第1章(5/5) VS鈍感主人公
「しーちゃん、おはよう」
翌日の登校中。
あたしがてくてくと歩いていると、いつものように和奏ちゃんが近寄ってきていた。
「おはよう、和奏さん」
「昨日は大変だったんじゃない?」
「そんなことないわよ。学級委員としての務めを果たしただけなのだから」
あたしはサラリと髪をかき上げる。
……この仕草、ちょっとやりすぎかな?
最近はほとんど無意識にやるようになっちゃってるし。そろそろ誰かに『どこかのB組の先生かよ?』って、ツッコまれそうだね。
うん、気を付けよう。
「しーちゃん、顔が赤いけど、大丈夫? 東郷くんに風邪をうつされちゃったんじゃない?」
変なことを考えたせいで頬が上気してしまったらしい。こんなことじゃいけない。
黒髪ロングヒロインはいつだって落ち着いているものだからね。
あたしは和奏ちゃんの目を見て応える。
「何ともないわ。今日は朝から暑いからじゃないかしら」
「そうだねぇ。九月だっていうのに、まだまだ暑いよねぇ」
「そうね。夏休みをもうちょっと伸ばしてほしいわよね」
「へぇ、しーちゃんもそんなことを考えるんだ?」
「そんなことって、どういうことかしら?」
「んっとね、しーちゃんは学校が好きそうだから、夏休みなんて短い方がいいって思ってるんじゃないかなって思ってたんだよ」
「フフっ。そんなことないわよ。私は確かに学校は好きだけれど、ちゃんと休みだってほしいわよ」
そんな風に会話を交わしながら和奏ちゃんと歩いていると、あっという間に教室に着いた。
いつものようにカバンを机にかけて、席に着く。
――そして、しばらくすると、東郷がやって来るのが目に入った。
右手にカバンをぶら下げ、左手はズボンのポケットの中。廊下を歩き、教室に近付いてきている。
少し気怠そうなのはいつものことだし、具合は悪くなさそうだね。
昨日はせっかくお見舞いイベントをこなしたんだし、今日こそはあたしの方を振り向かせてみせる。
密かに決意して、目の前を通り過ぎようとする東郷に、あたしはいつもするように声をかける。
「おはよう、東郷くん」
だけど、やはり返事はなく、あたしの前をそのまま横切る。
……と思ったけれど、東郷は一瞬立ち止まる。
「昨日は助かった。サンキューな」
短くつぶやくと、あたしの机の上にコロンとチロルチョコを二個置いた。
ドキっ!
ドキっ?
ドキっっ??
いや、いや、いや、いや。そんなはずはない。
こんな奴に、このあたしがときめくなんてありえない。
和奏ちゃんが言っていたように、東郷に風邪をうつされたのかもしれない。だから、ちょっと熱があるから、心拍数が上がっただけ。
うん、きっとそうだ。そうに違いない。
でも、ちゃんとお礼を持ってくるなんて、いいところもあるのね。
そう言おうと思って顔を上げると、東郷はすでに窓側の自分の席に座っていた。
むむむむむ。
せっかくちょっとぐらいは、褒めてやろうと思ったのにぃ。
……まっ、いいか。
これであたしの理想の黒髪ロングヒロイン計画も一歩前進ってとこかな。
東郷の方に目を向けたことを誰にもばれないように、あたしは少し目を細めて窓越しに校庭のセンダンの木を眺める。
「今日も緑がきれいね」と、そっとつぶやいた。