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地下鉄防衛戦  作者: 睦月
第伍.伍章・運命の二人が出会う時 (人によっては蛇足)
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捌話 理由

・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます


「我慢する必要はないさ。その手ぬぐいはあげるよ」

「あ、ありがとうございます」


 涙を拭いてから、玲良は手ぬぐいを置く。


「それじゃあ私は仕事に戻る。玲良さん、ゆっくりしていってくださいね」


 安康は立ち上がって、居間を出て行った。


 少しの間会話が途絶えた。 

 その時、豪輝が玲良に話しかけた。


「じゃあ暇になったことだし、俺がこの家案内してやるよ!!」


 豪輝が立ち上がるのを見て、玲良も「ありがとう」と言いながら立ち上がった。

 居間を出て行く二人の背中を見てから、忍は最後の一滴の茶を飲みほした。


 豪輝の家には長い縁側がある。

 玄関から見て廊下の左側の全ての部屋には障子があり、縁側に出れるようになっていた。


「ここがなんか掛け軸とか鎧とかがある部屋で、ここが風呂場だ!」


 風呂場の扉を開けて、中を見る。

 古くからあるのか、床や天井はお世辞にも綺麗とは言えなかった。


 風呂には木製の蓋が置いてあり、周りの物よりも比較的真新しいシャワーなどが置いてあった。


「玲良! 次はこっちだ!!」


 豪輝に呼ばれ、玲良は風呂場を後にした。


「ここが俺の部屋だー!!」


 自分の部屋の扉を開けた瞬間、豪輝は床に寝っ転がった。


 部屋の隅には乱暴に畳まれた敷布団があり、壁にはフラフープや竹馬が立てかけてあった。

 小さな本棚には漫画本や、シートのついた新品の児童文庫が置かれていた。


 勉強机の上はグシャグシャになった学校からのプリントや、ページが取れかかってるボロボロの教科書やノートが置いてあった。


(とても現役高校生の部屋とは思えないわね)


 玲良は苦笑いした。


「そうだ玲良! 後ででもいいからあやとりしようぜ!!」

「あやとり?」


 豪輝は立ち上がり、机の上の教科書をどけて、赤い毛糸を取り出した。


「俺一回でもいいから二人あやとりしてみたかったんだよ」

「でも……私あやとりやったことないわよ?」

「マジで!? めちゃくちゃ面白いんだぞ!? こうして、こうして……ほら! (ほうき)!!」

「わぁ! 凄い!」


 豪輝はあやとりで箒の形を作った。

 他にも、ゴムやちょうちょ、四段はしごなども作っていた。


「後はそうだな……そうだ! 玲良、ちょっと片手出してくれねえか?」

「えっ? いいけど……」


 玲良は片手を出した。

 豪輝に立ててと言われたので、玲良は腕を曲げて手を上に向けた。


 豪輝はあやとりを両手の親指、中指、小指に絡め、形を作る。

 出来たあやとりの輪に、玲良の手を通した。


 そして、豪輝は両手の中指と小指についていた糸を外し、糸を外側に思いっきり引っ張った。


 玲良は、手首が締め付けられると思い手に力を入れたが、力を入れる必要はなかった。


 あやとりの紐は玲良の手首を締め付けることなく、スルリと抜けていった。


「……手首抜きっていう技、ってだけ」

「びっくりしたよ。手首切れたかと思ったもん」

「あはは! なんじゃそりゃ!」


 豪輝と玲良は笑っていた。




 他の部屋や鶏たちを見ているうちに、いつの間にか太陽が沈んで月が黄色くなる時間になっていた。

 豪輝と玲良が居間にいた時、安康が帰ってきた。


 玲良はこんな時間まで他人の家にいた経験が今まで無かったので、昼間の時とは違う緊張感が出てきていた。


「そういえば、昨日であれのストック無くなったから豪輝割ってきてくれないか? 夕飯は、父さんが作っておくから」

「分かった。マッチってどこにある?」

「電話の横だ。気を付けてやって来いよ」

「分かってるよ」


 豪輝は立ち上がって、黒電話の横にあるマッチを持ち、縁側に向かった。

 そのままサンダルを履いて、一人夜の庭に出て行った。


(割るってなんの事だろう?)


