として降下され今の公爵家となり、王家が最も信頼を寄せている一族の一つでもあった。

「歴史では、大戦の時に共に戦った同士という事は習っておったが、それより古い事は知らなんだ。姉上の一族も苦労なさっておいでだったのだな……」

 リグレットは、眼下の鉱山を眺めながら、そっと目を閉じた。

「それにしても、スピル様から贈られた馬は素晴らしいわね! こんな岩山でも楽々上れるんですもの。馬車が使えないから中々ここまで足を運べなくて困っていたのだけれど、とても助かってるわ」

 話しを切り替えるように、リビーが乗っていた馬の首を軽く叩き褒めた。

「そう言ってもらえるとありがたい。軍馬でも挽馬の血が少し入っておるからの、足は丈夫に出来ておる。柄の出が残念だが、実用としては良い馬だ」

「あら、柄の出なんて関係ないわ。逆に山に入っていっても、この柄のお陰でどこに居るか解りやすいって言われているの」

 確かに黒い岩肌に、白地に茶色のブチ柄の馬の存在は遠くからでも良く解る。

「姉上方は優しいのぉ」

 貴族が乗る馬は見栄えも大事だ。姿形だけでなく、美しさも要求される。サファイアやルビーが乗っているような、ブチ柄の入った馬などは誰も引き取ろうとしない。殆どが領内の軍馬になるか、農民の足として使われるが、2人に贈った馬が、一般的に貴族が乗るような馬と比較すると遙かに優秀であることは確かだ。

「明日は山を下りて酪農地や畑を見に行きましょう。少ない面積ながら頑張っている農家さんや酪農家さんを見てもらいたいの」

 そう言って明るく微笑むルビーの顔は、本当に嬉しそうに輝いていた。自分の産まれ育った領地を心から愛しているのが良く解る。

(これは余程いい婿を探してもらわねばな。国王陛下も頭が痛かろう)



 次の日、見学に行った酪農かでは、さすが狭い面積でいかに家畜を育てるかがよく研究されており、豚も鶏も十分に飼育されていた。

 だが、問題は畑の方だ。領地全体が岩盤の上に存在しているかのようで、土もお世辞にも豊かとは言えない。これでは、良質の麦が育たないのは仕方ない。自領で随分改良をしているようだが、なかなか上手くいかないらしい。

 ルビーと相談した結果、これはグラズノフ家の領主から、ワーグナー家の領主に相談を持ちかけるしかない。状態によっては、ワーグナー家の研究者を派遣してくれるかもしれない。

 いくら税率の低い直轄地とはいえど、領民の食が満足に得られないようでは意味がない。特にグラズノフ家は特別だ。国の経済を支えている鉱山地のため、農耕用の土地が痩せてしまうのは仕方ない。

 これを直轄地同士で豊かにしようと努力するのを止めるほど、愚かな王ではないはずだ。


 

 そして、数日の雨が続いた後、リグレット達は屋敷から離れてはいるが、領地の一番中心地にある繁華街を見物に来た。

 早朝に出たはずだが、着いたのは昼過ぎ。

 石畳が広がる広場の周りには、屋台というより普通の店が多く見られる。雨でも店があれば中で食事が出来るし、多少の雨なら、大きな傘の下にテーブルと椅子を出せば濡れる事なく食事が出来る。

 驚いたのは、店員が店の外にまで食事を運んでくれるのと、食べ終わった食器を下げに来てくれることだ。当然幾ばくかのチップを払うことになるのだが、それが払えるだけの客がいるという事だ。

