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地下鉄防衛戦  作者: 睦月
第伍.伍章・運命の二人が出会う時 (人によっては蛇足)
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拾参話 波乱

・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます


「……ん? 今何時……?」


 玲良は真夜中に目が覚めた。

 障子越しに差し込んでくる月あかりを頼りに、枕元に置かれていた目覚まし時計を見る。


「二時十分……。変な時間に起きちゃったわね……」


 玲良は再度枕に顔をうずめた。

 再び夢の中に戻ろうとした時だった。


「う……うわあああ!!!」


 廊下の方から、男のような叫び声が聞こえた。

 玲良は驚いて布団の中で少し跳ねた。


(え、え? 何今の声。廊下から聞こえたよね?)


 玲良は少し起き上がって、廊下に通じる扉に耳を当てた。

 しかし、それ以降声は聞こえてこなかった。


 玲良は「やっぱり気のせいか」と呟き、再び布団に入る。

 しかし、やっぱりさっきの声が気になり、眠れなくなってしまった。


「仕方ない……廊下見に行くついでに葛湯もう一回飲むか……」


 玲良は起き上がり、扉を開けた。


 その時、右側から風が吹き、玲良は髪の毛を押さえた。

 家の構造上、玲良の寝室を出て右を向くと、真正面に玄関が見えた。

 玄関の方を見ると、開いている扉の前に立っている人影が見えた。


 玲良は目を凝らして人影を見た。

 そして、その人影の正体に玲良は震えた。



「お……お母……さん……?」



 玲良の体が小刻みに震える。

 玲良が見た人影は、崗上(かのえ)だった。


 崗上の後ろで、手で口を押えながら崗上の足元を凝視する舒唄の姿も見えた。


 玲良も舒唄と同じく、崗上の足元を見た。

 そこには、横たわっている忍の背中が見えた。


 床や崗上の足には赤黒い液体が付着しており、忍はピクリとも動かなかった。


 極めつけに、崗上の手には『血』のついた包丁が握られていた。

 玲良は絶望した。



「あ……ああ……おばあちゃん……? 嘘……」



 玲良は一歩後退した。

 崗上は廊下の奥にいる玲良の存在に気づき、土足で上がってきた。



「玲~良~!!!!! 見つけたあああ!!!」



 崗上は包丁を向けたまま、鬼の形相で玲良に駆け寄っていった。

 玲良は奥から段々と迫ってくる崗上に恐怖し、「いやああ!!」と叫びながら寝室に戻った。


 そして寝室の引き戸が開かないように、咄嗟に近くに置いてあった座卓をつっかえ棒代わりにして、引き戸を開けさせないようにした。


 次の瞬間、玲良の寝室の引き戸が、ガンッ! ガンッ! と座卓に当たる音が聞こえた。



「玲良!!!! 開けろ!!!」



 崗上がドンドンドンと荒々しく引き戸を叩く。そして、無理矢理こじ開けようとする。

 玲良は涙目になりながら、座卓を押さえていた。



(なんで? なんでお母さんがここにいるの? それにおばあちゃんが……。これは……悪夢だ。これは、きっと悪い夢だぁ……夢であって……!)



 玲良はうずくまりながら耳を塞いだ。

 止めようにも止められない体の震えを最小限に抑えながら、玲良はどうすればいいのかを考えた。

 

 その時、玲良はふと障子に目をやった。


(……そうだ。縁側に出れば、ここから逃げられる……)


