第七十九話 有無
晃、美香子と別れ、綺と鐵昌は南口の方へと向かっていた。
(うわー……何気に鐵昌さんと二人きりって、あんまなかったなー)
綺は無意識に緊張していた。
鐵昌は周りをキョロキョロと見ながら、なにか目ぼしいものが無いか探しながら綺の横を歩いていた。
その場には、足音以外の音は響いていなかった。
(ヤバい。何がヤバいのか分からないけど、ずっと無言なのはなんか……!)
綺は自分自身でも訳の分からぬ緊張感におされ、鐵昌の方を見た。
当然のことかもしれないが、鐵昌は何も話す気配はなかった。
綺はなにか話の話題をださねばと思い、意を決して話しかけた。
「あ、あの、鐵昌さん?」
「?」
綺の声に気づき、鐵昌は綺の方を向いた。
(話の話題! 話の話題! 考えるんだ蘇我見綺~!)
綺は話題を考え、咄嗟に口に出した。
「なんで……髪結んでるんですか?」
「邪魔だから」
「あ……そうですか……」
秒で帰ってきた返答に、綺は一瞬ポカーンとしてから返事した。
そして、またその場は静かになった。
同時に段々と、綺の顔が赤くなっていった。
(うわー!! もう! 会話終わっちゃったじゃん!! いきなり意味わかんない質問なんかして、私がスベったみたいな空気になってるじゃん!! スベったんだけどね!! 恥ずかしぃぃ!!)
綺は鐵昌に心情を悟られないように、無表情で顔を下に向けた。
いきなり質問を受けた鐵昌は、ふと気になって綺に話しかけた。
「……なんでそんなこと聞くんだよ」
突然話しかけられてビクッとした綺は、正直に話すことにした。
「いやぁ~その、何かお話でもしたいなーと思ってしまって……も、申し訳ございません!」
「なんで謝ってんだよ……」
鐵昌は少し困ったような表情を浮かべた。
「あはは……なにかショウアンさんのところにつくまで、お話でもしませんか……?」
「……話題はそっちで決めろ」
「えーっと、じゃあ」
綺はあることを思いついた。
「鐵昌さんの『子供の頃』のお話を聞かせてください!」
そう言ってから、綺はチラッと鐵昌の方を見た。
「……あ?」
鐵昌の瞳に、ポッカリと大きな穴が開いているように見えたのだ。
光沢が消え、底の見えない暗い穴。
鐵昌のその瞳を見た瞬間、綺の背中に悪寒が走った。
再度鐵昌の瞳を見ると、いつも通りに戻っていた。
(あ、あるえ~? 今、鐵昌さんの目……気のせい?)
綺が混乱していた。
鐵昌は少し間を置いてから口を開いた。
「……子供ん頃って……なんだよ」
「ほら、前に鐵昌さん、小さい頃は外国に住んでたって言ってたじゃないですか! 確かシ……シ……」
「『シリア』だ……そん時の話なんざ、聞いても面白くないぞ」
「でも気になるんですよ。私生まれてこの方海外に行ったことがなくて、海外の生活ってどんな感じなのか興味があるんです!」
綺はキラキラとした眼差しで、鐵昌の方を見ていた。
鐵昌は遠くの方を見ながら、ポツリと喋りだした。
「シリアではネット……というか、俺がガキの頃にインターネットなんざ全然お馴染みじゃ無かったからな……たらふく食って、近所のダチと遊んでぐーすか寝る。そんな毎日だったぜ」
「本とかは読んだりしてなかったんですか?」
「まぁ……ガキの頃はまともに字なんか読めなかったからな」
「え!? そうなんですか?」
「学校すら無かったからな。学校に初登校した時は、初っ端から小学五年生の内容やらされてよ……漢字だの和だの差だの、顕微鏡だの日本の首都だの、なんにも知識が無かったから苦労したぜ……」
鐵昌が頭をボリボリと掻きながら話している内容を聞いて、綺は目を丸くしていた。
(小さい頃は字読めなかったなんて意外だな~……面白いかも、この話)
「にしても、ネットは無かったし……そもそも、本すら読まなかったなんて暇じゃなかったんですか?」
「そんなことは無かった。近所のダチと毎日泥だらけになるまで遊んでたしな。夜だって……親父とおふくろに、毎晩ちょっかいかけて遊んでたぜ」
親父とおふくろ。
その言葉を発していた時、鐵昌は微笑んでいた
そんな鐵昌の表情を見て、綺は少し驚いていた。
そして綺は、つられて自分も微笑んだ。
「鐵昌さん……お父さんとお母さんが好きなんですか……?」
「…………ああ。マザコンともファザコンとも呼ばれても構わねえぐらいにな……」
鐵昌の言葉に、綺は頭の中で妄想した。
「お母さーん!」と笑顔で言いながら、膝枕をさせてもらっている鐵昌を想像して、綺はニヤニヤしながら鼻で笑った。
「大好きなんですね。お父さんとお母さんのことが」
「……ハッキリ言って、俺は世界一の幸せ者だと思ってた。……あんなイケてる『日本男児』と『大和撫子』に育てられてたんだしな」
「鐵昌さんのお父さんとお母さんって、そんなに魅力的な人だったんですね」
「ヘッ……もっと褒めてやりな。親父とおふくろが喜ぶぜ」
鐵昌が両親の事が好きということを知って、綺はほほえましい気持ちになった。
(そんな二人の『愛の結晶』が鐵昌さんかぁ……相当な美男美女なんだろうな~。『愛の結晶』…………『愛の……結晶』……? って、何考えてんだ私!?)
