肆話 約束
・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます
お弁当を食べ終わり玲良は話を始めようとしたが、風が強く、話したとしても風の音のせいで言葉が聞こえなかった。
その時豪輝が、「ちょっと場所変えようぜ」と言って、屋上を後にした。
玲良と豪輝は学校に入った。
ほかの生徒や先生にバレないように屋上の扉を閉めた。
「俺いい場所知ってんだよ。学校から出ることになるけど、それでもいいか? 」
「私は早退してるから大丈夫だけど、豪輝は大丈夫なの? 」
「大丈夫だ。ちょっと見つからないように待っててくれねえか? 教室に鞄取りに行きてえんだけど」
「分かった。待ってるわ」
豪輝は自分の教室に駆け込んでいった。
幸い今の時間、豪輝のクラスは理科室で実験をしているので、教室には誰もいなかった。
自分の鞄をとり、教科書やノートを乱暴にしまって教室を出た。
豪輝と玲良は再会し、二人で他の生徒や先生に見つからないように昇降口に向かった。
向かう際職員室に忍び込み、見つからないように屋上の鍵を戻した。
二人で靴を履き、周りに注意しながら校門を出た。
平日のお昼時の田舎は、いつにもまして静かだった。
車や人の声すら聞こえず、風に吹かれて揺れる木の音や、野鳥の鳴き声、川のせせらぎと言った、環境音しか聞こえてこなかった。
玲良は前を歩く豪輝の後を追っていた。
虫が多くいる畦道を通り、緩やかな土手を登る。
登ったところから、細く小さな川が流れるのが見えた。
太陽光が水面に反射しているなか、川の流れに逆らって小魚が透き通る水の中を泳いでいった。
そんな魚たちを見ながら歩いていると、豪輝が指をさして「あそこだ」と言った。
豪輝が指さしたところは、橋の下の土手の空間だった。
小川のところに橋が架かっており、その橋の下にある大きな柱の段差の部分だった。
広さは申し分なく高さもあるので、高校生二人が座っても頭は橋にぶつからなかった。
段差に座って視線を少し真正面から下げれば、美しく流れる川と、力強く生きる魚を見ることが出来る。
夏などは橋が日光を遮り、すぐそこに川が流れていることもあって、よく地元住民に避暑地として使われていた。
「足滑らせないように気を付けろよ」
「こんな場所があったんだ……。知らなかった」
見た目以上に急な土手の斜面を歩いて、玲良と豪輝は段差のところまでたどり着いた。
段差は斜面ではなく地面に平行だったので、不自由なく座ることが出来た。
「いいだろここ! 俺のお気に入りの場所だ! 」
「本当にいい場所だね……。ここで話していいのかな? 嫌な気分にさせちゃうかもしれないけど……」
「大丈夫だ。ここなら近所のじいちゃんやばあちゃんにもあんまり見られないから、人が来たとしてもあんまりバレねえ所だしな」
「そう……なんだ。……じゃあ言うよ。嘘偽り無しの、本当にあったことを……」
玲良は、家での出来事を豪輝に話した。
父親がいないこと。弟は自分の味方ということ。
そして、母親の日々の暴力のことも。全てを暴露した。
話している途中に、何度か頭痛や吐き気がしてきたことが何度かあったが、その度に豪輝に「大丈夫か? 無理すんなよ」と心配されていた。
それでも、玲良は全てを話し切った。
「……こんなこと言うのもなんだけど、私今ブレザー着てるじゃない? 」
玲良は豪輝に言った。
ちなみに、この時玲良は長袖ワイシャツにブレザー。豪輝は半袖ワイシャツで第一ボタンを開けているという、季節感が真逆の格好をしていた。
「周りの友達は私が極度の寒がりって認識してるんだけど、全然私寒がりなんかじゃない。むしろ、夏なんかこれ着てるせいで毎日滝みたいな汗が流れるんだよ」
