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第3章(6/7) ミラーマッチの予感

 そのあとは、四人で対戦できるレースゲームをしたり、四人同時プレーができるリズムゲームで歓声を上げあったり。

 思っていたよりも楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。


 ちょっと休憩したいなって頃、スマホを見ていた和奏ちゃんが

「今日はね、最近流行りのスイーツが出張販売されてるんだよ。買ってくるからここで待っててくれる?」

 と、あたしと沢城さんを残し、東郷と連れ立ってどこかへ行った。


 流行ってるスイーツって何だろう?

 タピオカ……はスイーツというよりも飲み物だし、そもそももう流行ってるって言うにはちょっと古いよね。

 じゃあ何なんだろう? それなりにあたしも流行には敏感なつもりだけど、これと言って思いつかないな。

 ……なんてことを一生懸命考えているのは、沢城さんと二人きりなのが気まずいから。

 なんで和奏ちゃんはあたしと沢城さんを残して行ったんだろう?

 あたしと二人で行けば良かったんじゃないのかな?

 チラリと横目で沢城さんの方を窺うと、スマホを眺めている。

 さっきからずっとフリックを繰り返してるから、たぶん何かを見てるわけじゃなくて、適当に流し見してるんだと思う。

 やっぱり沢城さんもあたしと二人っきりで気まずいんじゃないのかな?


「……何?」

 しまった。ついつい沢城さんを見すぎてたみたいで、気付かれてしまった。

 まぁ、いいや。ここは何か無難な会話でもしてみよう。

 オープンキャンパス実行委員会でも一緒だし、ちょっとは仲良するのも悪くないよね。


「いいえ、退屈そうにしてるわねと思っただけよ」

 あたしは、サラリと髪をかき上げる。

「そう。……ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 沢城さんは珍しく遠慮がちに尋ねてくる。

「どうぞ」

「あのさ、あんたって健太のことどう思ってるの?」

「……どう、って?」

「ほら、そのっ、異性として? みたいな?」

 沢城さんは顔を少し伏せて上目遣いを向けてくる。

「なるほど、そういうことね。……特にどうも思ってないわよ。言うなれば、ただのクラスメイトね」

「……そっか。ほら、この間さ、健太の家にご飯を作りに来てたでしょ? だから、健太のことを、す、好きなのかなって思ったりしなくもなかったのよ」

「東郷くんの家に行ったのは、プリントを届けるためよ。ご飯を作ったのはあくまでそのついでなのだけれど」

 前にも似たような会話をした覚えがあるんだけどな。


 ……あれ、でも?

「どうしてあなたは、私がご飯を作ったことまで知っているのかしら?」

「っ……。そ、それは」

 沢城さんは視線を泳がせ、口をモゴモゴさせている。かと思うと、「あっ」と、両手を合わせる。

「健太に聞いたのよ。うん、そうだった」

 ……あやしい。

 何かがおかしいと、あたしの直感が告げる。

 …………そうか。

「あなたさっき、作りに『来た』と言ったわよね? ということは、あの時、東郷くんの家にいたのね?」


 あの時、帰り際に変な声を聞いたことをあたしは思い出していた。

 確か『健太ぁ、あの女は何なのよぉっ!』とかなんとか言ってた。うん、そうだった。

 けど、それでも、沢城さんは認めたくないらしい。

「えっ、私はそんなこと言ってないよ。さっきも作りに行ったって言ったし」

 あたしから目を逸らし、白々しく口笛を吹くような素振りを見せている。

 音は出てないけどね。

 でも、言葉では認めないけど、沢城さんの声にはいつもの勢いがない。これは、間違いないね。

「まぁ、いいわ。さっきも言ったように私は東郷くんを異性として意識しているわけではないし、あなたがどうしようと知ったことではないわ」

 ハラリと髪をかき上げる。


 実は、あの時のあたしは暴走気味だったから、誰かに見られていたかと思うと、ちょっと恥ずかしいんだけど、そんなことを悟られるわけにはいかない。

 ほら、この子に弱みを握られると、面倒なことになりそうだからね。

「そっ、そうだよねっ。……あっ、健太たちが戻ってきた」


 まだ慌てて様子で沢城さんが指差す先には、言葉通り和奏ちゃんと東郷。

 手にしているのは、うーん?