 玲良は安康の言葉が気になっていた。

 その時、忍がれ玲良に話しかけた。


「ところで玲良さん、花札の決まりごとはご存じかぇ?」

「花札はちょっと分かりません……」

「そうかいそうかい。なら後で教えてあげるて」

「あ、ありがとうございます」

 

 玲良は頭を下げる。

 その時、外からゴッゴッという音が聞こえ始めてきていた。



 数分し、玲良は豪輝が戻ってこないのと、さっきから鳴っている音が気になり、縁側を覗いた。

 その様子を見ていた忍に、声をかけられた。


「もしかして、豪輝戻ってくるか見てるのかぁ?」

「あっいや、それもありますけど……。さっきから鳴ってる、このゴッていう音は何の音ですか? 火の用心でもやってるんですか?」


「その音とやらはよく聞こえないけど、多分豪輝が薪割ってる音だぁ」


 玲良は「薪?」と言いながら首を傾げる。


「風呂沸かすための薪だ。気になるなら裏庭行って見に行ってくればいいじゃないか」


(お風呂薪で沸かしてるんだ……)


 玲良は意外に思いながら、玄関から自分の靴を取って縁側に出た。


 裏庭はさっき豪輝に紹介されなかった場所なので、自分の感を信じて家の敷地の奥を目指した。

 夜風に当たりながら鶏小屋の前を通ると、玲良はあるところを発見した。


「あ……。卵産んでる」


 一匹の鶏が、卵を産んでいたのだ。

 初めて鶏が卵を生む瞬間を見た玲良はなんと反応すればいいのか分からず、取り敢えず「おめでとうございます」と言ってその場を去った。



 家の奥に進むにつれて、音が段々と大きくなっていった。

 ほのかな灯りが見え、玲良は裏庭を覗いた。


 小さな台の上には、先ほどのマッチと、光源の行燈(あんどん)が置いてあり、行燈の光に照らされながら、斧を持った豪輝が薪を割っていた。


 玲良が近づこうと足を出して足音を鳴らした時、豪輝は玲良の方を振り向いて斧を構えた。


 玲良は「えっ!?」と声を出して、無意識に手を上げた。


 玲良と目が合った豪輝は、息をついて斧を降ろした。


「なんだ玲良だったのか。熊だと思ったぜ」

「驚かせてごめん。暇だから来ちゃった。戻った方が良いかな?」

「いや、俺もちょうど話し相手が欲しかったところだ。椅子あるから、こっち来て座れよ」


 豪輝は斧を置いて、近くに置いてあったウッドチェアを行燈の近くに持ってきた。

 ウッドチェアにかかっていた土や葉っぱを掃い、玲良に座るよう(うなが)した。


 玲良は、言葉に甘えて座った。 



 数分間、裏庭には薪を割る音だけが響いた。

 玲良は、薪を割っている豪輝に話しかけた。


「ねえ豪輝」

「あ?」


 豪輝は薪を割りながら答えた。


「私たちってさ……本当に今日初めてあったんだよね?」


 玲良の言葉に、豪輝はフッと口角を上げた。


「なんだよ。実は前世で出会ってましたって奴か?」

「いやそういうわけじゃなくて……なんで初めて会った私みたいな奴を、こんなに助けてくれるの?」

「……初めて会ったやつは助けちゃいけねえのかよ」

「いや……その……なにか理由とかあるのかな……って……」


 豪輝は少し黙ってから答えた。


「助けるのに理由なんざどうでもいいだろ。『俺が助けたいって思ったから助けた』。こんな理由じゃ不満か?」


 玲良はどう返せばいいか分からず、下を向いていた。

 豪輝は額の汗を腕で拭い、玲良の座るウッドチェアの横の地面に座った。



「……ちょっとくせえ事言うけど、いいか?」

「なに?言ってみて」


 豪輝は夜空を見上げながら話した。



「人がこの世(ここ)に生まれてくる理由って、『幸せを見つける為』だと思ってるんだ」

「幸せ……?」


「勉強してる奴は成績が上がれば幸せになる。働いてる奴は給料が上がれば生活が豊かになって幸せになる。誰だって、最終目標は幸せになることなんだよ。生きる意味のない人間なんてこの世にいねえんだ。……まあ、無理はしなくてもいいとも思うけどな」


