第七十六話 台風一過
「……そんなことがあったんだな」
「あの子達、やっぱりいい子だったのね~……」
綺たちはあの後、美香子と鐵昌の元へ戻った。
そして、アナホベとハシヒトのことを話した。
美香子はタオルを手に持って、涙を拭いていた。
「社長は、何がしたいんだろう……」
綺はポツリと呟いた。
その言葉に、晃は少し考える。
「なんであの二人を死なせたのか……。その前に、なんでウイルスなんか作ったんだろう?」
「さあ。調薬失敗したとかじゃないの?」
綺と晃は頭を抱える。
その時、鐵昌は机の上の木箱を手に取り、蓋をスライドさせて中身を見た。
注射器が入っており、その注射器の中に液体が入っていた。
それが、『ミホトケ』と呼ばれている薬だった。
鐵昌が注射器を手に取ってミホトケを見ていると、スイコとテンノが覗いてきた。
「イイニオイ」
「ネエ、チョットナメサセテヨ」
スイコとテンノが涎を垂らしながらミホトケを見つめる。
鐵昌はどうしようかと思ったが、 (ほんの少しならいいか) と思い、注射器を少し押して、ミホトケを
一滴垂らした。
スイコとテンノはミホトケが垂れた場所に駆け寄り、一目散にペロリとなめた。
その時、スイコとテンノの顔が段々と青くなっていった。
「ウーワッ」
「ナニコレ」
「「マッズ」」
スイコとテンノはミネラルウォーターを飲んで、ミホトケの味を流した。
「ミホトケ……」
「イイニオイダシテ、ワタシタチノコト、ダマシタノカ……?」
「いや……これ食べ物じゃなくて薬だぞ……」
呆れた声のトーンで、鐵昌は言う。
鐵昌はミホトケを木箱の中に戻し、蓋をして机の上に置いた。
「ッテイウカ、ソノハコスゴイネ」
「ニオイガ、シャットアウトサレタ」
スイコとテンノは感心していた。
「……というか鐵昌さん、お腹大丈夫なんですか?」
綺はいつも通り床に胡坐をかいて座る鐵昌を見て、疑問に思って問うた。
「痛みは今んところねえから大丈夫だ……と思うけどな。もしかしたら内臓傷ついてるかもしれねえけどよ……」
鐵昌は煙草とライターを手に持ち、その場で立ち上がった。
その時「っ……」と声を出して腹を少し押さえた。
そして、従業員部屋の外へ出て行った。
「……くよくよしてられないわ~。あの子たちの為にも~私たちは生きなきゃ~!」
「そうですよね……。絶対に生きて、ここを脱出してやる!!」
美香子に続いて、綺が拳を上げた。
「脱出かあ……そうだね。外に出たら、たっぷり日の光を浴びたいなー」
晃が天井を見ながら言う。
「私は友達と遊びに行きたいよ」
「私はお花が見たいわ~!」
晃に続いて、綺と美香子も言った。
そのうち、外に脱出したら何をしたいかというトークで盛り上がった。
「鐵昌さんは何がしたいのかな?」
「ちょっと当ててみようよ。当てたらのど飴一個」
「のった!!」
晃の言った景品につられ、綺は考えていた。
「なんだろう……そもそも、普段どんな生活してんのか見当つかないんだけど」
「運動とかしてるんじゃないかしら~? ジョギングや~トレーニングとか~」
「ありえますね……いや、でも案外読書とかしそうじゃないですか?」
「そう~……なのかしら~?」
そんなことを話しているうちに、従業員部屋のドアが開いて鐵昌が入ってきた。
「あれ?今日は煙草吸い終わるの早かったですね?」
「ちょうど切れたんだよ……まだ三本しか吸ってねえってのに」
鐵昌は頭を掻きながら自分のバッグを開き、中から新しい煙草を一箱取り出した。
再び部屋を出ようとした時、綺が「ちょっと待ってください!」と言って鐵昌を引きとめた。
「……あ?」
「鐵昌さんは、もしも如月駅から脱出出来て外に行ったら、何しますか?」
「外…………そうだな……」
鐵昌は少しの間考える。
綺はその間に、 (お願いです! 読書したいと思ってください!) と願っていた。
「一人で……」
「一人で……?」
「山で……」
「山で……?!」
綺はますます分からなくなっていった。
(読書じゃなさそう……山で一人でやること……? もしかして、滝行!?)
頭の中が混乱していく。
綺は鐵昌の言葉に耳を傾けた。
「星が見てえ」
「……ほし?」
鐵昌の予想外の言葉に、綺、晃、美香子は驚いていた。
「わぁー……乙女だぁ……」
「なんつった?」
「なんでもありません!」
鐵昌が綺を睨む。
綺はつい心の声が漏れてしまい、慌てて手で口を押えた。
「ロマンチックですね~。よく登山しているんですか~?」
「まあな……」
鐵昌は従業員部屋を出て行った。
「はぁ~意外だな~。鐵昌さんってなんだか不思議な人だね」
「うん。本当に私たちと同じ人間なのかな……?」
「なんだその言い方」
綺の発言に、晃は苦笑いした。
「いやだってさ、小さい頃はシリアに住んでて、一昔前は自衛官で……って、なんか凄いなってー……」
「まあ色々凄いけど、バリバリ普通の人間じゃん」
「あはは……私たち、まだまだお互い知らないことたくさんるんだな~って」
綺は笑って話を流した。
この時から、綺の目標は、『生きる』にくわえて、『脱出する』も加わった。




