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第1章(2/5) VS鈍感主人公

 チャンスは翌日、唐突に訪れた。

 授業後のホームルーム。

 この学校が初任地だという若い女の担任の先生が、おもむろに告げた。

 いつも通りにざっくりとした物言いだった。


「そういえば、今日は東郷は風邪で休んでるんだったな。誰か進路調査票を届けてやってくれないか? ただのプリントなら別に急ぎはしないんだが、これはできれば早く届けてやりたいんだよな」


 普段、奴が教室内での交友関係を限定していることもあり、当然、誰も手を挙げない。

自業自得だよね。


 でも

 と、あたしは悟る。


 ――これはっ、世に名高いお見舞いイベントというやつだね!


 この好機を逃すわけにはいかない。千載一遇のチャンスだよ。

 だから、あたしは迷わずまっすぐ手を挙げる。


「先生、私が行きます」

 みんなの視線があたしに集まるのが分かる。

 気持ちいい。

 人が嫌がる事でも率先してやってこそ、黒髪ロングヒロインってもんだよね。

 一人こっそり悦に入るあたしに、担任の先生が尋ねる。


「でも東郷の家は、尾崎の家とは反対方向なんじゃないか? 家が同じ方向の人に頼んだ方がいいと思うんだが」

「そうだよ、しーちゃんが行くことないよ。誰か男子に行ってもらえばいいよ」

 隣の席の和奏ちゃんもあたしを気遣って小声で伝えてくれる。

 でも、あたしは既に決心している。


「今日は一緒に帰れないわね。ごめんなさい」

 小さく返すあたしに、和奏ちゃんはなおも心配そうな瞳を向けてくる。

 ほんとに優しくて、いい子だね。


「あたしはいいんだけど、大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫よ」

 和奏ちゃんに微笑を向けてから、あたしは担任の先生に胸を張って告げる。

「私は学級委員でもありますし、問題ありません」

「……そうか、なら頼むよ」

 担任の言葉に続いて「さすが尾崎さん」「あんな暗い奴なんて放っといてもいいのにな」って声が後ろから聞こえてくる。


 ――うん、さすがあたし。

 これでこそ黒髪ロングヒロインだよね。


「あぁ、そうそう」

 ホームルームが終わる直前、礼をするためにみんなが立ち上がった後。担任が言い忘れたことがあったという風に発言を続ける。

「そろそろ、この辺りの中学生を対象にしたオープンキャンパスがあるんだ。クラスごとに実行委員を募ることになってるから、考えといてくれ」

「えーっ、めんどくさそう」

「中学生なんて、適当に校内を回らせとけばよくない?」


 クラスからは、不満の声が上がる。

 でも、あたしは違うことを考える。

 オープンキャンパス実行委員か。各クラスから人が集まって実施するイベントを経験するのも、あたしのステップアップには良さそうな気がするね。

 このクラス内だけじゃなくて、学校中にあたしの名声を広める機会にもなりそうだし。

 けれど、まずはこのクラスでの地位をしっかりと確立しなくちゃね。

 そのためには、東郷とのことを何とかするのが先決。今はそのことだけに集中しよう。

 あたしは頭を切り替えて、ホームルームが終わった教室をあとにした。


□    ■    □


「何であんなに簡単に安請け合いしちゃったかなぁ……」


 正直言って、あたしは後悔していた。

 これは黒髪ロングヒロインとしての立場を確立するため、間違いなくチャンスなんだよね。

 だからこそ、率先して東郷にプリントを届けるっていう厄介ごとを引き受けた。

 けど……奴の家がこれほど離れてるってのは想定外だった。

 あたしの家と反対方向だと先生も言ってたけどさぁ。鹿児島市って意外と広いんだね。

 あたしの家は市電で南方向へ三駅。

 一方、東郷の家は市電の逆方向。しかも終点近くだった。


 あたしは、げんなりしながらガタンゴトンと揺れる電車の吊革を掴んでいた。

 放課後の市電は学校帰りの小学生でいっぱい。

 電車通学をするということは、私立大学付属小学校の子どもたちなんだろうね。みんな楽しそうにおしゃべりしている。


 その話し声は大きいから、自然と会話があたしの耳に入ってくる。

「お前、いつも女子とばっかり遊んでるよな?」

 目の前に座っている男の子。五年生ぐらいかな?

 からかうような口調で隣に座る男の子を問い詰めていた。

「……そっ、そんなことないし。たまたま見かけただけでしょ?」

「そうかな? 誰か好きな子でもいるんじゃないの?」

「違うよぉ」

「ほんとかよ? いつも遊んでる女子の中で、誰がかわいいと思ってんだよ?」

「ほんとに、違うって! そんなことないって!」

 口では必死になって否定しても、顔を真っ赤にしているのがかわいい。


 あたしにもそういう時期あったな。

 男子と女子の違いが気になって。誰が格好いいとか、誰がかわいいとか気にして。

 もっとも、そのころのあたしは目立たないようにしてたから、誰にも言わないで、日記に「今日は格好いい男子と目が合って嬉しかった」なんてこっそり書いてたぐらいだけどね。

 高校では、友達と恋バナで盛り上がりたいな。


 ……でも、黒髪ロングヒロインとしてはどうなんだろう?


 あんまりあけすけにそういうことは言わない方がいいのかな?

 神秘めいてる方がいいっていうか、どうなんだろ?

 それに、そんな風に胸をときめかせられるような人に出会うことがあるんだろうか?

 少なくとも、これまでのところ、そんな人とは知り合っていない。


 そんなことを考えながら市電に揺られること三十分。あたしはようやく終点の鹿児島駅前電停に降り立った。

「さて、いよいよね。待ちに待った……ってわけじゃないけど、黒髪ロングヒロインとしては欠かせないお見舞いイベントの始まりね」

 大きく伸びをしてから、自分に気合を入れるため、声に出してみる。

 ……うん、あんまり気分は変わらないけど仕方ないね。

 誰も見てないしね。

「さすが尾崎さん」なんて誰かが言ってくれるわけじゃないしね。


 フウと、一つ深呼吸。

 気を取り直して、担任の先生に教えてもらった住所をスマホに打ち込む。

 地図アプリが示す東郷の家までは電停から歩いて十分ぐらい。

 まぁ、ちょうどいい運動だね。

 でも、東郷の家に向かう前に寄らないといけない所がある。

 なぜって?


 それは、お見舞いイベントといえば……

 手料理を振る舞うのが必須だからだよ。

 だから、途中でスーパーに寄って、スポーツドリンクと、梅干、それに小ネギを買った。

 お見舞いと言えば、おかゆでしょ?

 梅干を添えるだけで女の子の手作り感たっぷりになるし。


 うん、完璧っ。

 さすが、あたし。

 これで、準備は整った。

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