 玲良は深呼吸をして涙を拭き取ってから、障子の方に駆け寄った。

 その時、足が当たって座卓の向きが傾いた。


 そんなことには目もくれず、玲良は障子を開けて縁側に出た。


 障子を閉めて、縁側のサンダルを探すが、どこにも見当たらなかった。

 いっそのこと裸足で逃げようかと思った時、後ろから「おい」と声をかけられた。


 玲良は吃驚(びっくり)して、後ろを振り向いた。


 そこには、障子を開けて玲良の方を見ていた豪輝が居た。


「豪輝……!」

「声が聞こえて目が覚めちまったんだよ。誰か来たのか? こんな真夜中に」

「お母さんが……お母さんが来た……!」

「なに!?」


 その時、家じゅうにガァン!! という音が響いた。

 玲良の足が引っ掛かったことによって斜めになった座卓のせいで引き戸が開くようになってしまったのだ。


 その直後ドタドタと足音が聞こえ、「玲良~!!!」という殺意に満ちた崗上の声が聞こえた。


「いや……来ちゃった……」

「マジかよ……。玲良! こっちに来い!」


 豪輝が咄嗟に手を出す。

 玲良は豪輝の手を取り、豪輝の部屋に入った。


 玲良は豪輝の部屋でうずくまっていた。

 震える玲良の手を、豪輝は優しく握った。  


 隣の玲良の寝室からは、物が壊れていく音や壁を叩く音などが聞こえてきた。

 玲良は、ただ涙を流して身を守ることしか出来なかった。


「本当にお前の母ちゃんなのかよ……?」

「うん……。そうだ豪輝。おばあちゃんが……忍おばあちゃんが……」


 そう言っているときに、隣からピシャ! という音が聞こえた。

 障子がい勢いよく開いた音だった。


 そして縁側に月の光でシルエットができ、豪輝の部屋の障子も開いた。


「こっちにいたのね……もう逃げられないわよ……」


 過呼吸をしながら血眼を見開いて、玲良を見る。

 

 豪輝は崗上が持っていた血の付いた包丁を見て、顔を青くした。


「なんだあれ……。玲良、どっか切られたのか?」

「いや……あれは私の血じゃなくて……」


 そう言っていると、崗上は絶叫しながら玲良に飛び掛かってきた。

 腰が抜けて体を動かせない玲良は死を覚悟した。


 その時、豪輝が玲良の腕を引っ張り、崗上の包丁から玲良を回避させた。


「誰だよお前!!! ガキが首突っ込んでくんじゃねえよ!!!」


 崗上は豪輝もろとも玲良を刺そうとしていた。


 その時、豪輝は咄嗟の判断で足元にあった掛布団を持ち上げて崗上に被せた。

 突然視界が黒く染まった崗上は、冷静な判断が出来ず一人で慌てていた。


「大丈夫か? 玲良」

「う、うん。ありがとう」

「今のうちに逃げようぜ!」


 豪輝は玲良の手を引いて、廊下に出た。

 

 玄関に着いた時、豪輝「……は?」と言って立ち止まった。

 


