拾話 所有物
・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます
それから舒唄は、二週間に一回のペースで豪輝の家に行った。
部活の無い休日には母親に何も言わず、玲良の元へ行くようになったのだ。
そして、今日も豪輝の家へ行く予定だった。
「えっと……豪輝さんに貸す漫画と、お菓子と……よし。これでオッケーかな」
舒唄は荷物をショルダーバッグに入れ、肩にかけた。
水を一口飲んでから舒唄が家を出ようとした時、舒唄に対して声が聞こえた。
「しょうちゃん……? 今日もどこか行くの……?」
舒唄は少し驚いて声のした方を振り向く。
普段崗上が引き籠っているはずのドアが開いており、その前に猫背の崗上が建っていた。
隈だらけの目を開き、舒唄の方を見つめていた。
「たまには……お母さんと一緒にお出かけでもしない? お母さん、温泉に行きたいなぁ……」
「ご、ごめん母さん。今日はちょっと……と、友達と遊ぶ約束しちゃってるから……」
舒唄は咄嗟に嘘をついた。
玲良に会いに行っていると知られたら、収まっていた崗上の苛立ちがまたこみ上げてくるかと思ったからだ。
崗上はじっと舒唄を見つめる。
「……最近よく遊びに行ってるのね……」
その言葉に、舒唄はギクッとする。
「お母さんなんかよりも、やっぱり友達の方が大事なのね……」
「……そんなことないよ。ただ……その……」
「?」
「母さんだって、最近ずっとそこの部屋に引き籠ってるじゃん。……どうかしたの?」
舒唄は崗上の気に障らないように質問した。
崗上は舒唄の言葉に少しポカーンとしてから、ゲラゲラと笑い出した。
「どうかしたかって? どうもしてないわよ!! まあ! 強いて言えば、気分いいのよ!!!
今の時代っていいわよね!!! ほしいと思ったら例え部屋に籠ってたとしてもワンクリックで買える時代になったのよ! あーもう!!! 最ッ!!! 高!!!!!」
崗上の言動に、舒唄は恐怖を通り越して呆れていた。
何があったのか少し気になるところもあったが、深くは聞かないことにした。
崗上は笑っていたかと思うと、「ただ」と言って笑いを止めた。
「密かにたまり続けてるストレスは、どこで発散させればいいのかしら? 何でうちに居たはずの玲良が居ないの?」
崗上は舒唄を見ながら尋ねる。
舒唄は慎重に口を滑らせないようにしながら、崗上に返答した。
「し、知らないよ……。気になるなら警察にでも聞けば……」
舒唄がその場しのぎで『警察』という言葉を口に出した瞬間、崗上の顔が真っ青になった。
「それだけはダメ!!! それだけはダメよ!!! しょうちゃん!!! 」
崗上は号泣しながら舒唄に縋りつく。
喜怒哀楽の激しい崗上に舒唄は呆れ、なんとかくっついてくる崗上を引っぺがした。
「だったら自分で家出て探せばいいじゃん! も、もうこんな時間だから、もう行くね。行ってきます」
舒唄はドタドタと玄関に向かってから靴を履き、家を後にした。
一人残された崗上は、「しょうちゃん……?」と呟いてから、自分の部屋に戻って着替えをした。
「おもしれー!!! ありがとうな!! 舒唄!!!」
「いえいえ。最近全然読んでなかったので、よかったらあげますよ」
「え!?……でもそれは流石によ……」
舒唄は家から持ってきた漫画を豪輝に渡していた。
豪輝が舒唄の発言に驚いているのをよそに、舒唄は縁側の方をチラチラと見ていた。
その行動を不思議に思った玲良は、舒唄に話しかけた。
「どうしたの舒唄? 豪輝の家に来た時もそうだったけど、外に何かいるの?」
「いや……気のせいかもしれないけど、さっきから何かに付きまとわれてるような感じがして……」
玲良が舒唄の発言に首を傾げていると、豪輝が「もしかしてそれって……」と呟いた。
「何か知ってるんですか?」
「多分だけどな。最近目撃情報多いし」
「多いって……不審者の目撃情報なんてこの辺であったっけ?」
「は? 不審者? ちげえよ。鹿だよ鹿」
「鹿……ですか?」
舒唄は豪輝に聞く。
「最近よく出るらしいぞ。お前も頭突きとかされねえように気を付けろよな」
「いや……多分、鹿じゃなくて人間だと思うんですけど……。まあ、鹿なら鹿でいいか……」
舒唄は苦笑いした。
豪輝の周辺では最近、発情期の野生の鹿が近隣住民を襲うトラブルが多く発生していたらしい。
「でも怖いわね。ただの舒唄の気のせいだといいんだけど」
玲良が言った。
この時、無意識に玲良の背中に悪寒が走ったような気がした。
「じゃあ、僕もう帰るよ。豪輝さん。今日もありがとうございました」
「おう! 気を付けて帰れよ!!」
「知らない人に声かけられても着いて行っちゃだめだよ」
「姉ちゃん僕の事いくつだと思ってるの……」
玄関の扉のところで、豪輝と玲良は舒唄を見送っていた。
その時、玲良はどこかから視線を感じた。
「玲良…………!」
「ん?」
玲良は誰かに呼ばれたような気がし、家の外をキョロキョロと見回した。
しかし、誰の姿も見えないので「気のせいか」と小声で言って、帰っていく舒唄に手を振った。
「どうした? 玲良」
「いや……なんでもない」
豪輝と玲良は、家の中に入っていった。
帰り道。
障害物のない広々とした田畑を眺めながら、舒唄は帰路についていた。
その時、ふとあるものを発見した。
「あれって……うちの車と同じ車種だ……」
田畑を挟んだ向かい側の道路に、家にいつもおいてる崗上の車と同じ車種の車が走っていたのだ。
(まさか……母さん……? って、流石に無いか。同じ車種見かけることぐらい、よくあることだし)
舒唄はあまり気にせず、夕焼けに背を向けながら歩いていた。




