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第1章(3/5) VS鈍感主人公

「ここであってるよね?」

 スマホの地図アプリに導かれてたどり着いた東郷の家。想像以上の大きさに、あたしは戸惑っていた。

 車が四台は余裕で止められそうなほど広い駐車スペースの奥に、立派な三階建ての家がそびえ立っていた。


「土地が余ってる田舎でも、なかなかこれほどの豪邸にはお目に掛かれないよ」

 思わず口にして、気後れしていることに気付く。


 手料理を振る舞うつもりで来たけど、考えてみたら普通にお母さんがいるんじゃないかな?

 それにこんな豪邸なら、もしかするとお手伝いさんみたいな人もいるかもしれない。

 いまさらながらに、どうしようって怖気づいてしまう。


 ……でも、お母さんか、お手伝いさんか、だかがいれば、その時はプリントとスポーツドリンクだけ渡して帰ればいっか。

 だよね?

 よしっ、とりあえず服装を確認しとこう。いずれにせよ、失礼があったらいけないからね。


 気合いを入れるため胸の前で小さくガッツポーズをしてから、あたしはカバンから手鏡を取り出す。

 自慢の黒髪は完璧。

 徐々に朱色を帯び始めている日の光を浴びて輝いている。

 赤いカチューシャにも傷一つない。

 制服も問題なし。

 夏用の薄い紺のブレザーには糸くず一つ付いてない。胸元の赤いリボンもクルリと整っている。スカートのプリーツもきれい。


 ――じゃあと、意を決して、玄関に近付きインターホンの前に立つ。


 人差し指をボタンに伸ばす。

 ボタンに指が触れる直前、やっぱりためらってしまう。

 けど、

 えいっ、と指を伸ばしてボタンに触れる。


 ピーンポーン


 どこか間延びしたような音が響く。

 ドキドキ。

 ドキドキ。

 ……待ってるんだけど、反応がない。

 せっかく気合を入れたのにぃ。

 誰も応えてくれないの?

 肩透かしを食らったあたしは思わず独りごちてしまう。


「病院にでも行ってるのかな?」


 家に誰もいないんだったら、仕方ないよね。このまま帰るしかないかなぁ。

 けど、ここまで来てプリントだけ置いて帰るってのも、なんかもったいない気がする。

 ほんとに誰もいないのかな? もしかして、ここでも東郷はあたしのことを無視しようとしてるのかな?

 でも、ほんとに東郷が居留守を使ってるんだとしても、何度もインターホンを鳴らすのはちょっとウザいかな?

 元気になれば学校には当然来るんだろうし、その時ににらまれたりするかな?

 しばし、あたしは逡巡する。

 そして、結論に達した。


 ――ええい、一回も二回も同じことよ。


 もう一回鳴らしてみよう。静かに勢い込んで、再びボタンを押す。今度は躊躇しなかった。


 ピーンポーン


 今度もスピーカーから声は返ってこない。

 と、思ったんだけど、


 ――ドシン、ドタドタっ


 室内で鈍い音がした。

 二階かな?

 音がするってことはきっと誰かいるはず。でも、まだ誰も出てこないし、もしや、やっぱり居留守?

 ここまでわざわざ来てあげたあたしに、居留守を使おうとしているの?

 東郷のくせに?

 許せない。許さない。

 インターホンのボタンに拳を叩き付けようとした、その時、


「尾崎……か?」


 スピーカーから声が聞こえてきた。

 カメラ越しに見て、ここにいるのがあたしだって分かったってことは、今の声はきっと東郷だね。

 反応が遅かったのは、少し腹立たしいけれど、とりあえず対応してくれたのがお母さんとかじゃなかったことには安堵する。

 あたしはインターホンに音を拾われないような音量で、はあ、とため息をつく。

 やっと、あたしが望んだシチュエーションになった。これでお見舞いイベントがやっと始められる。

 ちょっとイラっとしちゃったし、目を閉じていったん感情を整理する。


 ……うん、大丈夫。


 あたしは、黒髪ロングヒロインとしてふさわしい振る舞いができる。

 確認を終えると、インターホンに一歩近付き、ゆっくりと東郷に声をかける。


「先生に言われてプリントを持ってきたのだけれど、玄関まで出てこられるかしら?」


 今度はすぐに応じてくれるものだと思っていたのに、また返事がない。

 どうしたんだろう?

 さっき対応してくれたってことはそこにいるはずなのに。

 やっぱり体調が悪いのかな?

 もう一声投げかけてみる。


「起きられないというのであれば、無理しなくてもいいわよ? プリントはポストに入れておくから」

「……いや、大丈夫だ。今、行くから待っててくれ」

 一瞬の後、今度は返事があった。

 すぐに玄関の方へ足音が近付いてきたかと思うと、ガチャリと、中から扉が開いた。


「悪いな、わざわざ」

 東郷は上下グレーのスウェット姿。顔色は……あまり良くなさそうだね。

「やっぱりずいぶんと顔色が悪いわね。熱があるのかしら?」

「そんなにないとは思うけど」

 ……っ!

 ここで、あたしは気付いてしまう。


 これはっ?

 もしやっ?


 おでことおでこをくっつけて熱を確かめるイベントが発生したの?

 でも、こんな普段あたしにあいさつもしてこないような男に触れるなんて。

 しかも

 しかもっ

 しかもぉ

 顔を近付けるなんてっ!

 ありえない。

 あ・り・え・な・い。

 ほんっとにありえないっ!

 ……だけど、黒髪ロングヒロインとしては、大事なイベントなんじゃないの?