 サファイア姉妹が考えたというドライフルーツの入った黒パンに、様々な食材を挟んだサンドイッチとコーヒーを頼んだ。

 それ程立派ではないが、街路樹が植えられ、店の周囲には可愛らしい寄せ植えの花が咲いている。

 鉱山から吹く乾いた風が、気持ち良くそよぐ。

 レパードはふと、コーヒーを片手に風を感じているリグレットの横顔に気づき、気づかれないように見つめた。

「さすが中心街なだけあって、賑わっているようだな」

 外でゆっくりと昼食を楽しみながら、周囲を見渡すと、とても鉱山が主流の領地の住民とは思えない若い学生風の男女や、学者風の線の細い人物もいる。

 独特なのは、彼らが皆、本を読んでいるか、議論をしているという事だ。

「いくら炭鉱から遠いと言っても、ここは随分と人種が偏ってますよね……」

 レパードが不思議そうに尋ねた。

「気になる?」

 サファイアの言葉に、レパードは頷く。

「見て解る通り、あの人達は鉱山で働いてる人達じゃないの。この先にある研究棟で働いてる人達よ」

「研究棟?」

「そうか。お主は知らぬのか」

 リグレットは、どうやら研究棟の存在を知っているかのような口ぶりだ。

「今日も持っていると思うけど、迷子石ってあるでしょう?」

「あ、これの事ですか?」

 レパードはポケットに入れていた青い石を取り出した。

「そうそう、それ。それを造りだしたのが研究棟よ。それ以外に、通信石なんかも造り出してるの」

 通信石。冬の猟期の時、全員が持たされたあの石だで、石同士で会話が出来る優れ物だ。

「そんな棟が存在するなんて知らなかった……」

 青い迷子石をしげしげと見ながら、レパードは驚いたように言った。

 その時。

「お嬢様、申し訳ありません。少しご相談したい事があるので、相席よろしいでしょうか?」

 白衣を纏った青年が1人、リグレット達の座っている椅子に走り寄ってきた。

「お客様も一緒だけど、いいかしら?」

「はい。迷子石をお持ちでしたから、外の方とお見受けいたしましたので、色々ご意見をお聞きしたく」

 黒い髪に、少し頬の痩けた顔。そして随分と色々書き込まれたノートを持っている。

「まだ開花式も迎えておらぬ、小娘と小僧だが良いのか?」

 リグレットは少し嬉しそうに青年に尋ねる。

「それは全く気にしておりません。是非、ご意見を」

 リグレットの了承を得ると、青年はコーヒーを持って来るとガタガタと椅子に座った。

「先ほど、通信石のお話もされておりましたが、使われた事はありますか?」

「ああ、この前の冬の猟で使わせてもらった。大変に便利だったぞ」

「ありがとうございます。実は、ボクはその通信石の開発に関わっていりる者でして、現在その開発に行き詰まっている所なんです」

「おいおい。そのような事を、私ら外部の者に喋っても良いのか?」

「はい。通信石を使われた方ですし、通信石自体が既に、あちこちで試しに使って頂いて意見を集めている段階ですので、それは一行に構いません」

「そうか、それなら良いが。開発途中の物によっては、外部に口外出来ない物もあろうと思ってな」

 青年は、目をキラキラと輝かせながらリグレット達の意見を待っている。

「便利ではあるのだが、通信が子石に対して母石一つというのは面倒だな。外と通信をしたければ、母石を幾つも持ち歩かねばならぬのが不便だ」

「はあ……。現在、それについて行き詰まっておりまして開発が遅れているんです。出来たら今の段階で迷子石のように市場に出せないものかと……。勿論その間、改良は進めますけれども」

「そうねえ……」

 サファイアもルビーも互いに顔を見合わせた。

 グラズノフ家の屋敷でも通信石は使われているが、部屋にいくつも子石が壁に並んでいる状況で、自分達も個人で持ちたい所なのだが、そうなると石だらけになってしまうために、それが出来ない。

「余程の所でないと無理だな……」

 リグレットも空を見上げる。

「国王陛下と副国王は別室で仕事をなさると聞いているから、通信石があれば互いに部屋を行き来する必要はなくなる。後は、国王陛下と特別な官僚のみが通信出来るように母石と子石を持つか……」

「普段使いという事を考えなければ、緊急用に母石と子石を配置させることは出来るかも? 例えば火が出た時とか……」

 レパードは王城で暮らしていたため、内部には詳しい。それを思い出して口にする。

「距離がどのくらいまで使えるかにもよるが、門番の騎士に母石を持たせ、子石は詰め所に置くか……」

「それでも、やっぱり母石一つ、って事には変わりないのよね。母石一つで、あちこちと連絡が繋がるなら一番便利なんだけど」

「それが、なかなか上手く行きませんで……」

 青年は困ったように髪をバリバリと掻いた。領主令嬢の前でこんな不衛生な態度が取れるのは、研究棟にいる職員だけだろう。

「問題は魔力か? それとも石か?」

「どちらにも問題があります。母石も子石も、元が鉱山から出たクズ石ですから。魔石を仕えばそりゃ簡単に出来ますけど、それでは意味がありません。廃棄になるクズ石を使う事に意味があるんです」

