第2章(6/6) 幼馴染ヒロインの襲来
その日のホームルーム。
担任の先生が何かを思い出したかのように突然、声を上げた。
「あー、この間話をしたオープンキャンパス実行委員を決めるのを忘れていたな。誰か立候補したい人はいるか?」
タイミングは帰りのあいさつ直前。ほとんどの生徒たちが、長い一日が終わってやっと帰れると安堵していた時。
部活に行こうとしていたり、友達と遊ぶ約束をしていたり。とにかく、一刻も早く教室を出たいと、ほとんどの生徒が思っていた。
だから、教室には「さっさと誰か手を挙げろよ」みたいな空気が満ちる。
でも、互いを牽制し合う無言の時間は一瞬で十分。
なぜなら、あたしが静かに手を挙げたから。
だって、そんなの決まってる。
人が嫌がることを率先してやってこそ、黒髪ロングヒロインでしょ?
それに、そうでなくってもオープンキャンパス実行委員はやりたいと思ってたしね。
実行委員には、各クラスから生徒が集まる。ということは、あたしのポテンシャルを他のクラスの生徒にも披露することができるチャンスってことだよね。
いろんなラノベで、黒髪ロングヒロインは生徒会長をしている。
あたしも、もちろん将来的には生徒会長になることを視野に入れている。
けど、生徒会長選挙に勝つには、周到な準備が必要になってくるはず。自分のクラスだけで有名になってもその願いをかなえることはきっとできない。
他のクラスの子たちにもあたしのことを知ってもらわないといけない。そのためのステップとしても、オープンキャンパス実行委員は申し分ないと思うんだよね。
「女子は尾崎がしてくれるのか。他に立候補はないか?」
担任の先生はあたしが挙手したのを見て一つうなずくと、教室を見渡すけれど、他に手は挙がらない。
「じゃあ、尾崎で決定だな。で、男子は誰がするんだ?」
教室にはまた静寂が広がる。
誰も手を挙げないまま、時計の針がチクチク進む音だけが聞こえる。
「どうするんだ? これじゃいつまでたっても帰れないぞ」
担任の先生の言葉に、「お前がやれよ」「そんな言うならお前でいいだろ?」なんてささやき声が漏れてくる。
さすがに男子の分は、あたしにもどうにもできない。どうなるのかな、なんて思っていると、あたしの隣の席から手が挙がった。
挙げたのは、和奏ちゃん。
ん?
先生が求めてるのは、男子の立候補者なんだけど、どうしたんだろう?
「どうした山下? 何か言いたいことがあるのか?」
先生もあたしと同じことを考えていたみたい。
その疑問に和奏ちゃんがクイっと眼鏡を掛け直しながら応える。
「はい。私は、男子の実行委員は東郷くんがいいと思います」
……へ?
なんで?
どうして?
真意を測りかねて、あたしは和奏ちゃんに視線を送る。
その視線を受けた和奏ちゃんは『大丈夫。私に任せて』という感じであたしにうなずき返している。
何なんだろう?
当の東郷も「俺?」と、自分で自分を指差して戸惑っている。
「山下、東郷がいいという理由は何かあるのか?」
先生が和奏ちゃんに尋ねる。
「東郷くんは、他のクラスにも知り合いが多いみたいなので、適任だと思います」
「そうなのか?」
先生は東郷の方へ視線を送る。
「いや、全然そんなことないですよ」
「だけど、いつも他のクラスの女の子と話してるよね?」
素っ気なく応える東郷に、和奏ちゃんが言う。
それに続いて、「そうだ、いつもかわいい女の子と話しててお前だけずるいと思ってたんだよ」「実行委員は東郷でいいと思います」「意義なーし」。主に男子たちからそんな声が上がる。
その様子を首を回して確認した先生は、
「……じゃあ、それでいいか。頼んだぞ、東郷」
「えー、こんな決め方あんまりじゃないですか?」
東郷は異議を唱えるが、既に教室内の空気はその抵抗を許さない。どんなことであれ、一度決まってしまった流れを覆すのは簡単じゃないもんね。
しかも、先生ですらその流れに乗っている今は、東郷に打つ手は残されていなかった。
「まぁ、いいじゃないか。それに実行委員長は二年生がやることになってるから、それに従うだけでいい。簡単な仕事だよ。とにかく、よろしくな」
先生は一方的に東郷にそう告げると、ホームルームを打ち切った。
帰り支度が始まり、ざわざわする中、和奏ちゃんが笑顔で声をかけてきた。
「しーちゃん、良かったね?」
何となく分かるけど、聞かざるを得なかった。
「……何のことかしら?」
「ほら、これで東郷くんと一緒の時間が過ごせるようになったね」
……やっぱりそうか。まだ和奏ちゃんは勘違いしてるのか。
あたしは、東郷のことなんてなんとも思ってないのに。
「まぁ、あんまり知らない人と一緒になるよりは良かったのかもしれないわね」
ん?
