拾肆話 学校
・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます
「……大変だったね、姉ちゃん」
玲良の横で一緒に歩いている舒唄が、玲良に話しかける。
しかし、玲良は舒唄の声に反応せず、ずっと下を向いたまま歩いていた。
「姉ちゃん……?」
舒唄が玲良の顔を覗き込もうとした時、前方から「あ」と言う声が聞こえた。
そこには、豪輝と安康が居た。
「舒唄……玲良……」
「豪輝さん……! この度は僕のお母さんのせいで……申し訳ありませんでした!!!」
舒唄はその場で、膝をついて土下座した。
豪輝と安康は舒唄に頭をあげるように指示する。
「謝んなくて大丈夫だ……。舒唄たちはなんにも悪くねえよ」
「その通りだ。……そうだ、話は少し変わるが、玲良さんと舒唄さんの親族が……その……色々ご都合があるようで……二人には施設に行ってもらうらしくて……」
「そ、そんな……!」
舒唄は安康の顔を見た。
だが、安康は「それで」と言って話を続けた。
「二人をうちに……引き取ろうと思っているんですけど……何かご意見などありますか?」
安康の言葉に、舒唄は目を丸くした。
そして、玲良の方を向いた。
「姉ちゃん、どうする? 僕はいいと思ってるけど」
「……もう……」
玲良は声を絞り出した。
「そちらの……好きに……してくだ……さい……」
玲良は、少し震えていた。
豪輝はその様子を見て、「玲良……」と小声で呟いた。
「では、これを……」
安康はそう言うと、ポケットの中から鍵を出して舒唄に渡した。
「家の合鍵です。私と豪輝はまだ用事があるので、二人で先に帰っていてください」
「ありがとうございます……」
玲良と舒唄は、豪輝たちの横を通り過ぎようとした。
その時、豪輝が玲良に話しかけた。
「玲良、お前はなにも悪くねえ……。気になるのは分かるけど、責任を負う必要はねえよ!!」
「豪輝……」
豪輝は少しでも場の雰囲気をよくする為に、いつもの調子で喋った。
玲良は豪輝の方を向いた。
そして、玲良の顔に豪輝は少し驚いた。
前髪はぼさぼさになっており、目の下が赤くなっていた。
「ごめんなさい……」
玲良は再度下を向いて、豪輝の家へ舒唄と共に向かっていった。
その後ろ姿を、豪輝は見ていた。
数日後。
玄関のブルーシートや血液なども掃除され、豪輝の家にはいつも通りの風景が戻っていた。
あの日以来、豪輝に話しかけられても玲良との会話が続かず、最近は全く会話をしなくなった。
かろうじて、高校の登下校は横に並んで歩いていたが、豪輝が一方的に話すだけで、会話は成り立っていなかった。
そしてある日の下校時、珍しく玲良から話し出した。
「……私のお母さんのこと……ネットで噂になってるんだって……」
「噂?」
「うん……。今日友達に言われたんだ……」
「そうか……でも、や、やったのはお前じゃなくて、お前の母ちゃんだろ? だったら、お前は……」
「関係ないわけ……ないでしょ?」
下を向いたまま、玲良は悔しそうに言った。
玲良にそう言われ、豪輝は黙った。
その次の日の朝、居間で玲良、豪輝、舒唄、安康が朝食を食べていると、ニュース番組に、見慣れた場所が映し出された。
『続いてのニュースです。先日未明、○○県△△市の住宅で、〈人が刺されて倒れている〉と通報があり、警察官が駆け付けたところ、石上忍さんの遺体が発見されました。警察は皇女崗上容疑者を、現行犯で逮捕しました。皇女容疑者は被害者の家から数百メートル離れたところに住んでおり、取り調べに対して皇女容疑者は……』
アナウンサーの声と共に、豪輝の家と、崗上の姿が映し出される。
その時、プツンとテレビ画面が黒くなった。
安康がリモコンで電源を落としたのだ。
居間に沈黙が走る。
「……もうこんな時間だ、そろそろ行こうぜ玲良」
豪輝は立ち上がって、食器を持った。
玲良は少し間を開けてから「うん……」と呟いて食器を片付けた。
学校に着き、上履きを出す。
上履きを履いた瞬間、「痛ッ……!」と言って玲良は上履きを脱いだ。
足の裏……母指球の場所に、靴下を貫いて画鋲が刺さっていた。
上履きの中に入っていたのであろう。
その瞬間、背後からクスクスという笑い声が聞こえた。
玲良は後ろを振り返るが、誰もいなかった。
豪輝が奥で待っているので、玲良は痛みを我慢して画鋲を抜き、豪輝に近寄った。
その時、豪輝のところに、豪輝と同じクラスの男子生徒がやってきた。
「おーっす石上!!! 一緒に教室行こうぜ!!」
豪輝の肩を組んで、前に歩く。
「は? ちょっと、玲良が……」
「あんなのに構う必要ねえだろ。早くしねえと遅刻するぜ?」
豪輝は肩を組まれたまま男子生徒共に教室へ行ってしまった。
呆然と立ち尽くしてから、玲良も教室に向かおうとすると、後ろから来た人と肩がぶつかった。
玲良は「ごめんなさい」と言うが、ぶつかってきた生徒はなにも言わなかった。