 さすがにそれを聞き、全員は一瞬黙りこくってしまった。クズ石を使う……。良い活用法ではあるが、ネックにもなる。

「魔石を使うのは仕方ないと今は考えるのはどうか?」

「は? でも、魔石は……」

「いや、今は暫定的に魔石を使うという事で、その魔石に変わる石を開発すれば良いのではないかな?」

 そう言ってリグレットは胸元から手帳と万年筆を取り出した。

「まず、中心に母体となる魔石を置く。その魔石を中心に子石を繋げる」

 まるで大きな魔石が小さい石を産んだかのような絵が手帳に描かれる。

「子石からの通信は、一度必ず母体となる魔石に入る。そして、母体の魔石には幾つもの子石と繋がるようにする」

「幾つもの子石と繋げる? どうやるんですか?」

「ふむ……。まあ、数はそう沢山は無理であろうが、1つの子石が一度魔石に通信を送る。それから魔石を管理する者が通信が来た子石がどの子石と通信をしたいのかを聞き、それに繋ぐ。子石同士には番号を与えておけば解りやすいだろう」

「確かに……。理論上なら可能ですね……。ですが、それが出来るだけの魔石を探すのが大変なのと、その魔石にそれだけの子石と子石を繋げるように、魔術か何かで術式を組み入れないと……」

「いや、そこはで複雑でなくても良かろう。確か、ライトの魔術を繋ぐ魔導線というのがあったな? それを使ってはどうだ?」

「魔導線ですか」

「つまり、魔石を通じて誰かが子石からの通信を受ける。番号を聞き取り、魔導線を使って希望の番号の子石に繋げるのだ。つまり、こんな感じに……」

 リグレットが魔石の前に人を描き、まず番号を与えられた子石から母体となる魔石に通信を送る。母石から魔導線が繋がれた板に通信してきた子石の番号を光らせ知らせる。それを待機している人間が受け、子石の相手と会話し、どの番号に繋いで欲しいのか聞き取り、魔導線を使って相手の番号と繋ぎ、母石を通って相手の番号の石に通信が流れる。

 魔導線は、通信を受けた子石の魔導線と、繋げる子石の魔導線同士が繋がるように何かで工夫をし、番号の下には、通信を受ける場所と繋ぐ場所の二カ所を用意しておけばいい。

「上手く説明が出来なくて済まななんだが、意味は解るか?」

「はい、はっきり解ります! つまり、魔石にもっと大きな母石の役目をして貰う訳ですね」

「そうなるかな? だが、これはあくまでも魔石という物を使った場合の理論であって、今の廃棄石を使う使用法となると、その廃棄石をどう魔石と同じように使えるかを考えねばならぬな……」

「すごいわ、リグレット! 私もそこまで考えたこと無かった!」

「いや、姉上方。これはあくまでも効力のある魔石を使用したら、の場合であって、どの属性の魔石を仕えば良いのかすら私には解らぬ」

「いえ。その属性から考えだすのが我々の仕事ですから、このアイディアを頂けただけでも素晴らしいです! 小さいクズ石に色々な用途を詰め込もうとしていたのが先ず悪かったのでしょう。一度、そこから離れて魔石を利用したらどうなるか? という所に戻って研究しなおしてみます。ありがとうございました!」

「いや、何の。お主らへ少しでも助けになったのなら、それは私も嬉しい」

 青年はリグレットから貰ったメモを持って慌てて席を立ち上がった。

「あっ! すみません。名乗るのを忘れておりました。私は研究棟で働いております、ジョン・ギャラガーと申します」

「リグレット・ワグナーだ。頑張れよ、ギャラガー殿」

 リグレットはメモを持って走って行く青年を見ながら微笑んだ。


 その後、街の風景を眺めながらゆっくりコーヒーを飲んだ後、グラズノフ家の屋敷へと戻って行く。

 途中、少し小高い道を通る時、ルビーが眼下に見える街を指刺した。

「さっきの青年は、あの建物に戻って行ったはすですよ」

 細長いルビーの指先の向こうには、広い敷地に白い塔や建物が並んでいる。街の中心地から少し離れてはいるが、背後は岩山があり防御のような役目を担っている。

「ほお、あれがグラズノフ領にあるという国家の研究棟か」

「国家の研究棟って何です? それにさきの通信石についての話しとか」

 レパードはルビーに尋ねた。

「国家の研究棟と呼ばれていてね、通信石や迷子石もあの中で産まれたのよ。研究員以外、限られた人しか中には入れないけど、リグレットの剣を打ってくれる親方も、あの塔の中に入って行ったの。今頃、研究員とああでもない、こうでもないとか言い合ってるかもしれないわね」

