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地下鉄防衛戦  作者: 睦月
第伍.伍章・運命の二人が出会う時 (人によっては蛇足)
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漆話 石上の平屋・弐

・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます


 三人が居間で話をしていると、玄関の方からガラガラと扉を開ける音が聞こえてきた。


 その次に足音が聞こえ、居間の扉が開いて誰かが入ってきた。


「ただいま、母さん」


 入ってきたのは豪輝よりもかなり年上の男性だった。

 ポマードで前髪を上げ、スーツをキッチリと着こなしていた。


「おかえり!!! 父ちゃん!!!」

「なんだ豪輝。もう帰ってきてたのか。学校はどうしたんだ?」


 男性の正体は豪輝の父親、石上(いそのかみ)安康(やこう)だった。

 安康は居間を見渡し玲良に気づくと、軽く会釈をした。


「お客さんが居たんですか。こんにちは。何もない家ですけど、ゆっくりしていってくださいね。今お茶持ってきますよ。それとも、カルピスの方がよろしいでしょうか?」

「だ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 玲良が言うと、安康は「ん?」と言って首を傾げた。


「すみませんが……。今なんと(おっしゃ)りましたか? 耳が悪いものでよく聞こえなくて……」


 安康の言葉に玲良が「?」を浮かべていると、豪輝が玲良に話した。



「父ちゃん小っちゃい頃から耳が悪いらしいんだよ。だから話すときはもっとでけえ声で話さねえと聞こえないぞ」


 豪輝に言われてから安康の方を向く。

 よく見てみると、安康の耳に小さな補聴器がついていた。


補聴器(あれ)に聞こえるぐらい声でかくしないと」

「なるほど……こんな環境で育ってるんなら、豪輝の声が大きいのも納得できるわね……」

 

 玲良は安康の方を向いて、飲み物はいらないということと、感謝、そして自分の名前を声量をあげて伝えた。

 忍に話しかけるほどの大声じゃなくても声が届いたのが幸いだった。


「それで、二人は何故ここに?」

「二人で学校抜け出してきたんだよ」

「抜け出してきた?」

「わ、私はちゃんと(?)早退してきました」


 安康は鞄を置いて、座椅子に腰かけた。

 豪輝が「実は玲良が……」と話しかけたところを玲良が止め、自分の口で何が起きたかを説明した。



「学校にも教育委員会にもアンケートを通して伝えたんですけど……母が上手く誤魔化して結局なかったことになっちゃったんです。それに加えて、その日の夜はご飯抜きでいつも以上に殴られました」


「警察には言ったんですか?」

「あまり大事にしたくはないんです。第一私の母は、私の弟はしっかり面倒を見てるんです。なので私さえいなければ……私は殴られることも蹴られることも無くなりますし、弟は私に対して気を使う必要も無くなりますし……」


「……大体の事情は分かりました。ただ玲良さん。他人の考えに口出しをするのはどうかと思いますが、これだけは言わせてください」


 安康は咳払いをし、少し険しい顔になった。


(なにか怒らせるようなこと言っちゃったかな?)


 玲良は唾を飲んだ。



()()()、自分が居なくなればいいなんて考えないでください」



 その言葉に、玲良はハッとした。


「確かに、もし私が玲良さんと同じ境遇に立っていたら、私も玲良さんと同じようなことを考えるでしょう。しかし、人生はまだまだ先があります。先ほど玲良さんが思った通り、この先楽しいことが待っているかもしれません。玲良の訃報を聞いて、喜ぶ人よりも悲しむ人の方が多いということを、玲良さんには知っていただきたい」

「喜ぶ人よりも……」


 玲良は下を向き、手をギュッと握った。

 自分のしようとしたことが、どれほど愚かだったことを思い、玲良は自責の念でいっぱいだった。


「じゃあ玲良はこの先、どうすればいいんだよ!!!」


 豪輝が安康に詰め寄ると、横から「それなら」と声が入ってきた。

 声の主は、忍だった。



「うちに住んじまいな」



 忍の発言に、その場にいた忍以外の全員が「えっ!?」と声を揃えた。


「別に減るもんもないだろう? 女の子に関する面倒ごとは私がやってやるし」

「えっ、でも……!!」


 マイペースにお茶をすする忍に、玲良はつかっかった。


「いいじゃねえか!! その考え!!!」

「豪輝まで!?」


 豪輝も忍の考えに賛成してきたのだ。


「流石にそれは……色々と準備が必要だし、大変なんじゃないか?」

「あら? 女の子一人守れないようなヘタレな息子に育てた覚えはないよ」


 忍に言われ安康は少し黙った。

 玲良は忍を見て「かっこいい……」と小声で呟いた。


「父ちゃん!!」

「……そうだな。うちにいた方が安全かもしれないですね」


 その瞬間、玲良の膝に水滴が垂れた。


 涙だった。



 さっきであったばかりなのに、こんなにも私の話を聞いてくれて、こんなにも私のことを思ってくれて、こんなにも優しくしてくれる。

 今まで無かった感情が芽生え、無意識に涙腺が緩んだのだ。


 いきなり涙を流す玲良に、忍は手ぬぐいを渡した。


「我慢は身体に毒。泣きたけりゃカラッカラになるまで泣いちゃいなさい」

「本当に……ありがとうございます……!」


 玲良は手ぬぐいを顔に当てて泣いた。

 その背中を、忍が優しく撫でていた。



 その時庭の方から、鶏の声に混じってカワセミのような鳴き声が聞こえた。

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