「なら脱げばいいじゃねえかよ」
「でも……今も言ったけど、夏って汗かくでしょ? 」
「うん」
「汗かいたら、ワイシャツって透けるでしょ? 」
「うん」
「でもブレザーは透けないでしょ? 」
「……まさか」
豪輝はハッとした顔をした。
玲良は一瞬手を止めたが、意を決して左手を右手首にやり、袖を肘くらいまでまくった。
玲良の細く華奢な腕には、多数の大きな内出血や痣が出来ていた。
「もっと袖をまくればもっと傷が出てくるけど、流石にこれ以上見せるのはやめておくわ。……多分豪輝が察した通り。ブレザー着てなかったら腕見られちゃうから着てる、ってだけよ」
玲良はどうでもよさげに言いながら袖を直した。
「嫌な物見せちゃってごめんなさいね。私の話は以上だよ」
玲良が豪輝の方を向く。
豪輝は黙って下を向いていた。
「豪輝? どうしたの? ……もしかして、私の気持ち悪い腕のせいで気分が悪く……? 」
「いや……それに関しては大丈夫だ。気持ち悪いなんざ思ってねえよ」
豪輝は玲良に視線を向けた。
「お前、今日帰ってからどうするんだ? 」
豪輝に言われ、玲良は少し考えた。
「どうって……。勉強して、夕飯作って……いつも通り、お母さんのサンドバッグにでもなるんじゃないかな?」
日常のことで慣れてしまっているのか、サラッととんでもないことを言う玲良に、豪輝は眉間に皺を寄せた。
「所詮、私はサンドバッグだから……。家での私の居場所何て、物置ぐらいしかないのよ」
玲良は呆れた感じで言う。
豪輝は少し黙ってから、ハァァ~と大きなため息をついた。
「自分が神だとか言ってる奴は見たことあるけど、自分のことをサンドバックだなんて言ってる奴は初めてみたぜ」
豪輝はしびれを切らしたのか、さらに話し続けた。
「自分の子供に虐待するなんてサイテーな母親だな!!! 自分の子供贔屓して自分の子供のこと罵って暴力って、ただの畜生じゃねえかよ!! 」
仮に玲良が豪輝の立場だとしたら、ここまで他人の親に対していくらひどい親だとしても、こんなにハッキリと実の子供がいる前で親の悪口を言うことは出来ないだろう。
玲良は豪輝が怒鳴っているのを見て、不思議な感覚になった。
なんでこの人は、身内でも親しい友達でもない、ましてや、さっき初めて話したばかりの私の言葉を聞いてくれて、こんなに、自分の身のことのように、母親に対してを、怒ってくれるのだろう。
そう思った瞬間、玲良の胸の奥があったかくなってきた。
「よし分かった!!! 」
そう叫ぶと、豪輝は玲良の方を向いた。
そして、玲良の左手を両手で掴んだ。
「玲良!!! お前、俺ん家にこい!!! 」
突然の提案で、玲良は「へ? 」と声を漏らして、目を丸くした。
そんな玲良に構わず、豪輝は続けた。
「お前には普通の生活ってもんを教えてやりてえ!! あと、さっきの発言訂正しろ!!! 玲良はサンドバッグなんかじゃねえ! 人間だ!!! そして!! お前の居場所は物置だけなんかじゃねえ!!! 世界の広さなめてんじゃねえよ!!! 」
「で、でも……。私の居場所なんて……あるの……? 」
玲良が聞くと、豪輝は笑顔で答えた。
「ある!!! 絶対にある!!!! なんなら、玲良の居場所を、俺が作ってやる!!! それが無理だとしても!!! 玲良の居場所を、見つける手伝いをする!!! 玲良は!!! 一人じゃねえ!! 」
豪輝の言葉に、玲良は思わず涙腺が緩む。
「私の居場所……見つけて……くれる……? 」
「おう!! 見つけてやるぜ!!! 約束だ!! 」
豪輝は玲良の手を放して、左手の小指を立てた。
玲良も豪輝に続いて、左手の小指を立てた。
そして、お互いの小指を絡め、指切りげんまんを歌った。