「私の剣、一振りに、貴重な研究員の方々を巻き込んでしまって申し訳ないな……」

「そんな事ないわ。親方のあの表情見たでしょう? 絶対、中の研究員も楽しそうにやってると思うわ。何しろあの人達は新しい事が大好きだから」

「あの……。もう少しオレにも話していい範囲で棟の事について教えてもらいたいんですけど」

 漠然とし話しが見えず、おずおずとレパードが言った。

「そうね。屋敷に戻ったらお父様から説明して貰うといいわ」


 晩餐を終え、リビングにグラズノフ公爵、サファイア姉妹、リグレット、レパード、レイヴンが集まり食後のお茶を楽しんでいた。

「研究棟についてねぇ。話すと少し長くなるが……」

 そう言って公爵はゆっくりお茶を飲む。

「レパード君は、このリスト皇国が島国だと言うことは知っているよね?」

「はい。南北に長いとは知っています」

「うん。四季もあり、緑も水も豊富な自然豊かな国だ。外の大陸の国々との貿易も盛んだ。だが、何故そんな皇国が今まで外の国から侵略された事がないか解るかい?」

「あっ、そう言えば!」

 リグレットの屋敷で皇国の長い歴史を学んでいるが、一度もそんな記録は無い。

「簡単な話。外の国から見たら、海を渡ってまで戦争をしかける程、旨みのある国じゃないって事だよ」

 海外から来る貿易船は確かに巨大ではあるが木造船で風力と魔力を使って動かしているらしい。

「おそらく、この島全体の成り立ちが関係しているんだと思うが、皇国は外の国と比べて圧倒的に魔素が少ない。魔素も少なければ、魔石の生産も少ない。外国では巨大な獣から魔石が取れる国もあると言う。だが皇国にはそんな生き物も居ない」

 そう言えば昼間、研究員も魔石が少ないと言っていた。

「生活の基盤全てを魔力に依存している国にしたら、その元となる魔素も無ければ魔石も取れないような離れ小島で生きて行くのは難しい。だから今までどこも戦争を仕掛けてこなかったんだよ」

 レパードも世界的に見れば、自分の国がかなり異端だという事を初めて知った。

「魔力というのは確かに便利だ。それを考えると、我々それ程の魔力を持たない人間からしたら、かなりの不自由を強いられる。そこで考えられたのが、あの研究棟だ」

 不自由……。外の国がどれだけ魔力を持ち、魔力によってどんな生活をしているのか知らないレパードにとって、そう感じたことはなかった。

「少ない魔力、少ない魔石でどう豊かな生活をするのか。それを考えるのがあの棟の仕事だ。鉱山から取れるクズ石を魔石の代用にしようとするのも、それがあるからだ」

 クズ石。確かに迷子石も通信石も元はクズ石で、それに魔力を注ぐことで魔石の変わりになっている。

「それを考えたのが初代のヒステリア国王だ。だが、そう直ぐに研究施設が出来る訳ではない。まずは学園を造って国民に教育を施す。そして、その中から専門知識を有する者や研究しようとする者達を育て、彼らのために自由で豊かな設備のある場所を造り上げたという訳だ。研究棟の基礎が出来るまで国王は5代替わった」

「5代……。そんなに?」

「研究棟という施設をここに造ったのは、この領地で鉱石が取れること、そして国の直轄地であった事だ。毎年あの研究棟に使われる予算は、我々公爵家に払われる給金と同じか、それ以上だ」

「そ……、そんなに掛かってるんですか? それに、そんなに国はが金を掛けて大丈夫なんでしょうか?」

 レパードの驚いた声を聞き、グラズノフ公爵がフッと笑った。

「国家だからこそ掛けられるのだよ、レパード君。これが、どこかのイチ貴族がやっていけると思うかね? 今までで40代に渡って研究棟は運営されて来たが、開発されて市民まで行き渡ったのは、ほんの数点だ。開発費の回収すらままならないよ」

