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地下鉄防衛戦  作者: 睦月
第伍.伍章・運命の二人が出会う時 (人によっては蛇足)
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拾肆話 学校

・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます


「……大変だったね、姉ちゃん」


 玲良の横で一緒に歩いている舒唄が、玲良に話しかける。

 しかし、玲良は舒唄の声に反応せず、ずっと下を向いたまま歩いていた。


「姉ちゃん……?」


 舒唄が玲良の顔を覗き込もうとした時、前方から「あ」と言う声が聞こえた。


 そこには、豪輝と安康が居た。


「舒唄……玲良……」

「豪輝さん……! この度は僕のお母さんのせいで……申し訳ありませんでした!!!」


 舒唄はその場で、膝をついて土下座した。

 豪輝と安康は舒唄に頭をあげるように指示する。


「謝んなくて大丈夫だ……。舒唄たちはなんにも悪くねえよ」

「その通りだ。……そうだ、話は少し変わるが、玲良さんと舒唄さんの親族が……その……色々ご都合があるようで……二人には施設に行ってもらうらしくて……」

「そ、そんな……!」


 舒唄は安康の顔を見た。

 だが、安康は「それで」と言って話を続けた。



「二人をうちに……引き取ろうと思っているんですけど……何かご意見などありますか?」



 安康の言葉に、舒唄は目を丸くした。

 そして、玲良の方を向いた。


「姉ちゃん、どうする? 僕はいいと思ってるけど」

「……もう……」


 玲良は声を絞り出した。



「そちらの……好きに……してくだ……さい……」



 玲良は、少し震えていた。

 豪輝はその様子を見て、「玲良……」と小声で呟いた。


「では、これを……」


 安康はそう言うと、ポケットの中から鍵を出して舒唄に渡した。


「家の合鍵です。私と豪輝はまだ用事があるので、二人で先に帰っていてください」

「ありがとうございます……」


 玲良と舒唄は、豪輝たちの横を通り過ぎようとした。

 その時、豪輝が玲良に話しかけた。


「玲良、お前はなにも悪くねえ……。気になるのは分かるけど、責任を負う必要はねえよ!!」

「豪輝……」



 豪輝は少しでも場の雰囲気をよくする為に、いつもの調子で喋った。

 玲良は豪輝の方を向いた。

 そして、玲良の顔に豪輝は少し驚いた。


 前髪はぼさぼさになっており、目の下が赤くなっていた。


「ごめんなさい……」


 玲良は再度下を向いて、豪輝の家へ舒唄と共に向かっていった。

 その後ろ姿を、豪輝は見ていた。





 数日後。

 玄関のブルーシートや血液なども掃除され、豪輝の家にはいつも通りの風景が戻っていた。


 あの日以来、豪輝に話しかけられても玲良との会話が続かず、最近は全く会話をしなくなった。

 かろうじて、高校の登下校は横に並んで歩いていたが、豪輝が一方的に話すだけで、会話は成り立っていなかった。


 そしてある日の下校時、珍しく玲良から話し出した。


「……私のお母さんのこと……ネットで噂になってるんだって……」

「噂?」

「うん……。今日友達に言われたんだ……」

「そうか……でも、や、やったのはお前じゃなくて、お前の母ちゃんだろ? だったら、お前は……」


「関係ないわけ……ないでしょ?」


 下を向いたまま、玲良は悔しそうに言った。

 玲良にそう言われ、豪輝は黙った。


 その次の日の朝、居間で玲良、豪輝、舒唄、安康が朝食を食べていると、ニュース番組に、見慣れた場所が映し出された。


『続いてのニュースです。先日未明、○○県△△市の住宅で、〈人が刺されて倒れている〉と通報があり、警察官が駆け付けたところ、石上忍さんの遺体が発見されました。警察は皇女崗上容疑者を、現行犯で逮捕しました。皇女容疑者は被害者の家から数百メートル離れたところに住んでおり、取り調べに対して皇女容疑者は……』