教室に行くと、騒がしかったクラスが静まりかえり、全員が玲良の方を見た。
そして、静かな話し声が聞こえ、ところどころから笑い声も聞こえた。
机に向かうと、その上に落書きがされており、ひときわ大きくこう書かれていた。
『ヒトゴロシノコドモ』
玲良はその文字を見て震えていた。
その近くで、玲良と仲の良かった友達が、玲良の方を見ていた。
玲良は友達に気づき、近づいた。
「ね、ねぇ……これ、どういう」
「近づかないで!!!」
友達が汚物を見るような目で玲良から少し離れた。
「あんたもどうせ人殺そうとしてるんでしょ。関わってたら私たちが殺されちゃうかもしれないじゃない」
「うーわっ、ヤダヤダ。尚更近づかないでよ」
手を動かして、玲良を遠ざけるようなしぐさをする。
玲良は、立ちすくんでいた。
その時、ドンッ! と誰かに横から手で押され、玲良はバランスを崩した。
見てみると、一度も話したことなない同じクラスの女子生徒が居た。
「ねぇ、なんでアンタの母親のせいで、石上クンのばあちゃん死んじゃったの?」
睨みつけながら、玲良に女子生徒が聞いてくる。
玲良はどう答えればいいのか分からず、黙り込んでしまった。
その時、また別の方向から何かが飛んできて、玲良の頭に当たった。
飛んで来たのは消しゴムだった。
消しゴム が飛んできた方向を見ると、数人の男子生徒がニヤニヤしながら玲良の方を見ていた。
「何とか言ってみたらどうだよー!」
「そうだそうだー!」
周りからヤジが飛んでくる。
玲良は今にも泣きだしそうになっていた。
その時、いきなり女子生徒が、玲良の髪の毛を掴んだ。
「っていうか、よく学校来られたね。でもさ、ここにいられると、私たちまで仲間だと思われちゃうじゃん」
そして、次の一言を玲良の耳元で、大きめの声で言った。
「帰っちゃえよ」
次の瞬間、周りからも「帰れ」と聞こえた。
その声は次第に数をなしていき、ついには玲良以外のクラスメイト全員が「帰れ」と大合唱していた。
廊下の方には、他のクラスの人が、玲良のことを見ていた。
中には携帯電話を玲良の方に向け、写真や動画を取っている者もいた。
笑っている者、真顔の者。
いろいろな感情が入り混じった痛々しい視線に耐えきれなくなり、玲良は鞄を持って席に着かず教室を出て行った。
今にも溢れそうな涙を押さえて、人ごみの中をかき分けて下駄箱に向かった。
自分の靴を取り出すと、靴の中に泥が入っていた。
周りにいる生徒が、玲良の方を見てクスクスと笑う。
玲良は我慢して靴をそのまま履き、学校を飛び出した。
豪輝が自分の教室に入ると、クラスメイトから色々な声をかけられた。
「気の毒だね」
「ニュース見たよ」
色々な人から声をかけられた豪輝は、複雑な気持ちになった。
その時、一人の男子生徒が、豪輝に話しかけた。
「災難だったよなぁ……皇女のせいで……」
男子生徒は豪輝の背中をさする。
男子生徒の言葉に、豪輝は目を丸くした。
なんだよそれ。
まるで、
玲良の母親以外もさしてるみたいな言い方――。
豪輝は歯ぎしりをして、自分の握りこぶしに力を込めて握った。
その時、隣のクラスから大声が聞こえた。
豪輝のクラスから何人かが廊下に出て、隣のクラスを見ていた。
「お、やってるやってる」
「……なにが起きてんだ?」
「聞いての通りだろ。多分、皇女に対しての大合唱だぜ。俺たちも見に行くか?」
豪輝は、よく耳を澄まして聞いてみた。
そうしてみると、大勢の生徒が「帰れ」と言っているのが聞こえた。
「嘘だろ……!?」
豪輝の額を、汗が伝う。
豪輝が見に行こうとすると、廊下にいた野次馬たちから「あ! 逃げた」と言う声が聞こえた。
慌てて教室のドアを掴み廊下を見ると、背を向けて走り去っていく玲良の姿が人ごみの間から見えた。
豪輝は「そんな……」と小声で言った。
その時、後ろから「お前らァ!!」と野太い声が聞こえた。
全員が振り向くと、教育指導の先生が立っていた。
「なにみんなして廊下塞いでんだ!!! 後三十秒でチャイム鳴るぞ!! 席につけ!!!」
先生の怒鳴り声は響き、全員が慌てて自分のクラスに戻る。
そんな中、豪輝は教室のドアを掴んでいた。
そして、ドアを強くつかんで「チッ……!」と舌打ちをし、自分の机の上に置いた鞄を持って教室を飛び出した。
「お、おい!! 石上!? 何やってんだ!!! 席につけ!!」
突然教室から出てきた豪輝に驚き、先生は注意する。
しかし、豪輝は先生の言うことを聞かず「すみません!! 今日休みます!!」と言ってから昇降口に走っていった。
教室から豪輝がいきなり出て行き、豪輝のクラスはザワザワしていた。
階段を一段飛ばしで降り、昇降口に着いてから呼吸を整える。
靴ひもがほどけていることには目もくれず、豪輝は学校を出た。
「玲良……!」
そのまま、いつもの登下校の道を走っていった。