「ちなみに、農民でも手に出来る品になった物は、あの迷子石程度だ」

 リグレットがぼそりと呟いた。

「それと、利便性が先で、利益を優先しない国が関わっているからこそ、安価で行き渡るんだ。普通の貴族が開発したとしたら利益のために独占販売に出るだろう。そうなったら、どれほど便利な物でも、誰にでも買える手頃な値段には出来ないだろうね」

「研究棟が直轄地であるこのグラズノフ家にあるのは、鉱山があるからだけじゃないの。国家が運営し、国家の土地である直轄地にあるからこそ、研究棟はその内容に口出しする者も研究費用も考えず、自由に国民のための研究が出来るのよ」

 ルビーの赤い瞳が、がしっかりとレパードを見つめた。

「研究棟の所長は領主が兼ねるのも、その理由の一つだ」

「うぐっ……」

 レパードは研究棟の存在を今まで知らなかった。それは当然だろう。王族とはいえ、将来国政に関わることのない末弟だ。

 だが、同じ国政に関わることのない公爵家は、直轄地を運営する事だけでなく、利益を無視した様々な研究で国に貢献しているのだ。

 グラズノフ家は研究棟、ワーグナー家は農業。各領地でみな、税を納める以外に様々な研究開発を行っているのだ。

 公爵家を敵に回すな。そんな噂を聞いた事はあったが、そういう意味だ。彼らが居なければ魔力の少ないこの皇国の発展は無いし、何よりも食料から金等の様々な分野において国家を支えている。その公爵家からそっぽを向かれたら国が倒れるのは目に見えている。

(これ程重要な領地の婿を選ぶんだから、国王陛下もさぞ頭が痛いことだろうな……)

 我が父親の事ながら、レパードは心の中で同情した。



 次の日の朝。

「レパード、お主はレイヴンと一緒に鉱山と高炉の見学をして来ると良い。そこは女人禁制な場所だからの。貴重な体験が出来ると思うぞ」

 レパードはいきなりリグレットからそう言われた。

「お前は何するんだ?」

「私は姉上方と共に女子会じゃ。たまにはノンビリ女子同士で過ごしたいからの」

「女子会? 女同士?」

 相変わらず惚れ惚れそうるような男装姿のリグレットを見て、レパードは首を傾げる。

「ほう……。相変わらずお主は私に殴られたい様子じゃの?」

 ニッコリと微笑みながらリグレットが拳を握る。

「いやいや、そんな事は。心ゆくまで女子会を楽しんでくれ」

 逃げるように飛び出して行くレパードの後ろ姿を見て、ルビーとサファイアがクスクスと笑った。


 レパードとレイヴンが言った坑道は蒸し暑く、そして何より暗かった。

 魔導線によってライトが点けられてはいるが、それでも十分とは言えない。この魔導線が出来る前は蝋燭の明かりの下で働いていたというのだから、どれだけ過酷な労働だった事だろう。

 掘り出した鉱石を溶かし、分離し、金属に変える場所も、氷の魔力を込めた元はクズ石だった石があちこちに置かれているが、やはりとんでもなく熱く、そして危険に満ちていた。

「以前、旦那様と一緒に見学させてもろうたが、今以上の熱さだったわ。何人もの鉱夫が熱で倒れて運ばれておった……」

 レイヴンは当時を思い出し、顔をしかめるように言った。

 鉱夫達はこんな過酷な場所で働いているため、当然のように気の荒い連中が多い。そんな彼らと、研究棟にいる研究者という、全く異なった性格の人々の住む領地を支えていかなければならない領主の優秀さに驚くばかりだ。

 そしてまた、この様子を見て育ってなお、領地を愛し、継いでいく覚悟を持ったルビーには頭が下がるしかない。

「公爵家の女性は皆、強いんですね……」

 レパードの思わず口に出た言葉に、レイヴンが口元を緩め笑った。


 

 約束の日から数日後、やっと鍛冶師の親方からリグレットが注文した曲刀を打つ方向性が見えたと連絡があった。レパードの剣もどうやらリグレットの剣を打つ時に少し工夫をしてみたいということらしい。