あたしの口から出た言葉は、何なんだろう?
そんなことを言うつもりはなかったのに。
自分で驚いてしまう。
『余計なことはしないでよ』みたいなことを、それとなく言うはずだったのに。
どんな風に伝えればいいかなと考えていたはずだったのに。
「でしょ?」
あたしの言葉を聞いて、和奏ちゃんは純粋な眼差しをあたしに向けてきている。
でも、言葉は間違っちゃったけど、ちゃんと否定しておこう。
和奏ちゃんがあたしのことをいつも気遣ってくれるのは嬉しいけど、勘違いされたままじゃよくないもんね。
「けれど、私は東郷くんのことを何とも思ってないのよ」
「そうかなぁ? 私にはそうは見えないんだけど」
「そうよ。昼休みにも言ったけれど、彼はただのクラスメイトよ。それ以上でも、それ以下でもないわ」
「まぁ、今はそれでもいいよ?」
『今は』って何なの? 『今は』って?
今もこの先も未来永劫、変わらないし。
あんな鈍感な奴のことをあたしが好きになるなんてことは、ありえない。
絶対にありえない。
あってたまるはずがない。
そんなことを考えていると、
「それにしても」
と、和奏ちゃんは続ける。
「しーちゃんはやっぱりすごいね」
「どうしてそう思うのかしら?」
「だって、みんなしたがらないことを率先して引き受けるでしょ?」
「それは、単に私がやりたかったからよ」
「それでも、だよ?」
「そういうものかしら?」
「うん」
和奏ちゃんは丸い眼鏡の奥で目を輝かせている。
「だってさ、みんな面倒なことなんてしたくないって思ってるんだよ。それに、みんなが見ている中で手を挙げるなんて目立つことはもっとしたくないんだよ」
「それを言うのならば、東郷くんを推薦するために手を挙げた和奏さんも立派なものよ」
「ううん」と、和奏ちゃんはかぶりを振る。
「すっごく緊張したんだよ」
「堂々としていると、思っていたのだけれど?」
「ほんとにドキドキしてたよ。だけど、頑張れたのは、あれが自分のことじゃなかったからだよ」
あたしには、『自分のことじゃないから頑張れた』というのが、よく分からない。あたしはいつも自分のために頑張ろうって思っているから。
黒髪ロングヒロインを目指すのだって、人からそう見られたいって思ってるからじゃなくて、自分でそうありたいと思っているからだしね。
首を傾げるあたしに、和奏ちゃんは言う。
「ほら、しーちゃんと東郷くんが仲良しになるために頑張ったんだよ」
……やっぱり、そこに戻ってくるのね。
あたしは、あきれた風にため息をつく。
「だから、それは違うと言っているでしょう?」
「もう、しーちゃんはほんとに恥ずかしがり屋さんだね?」
らちが明かない。
でも、あたしの願いとは違うのだけれど、これほど真剣にあたしのことを考えてくれるというのは、やっぱりありがたい。
だから、和奏ちゃんの気持ちを尊重して今日のところは和奏ちゃんに、あたしが東郷のことを好きでも何でもないってことを理解してもらうのは諦めよう。
あたしはカバンを手に取り立ち上がる。
「とりあえず、今日は帰りましょう?」
「うんっ!」
そう言って微笑む和奏ちゃんは何故だか嬉しそうだった。