 アナウンサーの声と共に、豪輝の家と、崗上の姿が映し出される。


 その時、プツンとテレビ画面が黒くなった。

 安康がリモコンで電源を落としたのだ。


 居間に沈黙が走る。


「……もうこんな時間だ、そろそろ行こうぜ玲良」


 豪輝は立ち上がって、食器を持った。

 玲良は少し間を開けてから「うん……」と呟いて食器を片付けた。




 学校に着き、上履きを出す。

 上履きを履いた瞬間、「痛ッ……!」と言って玲良は上履きを脱いだ。


 足の裏……母指球の場所に、靴下を貫いて画鋲が刺さっていた。


 上履きの中に入っていたのであろう。

 その瞬間、背後からクスクスという笑い声が聞こえた。


 玲良は後ろを振り返るが、誰もいなかった。


 豪輝が奥で待っているので、玲良は痛みを我慢して画鋲を抜き、豪輝に近寄った。

 その時、豪輝のところに、豪輝と同じクラスの男子生徒がやってきた。 


「おーっす石上!!! 一緒に教室行こうぜ!!」


 豪輝の肩を組んで、前に歩く。


「は? ちょっと、玲良が……」


()()()()に構う必要ねえだろ。早くしねえと遅刻するぜ?」


 豪輝は肩を組まれたまま男子生徒共に教室へ行ってしまった。

 呆然と立ち尽くしてから、玲良も教室に向かおうとすると、後ろから来た人と肩がぶつかった。


 玲良は「ごめんなさい」と言うが、ぶつかってきた生徒はなにも言わなかった。




 教室に行くと、騒がしかったクラスが静まりかえり、全員が玲良の方を見た。


 そして、静かな話し声が聞こえ、ところどころから笑い声も聞こえた。


 机に向かうと、その上に落書きがされており、ひときわ大きくこう書かれていた。



『ヒトゴロシノコドモ』



 玲良はその文字を見て震えていた。

 その近くで、玲良と仲の良かった友達が、玲良の方を見ていた。


 玲良は友達に気づき、近づいた。


「ね、ねぇ……これ、どういう」


「近づかないで!!!」


 友達が汚物を見るような目で玲良から少し離れた。


「あんたもどうせ人殺そうとしてるんでしょ。関わってたら私たちが殺されちゃうかもしれないじゃない」

「うーわっ、ヤダヤダ。尚更近づかないでよ」


 手を動かして、玲良を遠ざけるようなしぐさをする。

 玲良は、立ちすくんでいた。


 その時、ドンッ! と誰かに横から手で押され、玲良はバランスを崩した。


 見てみると、一度も話したことなない同じクラスの女子生徒が居た。


「ねぇ、なんでアンタの母親のせいで、石上クンのばあちゃん死んじゃったの?」


 睨みつけながら、玲良に女子生徒が聞いてくる。

 玲良はどう答えればいいのか分からず、黙り込んでしまった。


 その時、また別の方向から何かが飛んできて、玲良の頭に当たった。


 飛んで来たのは消しゴムだった。

 消しゴム が飛んできた方向を見ると、数人の男子生徒がニヤニヤしながら玲良の方を見ていた。


「何とか言ってみたらどうだよー!」

「そうだそうだー!」


 周りからヤジが飛んでくる。


 玲良は今にも泣きだしそうになっていた。

 その時、いきなり女子生徒が、玲良の髪の毛を掴んだ。


「っていうか、よく学校来られたね。でもさ、ここにいられると、私たちまで仲間だと思われちゃうじゃん」


 そして、次の一言を玲良の耳元で、大きめの声で言った。



「帰っちゃえよ」



 次の瞬間、周りからも「帰れ」と聞こえた。

 その声は次第に数をなしていき、ついには玲良以外のクラスメイト全員が「帰れ」と大合唱していた。


 廊下の方には、他のクラスの人が、玲良のことを見ていた。

 中には携帯電話を玲良の方に向け、写真や動画を取っている者もいた。


 笑っている者、真顔の者。

 いろいろな感情が入り混じった痛々しい視線に耐えきれなくなり、玲良は鞄を持って席に着かず教室を出て行った。


 今にも溢れそうな涙を押さえて、人ごみの中をかき分けて下駄箱に向かった。



 自分の靴を取り出すと、靴の中に泥が入っていた。


 周りにいる生徒が、玲良の方を見てクスクスと笑う。

 玲良は我慢して靴をそのまま履き、学校を飛び出した。






 豪輝が自分の教室に入ると、クラスメイトから色々な声をかけられた。


「気の毒だね」

「ニュース見たよ」


 色々な人から声をかけられた豪輝は、複雑な気持ちになった。

 その時、一人の男子生徒が、豪輝に話しかけた。



「災難だったよなぁ……()()のせいで……」



 男子生徒は豪輝の背中をさする。

 男子生徒の言葉に、豪輝は目を丸くした。



 なんだよそれ。


 まるで、



 玲良の母親以外(玲良)もさしてるみたいな言い方――。



 豪輝は歯ぎしりをして、自分の握りこぶしに力を込めて握った。

 その時、隣のクラスから大声が聞こえた。


 豪輝のクラスから何人かが廊下に出て、隣のクラスを見ていた。


「お、やってるやってる」

「……なにが起きてんだ?」


「聞いての通りだろ。多分、皇女(あいつ)に対しての大合唱だぜ。俺たちも見に行くか?」


 豪輝は、よく耳を澄まして聞いてみた。


 そうしてみると、大勢の生徒が「帰れ」と言っているのが聞こえた。


「嘘だろ……!?」 


 豪輝の額を、汗が伝う。

 豪輝が見に行こうとすると、廊下にいた野次馬たちから「あ! 逃げた」と言う声が聞こえた。


 慌てて教室のドアを掴み廊下を見ると、背を向けて走り去っていく玲良の姿が人ごみの間から見えた。

 豪輝は「そんな……」と小声で言った。


 その時、後ろから「お前らァ!!」と野太い声が聞こえた。

 全員が振り向くと、教育指導の先生が立っていた。



「なにみんなして廊下(ふさ)いでんだ!!! 後三十秒でチャイム鳴るぞ!! 席につけ!!!」



 先生の怒鳴り声は響き、全員が慌てて自分のクラスに戻る。

 そんな中、豪輝は教室のドアを掴んでいた。


 そして、ドアを強くつかんで「チッ……!」と舌打ちをし、自分の机の上に置いた鞄を持って教室を飛び出した。


「お、おい!! 石上(いそのかみ)!? 何やってんだ!!! 席につけ!!」


 突然教室から出てきた豪輝に驚き、先生は注意する。

 しかし、豪輝は先生の言うことを聞かず「すみません!! 今日休みます!!」と言ってから昇降口に走っていった。


 教室から豪輝がいきなり出て行き、豪輝のクラスはザワザワしていた。



 階段を一段飛ばしで降り、昇降口に着いてから呼吸を整える。

 靴ひもがほどけていることには目もくれず、豪輝は学校を出た。


「玲良……!」



 そのまま、いつもの登下校の道を走っていった。

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