 そして何故かリグレットもレパードもレイヴンも、そしてサファイア姉妹もギルドに呼び出された。

「鍛冶師殿、色々と迷惑をかけたようだな。礼を言う」

 刀鍛冶の親方と会うと直ぐ、リグレットが軽く頭を下げ礼を言った。

「公爵家のお嬢さんが、こんな職人に頭下げちゃいけませんよ」

「いや。私の我が儘で研究棟まで足を運んでくれた様子。礼を言うしかあるまい」

「ったく、頑固なお嬢さんだな」

 そう言って親方が豪快に笑う。

「さて、この前頼まれた曲刀の件だがな、研究棟に持って行って色々と解明して打ち方を研究してもらったんだ。結果から言うと、時間は掛かるが、いい物が出来そうだ」

「そうか、それはありがたい」

 リグレットの顔がぱっと輝いた。

「坊主の剣も、少しばかり工夫させてもらいたい。お嬢さんの剣の打ち方を研究してたら、もしかしたら今、騎士団で使ってる剣がもっと頑丈なモンになるかもしれないんでね。そうなったら正式に騎士団に売りつけられるってもんだよ!」

 新しい物を造るだけでなく、今ある物も変えられる希望に、親方は嬉しそうだ。

「お嬢ちゃんの曲刀だが、資料を読んでたら鞘から柄から、随分と変わった造りをしてるみたいでな。しかも洒落もんと来た。そいでな、今日は飾り職人の連中も連れてきたんだよ」

 刀鍛冶の親方の横には数名の男が座っている。それぞれが、剣の鞘、鍔、柄の部分を担当する職人だそうだ。

「大体、ざっと図面みたいなもんを書いてきたんだが、見てくれるかい?」

「ああ、楽しみだ」

 そう言うと、親方はリグレット達の前に、何やら色々と書き込んだ紙を広げる。

「曲刀の方はオレに任せてくれ。そんで柄や鍔の方なんだが……」

「鞘はお嬢さんの髪の色に合わせて黒漆で。そこに数カ所、金箔を巻いた意匠を入れる」

「鍔はお嬢さんの家の家紋の獅子」

「柄の部分には、金糸と紫の糸を組んで滑り止めに。根元の部分も鞘と同じ意匠で金箔を貼る」

「随分と豪華じゃな……」

 想像しただけで、かなりの華やかさだ。リグレットも思わず唸った。

「流石、研究棟の図書館だ。古い資料も何でもあった。それから調べると、当時使っていた曲刀はかなり洒落た造りをしていたようだぞ。どれだけ洒落た刀を持っているかを競った部分があったようだ。勿論、剣としても優秀でないと意味はないがね」