ぼんやりとそんなことを考えていて、ハッと目が覚めた。
明らかに場違いな想像をしていた自分に再度恥ずかしさが込みあがり、自分の頬を平手で パチン! と音を立てて叩いた。
いきなり自分で自分の頬を叩いた綺を見て、鐵昌は少し目を丸くした。
「…………なにしてんだお前」
「申し訳ございません……」
「さっきからなにいきなり謝ってんだよ……もうすぐ着くぞ」
鐵昌が呆れながら指をさす。
その先には、ショウアンの居る店があった。
店のガラスが割られているのを見て、綺はふと思い出した。
「そういえばあのガラス。鐵昌さんが飛んできて割れたんですよね」
「そう……だったな」
鐵昌の声量が、少し下がる。
鐵昌を殴り飛ばした張本人の事を思い出していたからだ。
「おや、これは蘇我見様、藤原様。久方ぶりでございます」
店に入るや否や、店の奥で正座していたショウアンが手を地面に置いてお辞儀をした。
それにつられて、綺と鐵昌も軽くお辞儀した。
「あの! お久しぶりです! 私たち聞きたいことがあってここに来ました!」
「そうでなければここには来られないかと……」
「ま、まあそうですね……」
綺は苦笑いした。
その綺の横から、鐵昌が声を上げた。
「ちゃちゃっと聞いちまうぜ…………この駅の脱出口は何処にある?……というか、この駅に脱出口はあるのか?」
鐵昌の質問に、ショウアンは口ごもる。
「そのことにつきましては……ご主人様から口止めされております故……」
「う~やっぱりかぁ~」
綺が残念がっていると、ショウアンは「ですが」と付け加えた。
「明確な場所はお伝え出来ませんが、人が通れる地上への道なら、存在いたします」
その言葉に綺は目を丸くした。
「人が通れる……?」
「……地上への穴があったとしても、蚊ぐらいしか通れないような穴じゃ意味ないだろ」
「そういうことですか」
綺は納得して手を ポンッ と叩いた。
「その道は……聖間胡霧が如月駅に来るときに通っている道でございます」
「なるほどな……所詮あいつも人間だしな。デュティユルみてえな能力は持ってねえってことか
「でゅてぃゆる?」
「そういう話に出てくる奴がいるんだよ」
「へぇ……ともかく、その社長が通ってる道を見つけられれば……」
「蘇我見様たちは、地上へと出ることが出来るかと思われます」
ショウアンの言葉に、綺は心躍らせた。
(なーんだ。そんなことなら今度社長にあった時に帰り際に後着いて行けば分かるじゃん!)
そんなことを考え、綺は色々と頭の中で想像しだした。
外に出たら親に会う、友達に会う、愛しのゲームに触る、昔の漫画を読む……。
想像をしているうちに綺の表情が緩み、自然と口角が上がっていた。
「あはは……ゲーム、漫画……幸せ~」
「あの……蘇我見様?」
一人でいきなりニヤニヤとしだした綺にショウアンが不思議そうに声をかけたが、綺は気づかず一人で妄想していた。