 ……何だろう?

「お待たせ。ちょっと並んでて時間が掛かっちゃったけど、おいしそうでしょ?」

 和奏ちゃんが両手に持っているのは、棒に刺さった丸いモスグリーンの何か。

 東郷も同じような物を二つ持っている。ただし、一つはこげ茶色。


「それは、何なのかしら?」

 首を傾げていても仕方ないので、和奏ちゃんに素直に尋ねてみる。

「これはねぇ、キャンディーアップルだよ。東京で流行ってるんだよ。普段は鹿児島じゃ食べられないんだけど、今日はイベント出店されてるんだ。実は、これが食べてみたくてみんなに声をかけたんだよね」

 一息にまくしたてる和奏ちゃんの様子からは、ほんとに楽しみにしてたんだろうなっていうのが伝わってくる。

 けど、キャンディーアップル?


「はい、こっちがしーちゃんの分」

「……ありがとう」

 和奏ちゃんに手渡されたそのモスグリーンの丸い物体をあたしはしげしげと見る。

 やっぱり分からない。ほんとに何なんだろう?


「ん? どうかした?」

「いえ、その、キャンディーアップルって何なのかしら?」

「あぁ、そうだねぇ、りんご飴って言えば分かるかな?」

「りんご飴って、お祭りの屋台とかで売られているものよね?」

「うん、そうだよ」

「私が知っているりんご飴は、こんな緑色をしていないのだけれど?」

「これはねぇ、抹茶でコーティングされてるんだよ。で、あっちの沢城さんが持ってるのはココア味」


 視線を向けると、沢城さんは東郷から受け取ったりんご飴を片手にスマホで写真を撮っていた。

「これは映えるねっ」

 なんて言ってる。

 しかし、いつの間にりんご飴はこんな謎進化を遂げていたんだろう?


「とにかく食べてみようよ」

 和奏ちゃんに促され、あたしは恐る恐るそのキャンディーアップルなるものを一口かじってみる。

 カリっ、シャキっ、もぐもぐ……。

 ――これはっ、いける。

 まず口に広がるのは抹茶のほのかな苦み。けれど、その後にすっきりしたリンゴの食感と、甘さが襲い掛かってくる。

 ちょっと苦い抹茶がリンゴの甘さを引き立てる分、リンゴだけで食べるよりも間違いなくおいしい。


「おいしいね」

 和奏ちゃんの言葉にあたしはコクコクと首を縦に振る。

 東郷も「うまいな」なんて沢城さんと言い合いながらパクパク食べている。

 和奏ちゃんは幸せそうに頬を緩めてりんご飴、じゃなくて、キャンディーアップルをかじっている。リスみたいでかわいい。

「しーちゃん、どうしたの?」

 いけない、いけない。思わず見とれてしまってたみたい。

「いいえ、何でもないわ。……ただ、楽しいわね。今日は誘ってくれて、本当にありがとう」

「えへへ。しーちゃんにそう言ってもらえたら嬉しいよ。また遊びに来ようね?」

「ええ、もちろんよ」

「うんっ、約束だよ」


 そう言って和奏ちゃんは右手の小指を立ててあたしに差し出す。

 高校生にもなって恥ずかしい気もするけど、あたしはその小指に小指を絡ませる。


「絶対にまた遊ぼうね」


 大切なあたしの日常の一日。

 面倒なことなんて何も起こらなくて、こんな風に毎日をただただ平穏に過ごすことができたらいいのに。

 そう思うけれど、黒髪ロングヒロインを目指すあたしの現実はそう甘くない。

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