 横たわる血まみれの忍を見たからだ。



 あまりにも(むご)さに、玲良は思わず口を押えた。

 その時、舒唄が「姉ちゃん……豪輝さん……」と、震えた声で言った。


「舒唄……」

「違う……僕はやってない……母さんが、母さんが……!」

「そんなの……分かってるわよ……」


 玲良は忍を避けて玄関を降り、舒唄に優しく抱き着いた。

 その時、舒唄の目に涙が溢れてきた。


「ごめんなさい……多分、僕のせいで……バレちゃった……ここの家……」

「……バラしたわけじゃないなら、あなたは悪くないわよ」


 舒唄は玲良に(すが)りつき、泣きながら懺悔(ざんげ)していた。




「ばあ……ちゃん……?」


 横たわる忍を見て首を横に振ってから、豪輝は膝から崩れ落ちた。


「そんなわけないだろ……? なあ……」


 豪輝は忍の体をゆする。

 しかし、忍は動かなかった。


 豪輝は、恐る恐る忍の頬を触った。

 感触は、冷たかった。


 豪輝は涙を流し始めた。

 そして、大声で忍に話しかけた。



「おい!!! ばあちゃん!!!! お願いだ!!! 目を開けてくれよ!!! ばあちゃんったら……!!! ばあちゃん!!!」



 豪輝は喉が潰れるほどの声で叫んだ。

 それでも、忍は動かなかった。


 ボロボロと大粒の涙を流しながら、豪輝は忍の体に頭を当てて号泣した。


 その様子を、玲良と舒唄は見守ることしか出来なかった。

 その時、廊下の奥から、崗上が走ってきた。


「玲良ー!!!! 待ちなさいー!!!!」


 崗上は走ってきて、忍を踏みつけて玄関の外に出た。

 その瞬間に、豪輝の中で何かがプツンと切れた。



「なにしやがんだこの野郎!!!!」



 豪輝は走って崗上に追いつき、背中に右こぶしを打ち込んだ。

 崗上の背中からピキッと言う音が聞こえ、その場に倒れこんだ。


「ご、豪輝!?」


 玲良の驚く声に耳を傾けず、豪輝は崗上に近づいた。


「こ、このガキ……!!! なにするのよ!!!」

「こっちのセリフだ馬鹿野郎!!!!」


 豪輝は崗上の胸倉を掴んだ。


玲良()の幸せ奪っておいて、次は人の命奪ったんだぞ!? なんで俺のばあちゃんは死ななきゃなんなかったんだよ!!! ふざけんじゃねえよ!!! 快楽求めてんのか知んねえけどよ!!! なんでお前の自己満足なんかの為に周りの奴が犠牲になんなきゃいけねえんだよ!!!」


「な、なによあんた……離しなさいよ!」


「黙れ!!! お前みたいな奴なんかに指図される筋合いはねえよ!!! 同じ人間だとも思いたくねえ!!! 考えただけで虫唾が走るんだよ!!!」


 豪輝は、崗上の右頬に平手打ちをした。

 

 平手打ちを受けた崗上はそのまま横に飛び、歯が取れかけて口の中が切れ、吐血していた。

 手から包丁が落ち、豪輝はそれを拾い上げた。


「お前みたいな奴なんか……」


 豪輝は我を忘れ、崗上に包丁を向けながらにじみよっていった。

 その光景を見ていた玲良は、豪輝に近づいた。


「豪輝! 何するつもりよ!!!」

「どけよ玲良!!! こいつは……こいつは……生かしてたら……」


 豪輝の目には、殺意の色が浮かんでいた。

 その時、床に倒れていた崗上が笑い出した。



「私を殺すつもり? そんなことしたら、あの世であのババアと私が再開しちゃうわよ? それでもいいのかしら?」



 狂気に満ちた笑みを浮かべる崗上に、玲良は歯ぎしりした。

 そんな玲良の横を、豪輝がゆっくりと通り過ぎて崗上に近づいた。


「何言ってんだよてめえ……」


 豪輝は手を震わせた。



「あの世嘗めてんじゃねえよ!!! お前みたいな奴が、ばあちゃんの居る天国なんかに行けるわけねえだろうが!!!!」



 豪輝は包丁を上に上げ、まさに突き刺そうとしていた。

 その刹那、玲良が豪輝の腕を掴んで、崗上から豪輝を離れさせようとした。


「ダメよ豪輝!!! やめなさい!!!」

「離せ!!! 逃げられちまうだろうがよ!!!」

「冷静になりなさい!! そんなこと……ましてやおばあちゃんの前で!! していいと思ってるの?」


 玲良の言葉に、豪輝はハッと我に返る。

 忍の方を一瞬チラッと見てから舌打ちをし、崗上に向かって怒鳴った。



「ぜってーに許さねえからな!!!! てめえみたいな奴なんか、地獄に落ちろ!!」


 