 玲良は黙って聞いていた。



「人が幸せを見つける為にこの地球()で生きてるってことは……まあそういうことだ」

「……どういうこと?」


 豪輝は微笑みながら言った。


「人が幸せを見つける為にこの地球()で生きてるなら、この地球()には()()玲良(お前)の幸せは存在する。俺はその玲良(お前)の幸せを見つける手助けがしたいんだ。……こんなのが理由じゃ駄目か?」


 豪輝の言葉を聞いて、玲良は手をギュッと握った。


 必ず、私の幸せは存在する。


 その言葉が、脳内を駆け巡った。

 そして、身投げしようとした過去の自分を恨み、太ももを強くつねった。


「……優しいんだね」

「そんなことねえよ。……にしても、今日は星が綺麗だな!!」

「本当……素敵……」


 豪輝は夜空を見上げた。 

 辺りに街灯などがなかったので、普段見えないはずの暗い星までよく見えて、満天の星空になっていた。

 

「さてと、あんまりここに居ると風邪ひくし本当に熊出てくるかもしれねえから、ささっと風呂沸かしてくるぜ」 


 豪輝は立ち上がってズボンに着いた土を掃ってから、薪を持った。


「お前はどうする?」

「私も暇だから着いて行っていいかしら?」

「なら行燈持ってきてくれよ」


 玲良は「分かった」と言って行燈を持った。

 豪輝はマッチをポケットにしまい、両手で大量の薪を持った。


 

 薪ボイラーに薪を入れ、マッチに火をつけて薪を燃やした。


「……なんでシャワーあるのに、湯船は電気とかつながないの?」

「分かんねえ。昔からこれやってたから、たいして気にしたことなかったぜ。あ、そういえば父ちゃんが今度風呂変えるって言ってたぜ」

「じゃあそこで色々つないだりするの?」

「なんかバランス釜? とかいうやつにするらしいぜ」

「バ、バランス釜ね……」


 玲良は苦笑いした。


「そういえば……さっき鶏が卵産んでるところ見たわよ」


 玲良が言うと豪輝は手を止めて玲良の方を見る。


「マジで!?」

「マジよ」

「ど、どこだ!? 教えてくれ!!」


 豪輝は玲良の手を取って鶏小屋に走っていった。


「ちょっと豪輝!? 斧とか片付けなくていいの?」

「後ででいい! それより、卵どこだ?」

「えっと……あそこよ」


 鶏小屋に着いて、卵を探す豪輝を玲良が指をさして手助けする。

 豪輝は卵を見つけ、鶏小屋に足を踏み入れて卵を拾った。


 拾った白い卵は、豪輝と玲良の目に輝いて見えた。


「産みたてだー!!!」


 豪輝は卵を上に上げて大声を出した。

 玲良は耳を塞いだ。


「やったな!! 今日はついてるぜ!!!」


 豪輝は満面の笑みで玲良に言う。


「そうだ!! この卵使って、記念に卵かけご飯つくってやるよ!!!」

「本当? ありがとう!」


 玲良は垂れそうになった(よだれ)を拭いた。


「そういえば知ってるか? 卵かけごはんって、最近は(T)かけ(K)ごはん(G)って言われてるらしいぜ!!!」

「そうなの?」

「知らね!!!」


 豪輝は興奮しながら、縁側にダッシュしていった。

 遠くから「ばあちゃーん!!! 卵生まれたー!!!」と、豪輝の大声が聞こえてきた。



 玲良は一人で笑ってから、縁側に歩いて行った。

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