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プロローグ(4/4) 志の高い女の子は好きですか?

 迎えた高校の入学式の日。

 親元を離れ一人暮らしを始めた賃貸マンションの部屋は新鮮な香りで満ちていた。

 ベランダに出ると、快晴の空があたしの高校デビューを祝ってくれる。


 朝の空気を吸い込むと部屋の中に戻り、姿見の前に立つ。

 しわ一つない真新しい制服に身を包むと、気が引き締まる。

 紺色のブレザーに、水と白のチェックのプリーツスカート。白いシャツに、赤い細身のリボン。


 タイツに関して決まりはないけど、もちろん黒いタイツを足に通す。

 だって、黒髪ロングヒロインには必須アイテムだもんね。

 タイツのデニールは真ん中ぐらい。透け具合と光沢感がちょうどいいぐらい。

 自慢の黒髪には赤いカチューシャを着けた。


 時間が許す限り何度も何度も服装を確認して、家を出た。

 だから、変なところはない……はず。



 学校に近付くと、新入生の姿が多くなる。

 これから始まる新生活に期待と不安でいっぱいって感じの顔が道路にあふれているのを横目に見ながら校舎へたどり着いた。

 校舎前に貼り出されたクラス分けを確認すると、教室に向かう。

 席は廊下側の一番前。

 教卓には入学を祝う色鮮やかな花が花瓶に生けられていた。

 中学校の入学の時は、そんなのはなかったと思う。

 さすがに高校はいろいろと華やかだね、なんて思いながら机の横にカバンを掛けた時。


 ――ガシャンっ


 新しいクラスメイトたちとの距離感をつかみかねて、ふわふわした空気で満ちた教室をかき乱す音が響いた。

 顔を向けると、女の子が割れた花瓶の前であわあわしていた。

 三つ編みお下げに、丸い眼鏡。中学校までのあたしのような見た目の女の子だった。

 だからなのか、放っておいたらいけない気がした。


「大丈夫? けがはないかしら?」

 その子に近付いて、あたしは声をかける。


 ――よしっ、ちゃんと『かしら』って言えた。


 練習通りだね、と内心満足していると、その子はあたしの方を驚いて見る。

 えっ、やっぱり何か変だったかな?


「あっ、うん大丈夫。けど、大丈夫?」

 その子は、後半は周りの人に聞こえないように気遣った小さくささやくような声で、そう返してくれた。

 ……なんで『大丈夫?』ってあたしに聞くんだろう?

 大変なのはそっちの方なのに。

 どう応えるのが正解なのか分からないけど、きっと黒髪ロングヒロインはこんな時でも慌てることはないはずだよね。

 だから、あたしはその子の目を見て、落ち着いてうなずいてみせる。


「えぇ、大丈夫よ」

「そっか、ありがとう。ほら、新学期ってスクールカーストを決めるのに大事な時期だから、目立つ行動を控える人が多いからさ。いきなり目立つようなことをして大丈夫なのかなって心配したんだよね」


 なるほど、スクールカースト、ね。

 考えてなかったな。

 けど、そもそもあたしは、そんなものから超越した存在を目指しているんだ。

 だから、全く問題ない。


 ……よね?


 ちょっとだけ不安になって、さりげなさを装って教室を見渡す。

 すると、みんなこっちを見ないようにしてた。

 たぶん、目の前のこの子が言うように、みんな派手な行動は避けてるんだろう。

 下手に動けば、スクールカーストに影響が出るかもしれない。

 それなら何もしない方がいいし、われ関せずの態度を貫いた方がいいと考えても不思議じゃない。

 けど、たぶん一番不安に思っているのはあたしの目の前にいる、この子だと思う。

 だから、あたしは優しい声音を心がけて口を開く。


「じゃあ、片付けましょうか?」

「うんっ、ありがとう。あっ、私は山下和奏。よろしくね?」

「ええ、こちらこそ、よろしく。あたし、じゃなくて、私は尾崎志麻、よ」


 ――危ない、危ない。


 思わず素を出してしまうところだった。

 さっそく、『あたし』なんて思わず言っちゃった。

 ばれてないよね?

 大丈夫だよね?

 うん、和奏ちゃんは笑顔だし、きっと大丈夫。

 でも、これ以上、ぼろを出す前にさっさと片付けた方が良さそうだね。


「じゃあ、ほうきを持ってくるわね?」

 そう言うと、あたしはそそくさと掃除用具入れの方へ向かった。


□    ■    □


 入学式の日の一件は、結果的にあたしにとって都合のいいものとなった。


『人の見た目を気にせずに行動できるって、格好いい』


 そんな評価につながったみたいだった。

 その後の学校生活でも、細心の注意を払いつつ過ごしていったことで、あたしの名声は徐々に高まっていった。

 その結果、一学期が終わるころには、あたしは理想の黒髪ロングヒロインとしての座を確立しつつあった。

 なのに

 なのに

 なのにぃ、

 あの男ときたらぁ……

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