 鍛冶の親方始め、集まった職人達がニヤニヤしている。造るのが楽しみで仕方ないようだ。

「そうなると随分と値が張りそうだの」

 思わずリグレットは頭の中で、自分の懐の換算をする。

「いやいや。こんな面白い仕事させてもらってお金なんて貰えませんよ。タダで構いません。上手く行きゃあ、騎士の剣の作り直しで儲ける事が出来ますからね」

「それはいかん!」

 途端、リグレットが声を上げた。

「初めて造る物だからこそ、この先、どれだけ貴重な物になるのか、その一振りを造るのに、どれだけ金が掛かるのか、しっかり計算し対価を得ねばならぬ!」

「そうよ。さっきも言ったじゃない。騎士の剣も変えられるかもしれないって。それだけリグレットの剣一振りに掛かる研究を含めた費用は、しっかり抑えておかないと!」

 ルビーもまた、鍛冶師達に言う。

「お、お嬢さん方が言うんなら……」

 その言葉にリグレットがニッコリと微笑んだ。

「見積もりが出来たなら、ワーグナー家の私宛に送ってくれ。剣も急いで打ってくれとも言わぬ。お主達の納得の出来る物が出来たら、送ってくれれば良い」

「ですがね、お嬢さん。一応期限てのを決めてもらえないですか? 造るこっちも金を貰うなら決まりを作ってもらわないと」

「そうだの……」

 ふとリグレットが目を閉じた。

「うむ。私の開花祭までに間に合わせてくれぬか? 大戦前は開花祭が成人の儀と同じ扱いだったからの」

「解りました。それまでに間に合わせます。坊主の剣も、もしかしたら同じ位になるかもしません。何しろ打ち方から変わりそうなんでね」

「解りました。オレも騎士団に入るまで時間もありますから、それまでに新しい剣に慣れておきたいです」

「うむ、それが宜しいですな。そして鍛冶師殿。その新しい騎士団の剣とやらも、このレパードが騎士団に入団するまでに正式に採用されるよう頑張ってくだされ」

 レイヴンもゆったりと微笑みながら言う。

「それと、お二人の剣ですが、そちらで登録して王家に届け出をして頂けますかな? 我らが届け出するより、鍛冶師殿がやられた方が国としての信用に足りまするゆえ」

「解りました。そっちの方の手続きもやっておきます」

 ヒステリア王国では、先の大戦が終わった後、貴族を含めた全ての国民に、一定の長さを越える剣を所有する場合、国に登録し届け出ることを義務とした。それに違反すると程度によっては罰金などでは済まなくなる。

 つまり、貴族や貴族の私兵達の持つ剣の全てを知ることで、武力を把握しようと言うことだ。あのよう戦いを二度と起こさせないという王家の思惑でもある。

「それとお嬢さんと坊ちゃん。ちょっとギルドの裏手に来てもらえますか?」

 鍛冶師に言われ、リグレット達がギルドの裏庭に行くと、2人にそれぞれ木で出来た剣が渡された。

「坊ちゃんのは、騎士の持つ剣を木刀で模したもの。お嬢さんのは、今から打つ曲刀を木刀で再現した物です。大体、そんな形になると思うんですが、現物が出来上がるまで、それで慣れておいて頂けますか? 折ってちまっても心配ないように、後から何本も送りますから」

「ふむ、これが曲刀か……」

 リグレットの手には、美しい反りの入った片刃の木刀があった。これが本物になると言うのだ。

「ちょっと振ってみてくださいますか?」

「レパード、お嬢様の相手をしてみろ」

 レイヴンに言われ、レパードも騎士団の剣を模した木刀を握った。木刀と言っても手にずっしりと重みが来る。おそらく鍛冶師達が実際の剣と同じ重さで模したものだろう。

「では、始め!」

 レイヴンの声と共に2人が剣を構える。

「うおおっ!」

 レパードが先に斬りかかると、今までなら正面から受けていたリグレットの剣筋が見事に変わった。左足を引き、剣もまた斜めに構えられる。

「くっ!」

 今までなら、もう少し押せていたはずのレパードの剣がしっかりと受け止められる。

 木刀越しに見える相手を刺し殺すような紫水晶の瞳。離れた途端、揺れる長い黒髪。

 匂い立つような殺気と女剣士としての色香が、レパードの心を熱くさせる。

(騎士を目指すオレにとって、こんないい女。悪いが、殿下には勿体ねぇな……)

 口元を緩ませ、レパードは心の中で呟いた。


 

 グラズノフ領から戻る時、馬に乗ろうとするレパードは一瞬、サファイアとルビーに引き留められた。

 何ごとかと思うと、2人が耳元で。

「お姉様達としては、レパード君に頑張ってほしいわ」

「へっ?!」

 レパードな何のことやらと言う顔をする。

「レパード君がリグレットを見つめる時の目。ばっちり解ってるんだから!」

「えっと、そのあの……!!」

「頑張ってね、レパード君!」

 ポン! とレパードは2人から背中を叩かれる。

(頑張れって言われても、もう殿下の婚約者なんですよ、お姉様方……)

 いつの間にバレたんだ?! そんなにオレは解りやすいのか? という嫌な汗をかきながらレパードは馬に乗った。

 手を振ってくれるサファイアとルビーの笑顔が重い……。



 グラズノフ領から自領に戻り、一月ほど経った頃だろうか。あの鍛冶師からリグレットの元に剣の見積もりが届いた。

 それを見たリグレットが一言呟いた。

「これは、バイトせねばならぬな……」


  To be continue

結局、この滞在中にリグレットの刀は出来ませんでしたね。

 でも何だか出来上がりが凄そうな予感がします。

 そして、サファイア、ルビー姉妹にバレてしまったレパードの想い。

 お姉様方はリグレットが王太子の婚約者だとはまだ知りませんし、果たしてこの2人は大丈夫なのか不安です。

 最後にリグレットが言った「バイト」という言葉。

 次回からは、ちょっと変わった展開に進みます。お楽しみに!

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