 うーん?

 うーん??

 うーん???


 尾崎志麻、十五年と数カ月の人生で最大の葛藤。

 あたしは必死になって頭を回転させる。高速で回転しすぎてギュルギュルギュルって、音が聞こえてきそう。


 東郷以外は誰も見ていないのだから、このイベントはスルーしてもいい気がする。

 でも、黒髪ロングヒロインって誰のためにいるの?

 誰か一人のため? それともみんなのため?


 ……うん、きっとみんなのためだ。


 だから、誰にも見られていなくても、たった一人、東郷だけに見られているこの状況でも、黒髪ロングヒロインとして振る舞わないといけないんだよ。

 ……たぶん。

 じゃあ、仕方ない。

 清水の舞台から飛び降りる気持ちで、あるいは鹿児島県民風に言うと、桜島の火口に飛び込むつもりで。

 あたしは決意する。


 ――やってやろうじゃないか。


 あたしは一歩、また一歩と東郷との距離を詰める。

 熱のせいでかいた汗のにおいなのか、男の子特有のにおいがあたしの鼻孔に届く。

 ドキドキする。

 声が上ずらないように十分気を付けて、口を開く。


「熱がないというのは本当かしら? ちょっと私に見せてもらえるかしら?」

 そして、そっと、おでことおでこをくっつけた。


 ――つもりだった。


 ゴチンっ


 十分ゆっくり近付いたはずだったけれど、勢い余って東郷に頭突きをするような形になってしまった。

 不意打ちを食らった東郷はフラフラとよろめき、手をついてしりもちをついた。

「いてて」なんて情けない声を出している。

 あたしの視界にも星がチラついている。


 ……これはまずい。

 本格的にまずいっ。

 何とか誤魔化さなくちゃ。

 頭突きをしたなんて認めると、黒髪ロングヒロインになるどころか、今後、嘲笑の対象になってしまうのは間違いない。

 それだけは避けなくちゃ。


 慌てるあたしの目の前で、東郷が顔を上げる。

「……っ。何だよ。いきなりずつ……」

 ――言わせないっ!

 ここで『頭突きをして』なんて言わせたらあたしの負けだ。何の勝負か分からないけど、とにかく言わせたらダメだ。

 この場でイニシアチブを握るのはあたしだよ。


「ほら? やっぱり熱があるみたいよ。ふらついて倒れてしまったじゃない?」

「ふらついて? これは尾崎が……」

 東郷はやはり何か言おうとしているが、そうはさせない。

「そんなに強がらなくていいのよ?」

 なおも不服そうにこちらを見てくるが、あたしは肩にかかった黒髪を払って畳みかける。

「それよりご両親はいないのかしら?」

「……両親なら、二人とも海外に出張でしばらく帰ってこない」


 よしっ、話題を変えることに成功した。しかもついでに、ご両親が不在と言うことも確認できた。

 あたしは、内心大きくガッツポーズをする。

 それにしても、豪邸に住んでて、両親が不在なんて、まさに黒髪ロングヒロインが活躍するには理想の舞台だね。

 ならば、次の展開は決まっている。


「食事は取ったのかしら?」

「いや、今日はゼリー飲料を口にしたぐらいだな」

 黒髪ロングヒロインの髪じゃなくて神、いや女神なのかな?は、あたしにここまで味方してくれている。

「そんなことだろうと思ったわ。ちゃんとした食事を取らないと、風邪も良くならないから、私が何かつくってあげるわ」

「いや、いいよ」

 冷たく言い放つ東郷。


 ――はっ?


 いや、いや、いや。

 ここは目を輝かせるところだと思うんだけどなぁ。東郷はほんとにノリが悪いなぁ。

 ここまであたしがお膳立てしなくちゃいけないのかなぁ。


「はぁ」

 思わず漏れ出たため息を誤魔化すように、あたしは後ろ手に持っていたスーパーの袋を掲げて、東郷に見せる。

「大丈夫よ。安心してちょうだい。ちゃんと材料も買ってきているから」

「でも、今まで大して話したこともない尾崎に料理までしてもらうってのは……」


 もうっ、らちが明かない。

 なおも食い下がる東郷は無視することにした。

 あたしは扉を閉めて靴を脱ぐと、東郷に何かを言われる前に、勝手に家に上がる。


「キッチンはどこかしら?」

 振り返り、黒髪をかき上げる。

 うん、ばっちり決まったね。


「……あっちだよ」

 何かを諦めたような顔で東郷はキッチンのある方を指差す。

 もっと喜んでくれてもいいはずなのに。まったく、何が不満なんだろう?

 相変わらずこの男の考えていることはさっぱり分からない。


「俺は部屋で待ってていいか? 尾崎と二人だと耐えられない気がする……」

 キッチンに向かうあたしの背後から東郷が声を掛けてきた。

 余計な一言があった気がするけど、それは聞かなかったことにする。

 あたしは心が広いからね。


「ええ、もちろんよ。休んでいてちょうだい。出来たら持っていくわ」

「あぁ、それは助かるよ。俺の部屋は二階に上がってすぐの部屋だから……」


 力なくつぶやいて東郷は階段の手すりにつかまりながら二階に上がっていった。

 こんな美少女が手料理を振る舞ってあげようってのに、何が不満なんだか?

 あたしは東郷の背中をにらみつける。

 それに気付いたのか、気付かなかったのか、東郷は両手で自らを抱き締め身震いしていた。

 やっぱり熱があるんじゃないかな?


 ……まぁいいや。さっさと料理に取り掛かろう。

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