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プロローグ(2/4) 志の高い女の子は好きですか?

 卒業式では変わったことはなかった。

 どこかで聞いたことのあるような校長先生の話に、卒業証書の授与、それに校歌斉唱。

 これで中学生活も終わりだな、なんて感慨に浸ったりもしたし、周りには泣いてる子もいたりしたけど、まぁ思ってた通り。

 淡々と粛々と決まったことをこなしただけ。

 問題はそのあと。

 教室に戻ってから起こった。

 

 担任の先生とも別れを告げ、受け取った卒業アルバム。

 パラパラとめくると、白紙のページがあった。

 友達にサインをもらうページだね。

 白紙のままだと思い出も空白になりそうな気がして、その空白を埋めるためにあたしはいろんな子に声をかけて回ったんだ。

 いつも仲良くしてた子たちは、素直にサインをしてくれた。

 もちろん、あたしもその子たちの卒アルにサインをした。


 ――で、ね。


 せっかくだから、あんまり交流がなかった子にもサインをもらおうと思ったんだよね。

 高校は実家から離れた所に行くことが決まってたし、同窓会でも開かれない限り、しばらく会えないかもしれないしね。

 だから、卒業式でもいつもと変わらず制服を着崩したその子に声をかけてみようと思ったんだ。


「あの、サインもらえないかな?」

 おずおずと、卒アルを差し出してみた。

「もちろん、いいよ」

 そんな言葉が返ってくると思ってた。それまで会話らしい会話をしたことはなかったけど、同じクラスだったんだしね。


 でも、彼女の口から発せられた音は、

「はっ?」

 だった。

 あんまりにも予想外だったから、あたしの返事は、

「えっ?」

 だった。


 ――そんな返し方しかできなかったのが情けない。と、今でも思う。


「何っ? そんな所に突っ立って? てか、誰?」

 彼女は容赦なかった。

 けど、この機会を逃せば次に会う機会がいつになるか分からなかったし、すんなりと引き下がりたくはなかった。

 だから、勇気を振り絞ってもう一度、口を開いた。

「誰って、一年間一緒にクラスだったよね?」

「……はぁ? そんなこと聞いてんじゃないんだけど。てか、きもいんだけど」

 えっ、きもい?

 見た目のこと?

「この三つ編み? それともこの眼鏡?」

「ちげーし。てかさ、この一年、ろくに話をしたこともないのに、何なの? 最後ぐらい下賤な者、だっけ? とも話してやろうとか思って私に話しかけてんの? お情けをかけてるつもりなの?」


 ……意外と難しい言葉を知ってるんだね。

 なんて口にすると、余計に怒られることぐらいは分かった。

 だけど、分からなかった。

 その子のことを自分より劣ってるとかそんな風に考えたことはなかったんだよ。

 いくら頭をひねってみても、この子がなんでこんな反応しかしてくれないのかは、分からないままだった。

 ほんとに軽い気持ちでサインを頼んだだけなのに、どうしてこんなに拒絶されるんだろう。

 そんなに大それたお願いじゃないと思うんだけど。

 ちょっとだけ、そうほんのちょっとだけ、あたしという存在を気にかけてもらいたかっただけなのに。


 ――でも、もう、あたしは諦めた。


 冷淡な視線を浴びせられることに耐えられなかった。

「……ごめんね」

 と、だけ言い残して教室をあとにした。



 モヤモヤした気分は家に帰ってからも晴れなかった。

 人に理解されない、人のことを理解できないってことがこんなにつらいことなんだって知らなかった。

 ゲームでもして気を紛らわせようと、入ったお兄ちゃんの部屋。

 オレンジ色の夕日が差し込み始めたその部屋で、運命の出会いがあたしを待っていた。

 県外の大学に進学したお兄ちゃんの部屋は、お兄ちゃんが出て行く前のまま。

 ゲーム機の電源を入れて、コントローラーを握って、ポフンとベッドに腰かけた時。

 ナイトテーブルに置かれた一冊の本が目に入った。


 長い黒髪がきれいな女の子の絵が大きく表紙に描かれた本。お兄ちゃんが愛読していたラノベだった。


 それまではラノベって、オタクの人が読むものだと思っていて、手に取ることはなかったんだけど、この日はなぜか気になった。

 手に取って、パラパラとページをめくる。

 すると、その中の一文が輝いて、浮かび上がったかのように見えた。


『私はそんなこと気にしたりしないわ。明日は今日よりいい日になるのだから』


 気付いた時には、あたしの頬は温かくなっていた。

 一筋の涙が頬を伝っていた。

 なぜなのかは分からない。

 でも、この気持ちの正体を知りたい。そんな気持ちにあたしは突き動かされた。

 あたしは人差し指で涙を拭うと、ページをめくり始めた。

 その手を止まらない。

 本棚に几帳面に並べられていた続きも一気に全部読んだ。

 外はすっかり暗くなってしまっていたけど、いつの間に電気を付けたのか自分でも気付かないほど物語の世界に入り込んでいた。


 ――そうして、ラノベの表紙を飾るその黒髪ロングヒロインは、あたしの憧れになっていた。


 常に胸を張って。

 決して背筋を曲げないで。

 人に媚びることはしない。

 けれど、いつもそばに誰かがいて、一緒に笑っている。

 

 決めた。

 ――あたしは黒髪ロングヒロインになる。

 決意を心に刻み、高校入学までの短い春休みに準備を始めた。

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