陸話 石上の平屋・壱
・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます
飲み終わったコーラの瓶を錆びたゴミ箱に捨て、豪輝と玲良は横に並んで歩いた。
数分して、豪輝が家の前で足を止めた。
「着いたぜ。ここが俺の家だ」
門のところには釘が打たれ、その釘には木の板が小さなぶら下がっていた。
そこには墨で直に書かれたような字体で、『石上』と書かれていた。表札代わりにつけていたのだ。
豪輝に促され、玲良は門を通った。
敷地面積が周りにある家より一回り広く、中央に年期の入った平屋が建っていた。
門をくぐった途端、門の真正面にある家の入口の左側の庭の方から、動物の鳴き声のようなものが聞こえてきた。
「……鶏でも飼ってるの? 」
「飼ってるぜ。それも三十匹!!! すげえだろ!! 」
豪輝はそう言いながら、ガラガラッと玄関の扉を開けた。
「ただいまー!! 」
「お、お邪魔します……」
玄関から見えた豪輝の家は、不思議な形をしていた。
玄関から家の奥の壁まで一つの廊下が伸び、その廊下の左右に部屋があるといった感じだった。
「居間にばあちゃんがいると思うから、居間に行こうぜ」
「豪輝のおばあちゃん……? 」
豪輝は廊下の右側の部屋の中で、一番玄関に近い部屋に玲良を連れて行った。
その部屋には座卓、座椅子、、一昔前のリアプロテレビが置いてあった。
そして、居間に置いてあった座椅子には、一人の年老いた女性が湯のみを持って正座していた。
白髪を頭の上でお団子にして簪をさし、浴衣を着ている小柄な女性だった。
女性は豪輝と玲良に気づいていないのか、湯のみに入っている温かいお茶をすすった。
「ばあちゃーん!!! ただいまー!!!! 」
いきなり豪輝が、女性の近くで叫んだ。
どうやらこの女性が、豪輝の祖母のようだった。
あまりの五月蠅さに、玲良は思わず耳を塞いだ。
「ちょ、ちょっと豪輝!! 驚いておばあちゃんのお茶が喉に詰まっちゃったらどうするのよ!!! 」
「心配することねえよ。いつもやってることだし」
「それはそれで……。寿命縮まっちゃうわよ……」
玲良が呆れていると、豪輝の祖母はゆっくりと豪輝と玲良の方を向いた。
少し間を開けてから、口を開いた。
「あらあらぁ……。おかえり恭さん。今日は帰ってくるの早かったねえ」
驚くほどゆっくりと会話する豪輝の祖母に、玲良は「恭さん? 」と首を傾げた。
すると豪輝は苦笑いしてから、大声で話し始めた。
「この会話何回目だろう……。俺は恭じいちゃんじゃなくて!!! ばあちゃんの孫の豪輝!! 」
「あらぁ豪輝ちゃんだったの。いつの間にかこんなにおっきくなったわねえ~」
「いやいつも見てるじゃねえかよ!!! 後ちゃん付けはやめてくれよ!!」
頭を撫でてくる祖母に、豪輝がツッコむ。
恭という人物は、豪輝の祖父の名前らしい。
「……んで、そこにいる別嬪さんはどちら様だぁ? 」
豪輝の祖母は玲良の方に視線を移した。
玲良は別嬪さんと言われ少し顔を赤くしたが、コホンと咳払いをして返答した。
「は、初めまして。私は皇女玲良と言います」
玲良がなんとか噛まないように言った。
が、豪輝の祖母は玲良の言葉を聞いて首を傾げていた。
「もう一度言ってくれねえかぁ? 耳が遠いもんでねえ」
玲良は「そうか」と思い、少し声量を上げて話してみることにした。
「わ、私の! 名前は……! 」
「聞こえないねえ。もっと大きな声で喋ってくれないとねぇ。豪輝ぐらいに」
「豪輝ぐらい……」
そう言われた玲良は、たっぷりと息を吸い込んでありったけの声を出した。
「初めまして!!!!! 私の名前は!!!!! 皇女玲良といいます!!!!! 」
玲良が大声を出した後、辺りが一瞬静かになった。
豪輝は、大声を出した玲良を目を丸くして凝視していた。
「そうかいそうかい。玲良ちゃんって言うんか。……あたしゃぁ石上忍。しがないばあさんだよ」
そういうと、忍はお茶をすすった。
玲良が忍を見ていると、豪輝が「なあ」と話しかけてきた。
「どうしたの? 」
「俺の声って……普段あんなにでかいのか? 」
右手で力なく自分を指さしながら、豪輝は聞いた。
玲良は苦笑いしながら、「自覚なかったんだ……」と呆れていた。