 涙を流しながら、豪輝は崗上に言った。

 その時、舒唄が崗上の隣に立った。


「姉ちゃんたち……通報しといたよ。もうすぐ警察が来てくれる」


 舒唄は携帯電話の画面を見せる。

 そこには一一〇番の画面が映っていた。


 それを見た崗上は青ざめ、舒唄に突っかかった。


「しょ、しょうちゃん!? なんてことしてるのよ!」

「母さん、それはこっちのセリフだよ。警察の人が来たら、姉ちゃんのことも、忍さんのことも全部言うから」

「そんな……で、でも!! 今包丁持ってるのはあのガキよ!!! 指紋だってゴチャゴチャになるし、きっと警察だって私だとは思わないはずよ!!!」

「……証拠あるに決まってんじゃん」

「……ふぇ?」


 舒唄は携帯電話をいじり、動画を再生した。

 そこには、崗上が殺人を仄めかすような言動をしている場面が映っていた。


「豪輝さんが包丁持つシーンも映ってるから、よって犯人はお母さんってことになる可能性が一番高いよ」

「なによ…………チッ!!!」


 崗上は舌打ちをすると、駆け足で車に入って行った。


「おい!! 逃げるぞ!!」

「大丈夫ですよ豪輝さん」


 舒唄はポケットからあるものを取り出した。


「どうせ逃げると思ってたので……」


 取り出したものは、車の鍵だった。

 そして数秒後、パトカーが数台やってきて数名の警察官が出てきた。


 崗上は警察官を見て、慌てて車から降りて逃げようとしたが、間もなく警察官に取り押さえられた。


「クソが!! 離せ!!」

「こらっ!! 暴れるな!!!」


 警察官は手錠を取り出し、崗上につけた。

 その時、警察官は崗上から漂う匂いを嗅いで「ん?」と顔をしかめた。


 

 舒唄は動画などを見せ、包丁を持っている豪輝は殺人に関与していないと説得した。

 その時、崗上を取り押さえた警察官が、玲良たちの元に近づいてきた。


「この中に、加害者との親族や家族の方はいらっしゃられますか?」


「あ、はい。私あの人の子供です」

「僕も……」


 玲良と舒唄が手を上げた。

 警察官はフム、と顎に手を当てて言った。


「それでは、何か最近、お母様に異常はありませんでしたか?」

「何と言うか……最近、機嫌がいい時と悪い時の差が激しくなってきているような感じはしました」


 舒唄が答える。


「では……何かよく外国製の物を買ってきたり、通販などで外国から輸入した荷物などが届けられたりしてくることなどはありませんでしたか?」

「あ、ありました」

「中身は何か、分かりましたか?」

「いや……中身は……」


 舒唄が口ごもっていると、玲良が話しかけた。


「警察官の人なら、あの写真見せれば分かるかもしれないわよ」


 そう言われ舒唄は警察官に、豪輝と玲良に見せた写真を見せた。

 写真を見て、警察官たちは驚いた顔をしていた。


「あのスペル……穴埋めしていったら……」

「‘‘メタンフェタミン,,、‘‘マリファナ,,……」


 警察官は少し話してから、「ありがとうございました」と言ってパトカーに戻った。


 他の警察官は、ブルーシートを持って忍を囲んでいた。

 その様子を見ていた豪輝は、膝から崩れ落ちた。


「ばあちゃん……」


 豪輝は、ただ見つめていた。


 その時、一人の警官が駆け寄ってきた。


「この家には、あなたたち以外には誰もおられませんか?」

「あ、いや、豪輝のお父さんが……」

「……俺が呼んでくる」 

 

 豪輝は立ち上がって、玄関が通れなくなっていたので縁側から家の中に入った。


 豪輝の背中は、玲良と舒唄には酷く寂しく見えた。



 安康の寝室に入り、豪輝は安康の体をゆする。

 寝ているときは補聴器を外すので、耳が完全に聞こえなくなているのだ。


 体をゆすってくる豪輝で目を覚まし、安康は耳に補聴器を付けた。


「どうした豪輝……こんな時間に……」

「……ばあちゃんが……」


 豪輝は全てを安康に話した。


 そしてその後、安康と豪輝は警察署に行き、玲良と舒唄は警察官と同行して、自分の家に帰ってきていた。


 警察官が崗上の部屋を調べた結果、大量の覚せい剤が出てきたのだ。

 それとプラスで、玲良と舒唄は虐待のことも全て話した。



 こうして崗上は、殺人、児童虐待、麻薬取締法違反で逮捕された。



 そして、玲良たちが警察官からの事情聴取から解放されたのは、事件が起きてから十時間後だった。

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