参話 輔翼
・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます
「っ!! なにやってんだよ!!! 」
豪輝が驚いて弁当を落とす。
そんなことは気にせずに、豪輝は屋上の淵に駆け寄った。
玲良は目を閉じて、自分の死を待っていた。
(……あれ? 右腕が……誰かに……? )
ふと、自分の右腕が、誰かに掴まれている感触がした。
恐る恐る目を開けると、玲良はぶら下がっていた。
そして、よく考えてみると、上げた覚えがないのに何故か右腕が上に上がっていた。
視線を右腕に移すと、誰かの手があった。
「ぐぎぎ……! 」
さらに視線を上に上げると、豪輝の姿が見えた。
豪輝が、落ちる瞬間に玲良の右手を掴んでいたのだ。
咄嗟に片手だけで掴んだので、豪輝の片手は玲良を支えてるせいか小刻みに震えていた。
「あ、あなた!? 何してるの!? 危ないじゃない!! 」
「お前よ……」
玲良の右手を、落ちないようにしっかりと握りながら豪輝は話す。
「本当に……死にてえのか……? 」
豪輝の言葉に、玲良はハッとする。
図星をつかれたからだ。
「なんで……そんなこと聞くのよ……」
「お前が足出して落っこちる前に……お前、すんげえ悲しそうな顔してたぜ? 」
「悲しそうな…………顔? 」
玲良は首を傾げた。
「おい……これだけは教えてくれ……。死にてえのか? それとも、死にたくねえのか? 死にてえなら……この手離すぜ」
豪輝の言葉に、玲良は胸が苦しめられた。
と同時に、感謝した。
「わ、私は……」
死にたくない。そう言えば、さっき思ったやり残したことをやれる希望が見えてくる。
玲良は、この時だけ母親を忘れ、意を決して言った。
「死にたく……ないよぉ……! 」
そう言った瞬間に、玲良の目から今まで我慢してきた大量の涙が溢れてきた。
豪輝は玲良の言葉を聞き、「……言ったな」と呟いてから玲良を引き上げた。
少しの時間だったはずなのに、長い間足を付けてない感覚に見舞われた玲良は、屋上に足を付けた瞬間ふらついて四つん這いになった。
息を整えてから、スカートの中に入っている小さい頃から使っているハンカチを取り出し、涙を拭いた。
ハンカチは、あっという間に涙でビショビショに濡れた。
豪輝は玲良を掴んでいた手を力を抜いて振り、落した弁当を拾った。
「どうして……」
「あ? 」
玲良は豪輝に話しかけた。
「悲しい顔をしてたとして……どうしてあなたは、私を助けたの……? 」
「どうしてって……そりゃ、人が目の前で死んでいくのは見てられねえし……」
(やっぱそんな理由なんだ……)
玲良が溜息を吐くと、豪輝は「それに! 」と言って付け足してきた。
「何かあったなら助けてやりてえ!!! って思っただけだ!!! 」
豪鬼は笑顔で言う。
その言葉に、玲良は目を丸くした。
出会ったばかりの他人の「助けてあげたい」という言葉が、今までにないくらい心に響いたからだ。
(なんだこの人……)
玲良は、苦笑いした。
その時、キーンコーンカーンコーンと、学校の昼休み終了のチャイムが鳴った。
「……チャイム鳴ったわよ。戻らないの? 」
「お前はどうするんだよ」
「私はもう早退したことになってるから……」
「そうか……」
豪輝は少し黙った。
「次の時間理科の実験だから、サボる」
豪輝の発言に、玲良は思わず「はい? 」と声を漏らした。
「実験よりも、まずはお前のことだ。何があったのか教えてくれよ。何かあるなら力貸すぜ」
「そんな……嫌に決まってるでしょ」
「頼むよー! 声交わした仲じゃねえか!! 」
豪輝は手を合わせてお願いしてくる。
「……あなたの中では、声を交わした人はみんな知り合いになるの? 」
「俺はそう思ってるぜ」
「何よそれ……人生楽しそうね」
玲良は皮肉を込めて苦笑いしながら言った。
でもなぜか、嫌な気分にはならなかった。
何の根拠があるのか自分でも分からないが、玲良は無意識に思った。
この人なら、話を聞いてくれそう。
不思議な感覚だった。
「あ、話したくねえってなら無理に話さなくても……。一人が良いってんなら、俺はおさらばするぜ」
豪輝は気を使って玲良の様子を伺った。
玲良はそんな豪輝の様子に、クスッと笑ってしまった。
「面白くなくてもいいなら……」
玲良はそういうと、姿勢を整えて体育座りした。
「本当にいいのか……? 」
「なによ。さっきまで教えてくれって言ってたくせに」
「じ、じゃあ……」
豪輝は玲良の横に、ゆっくりと座った。
「そ、その前に、お前昼飯食ったのか? 」
豪輝がそう言った瞬間、豪輝の腹からぐぅぅ~と音が聞こえた。
「私はその……死ぬ予定だったからなんにも食べてない……というか、お弁当なんか持ってきてないわよ」
「まじかよ! 腹減ってねえの? 」
「そりゃ減ってるわよ」
玲良はお腹をさすった。
それを見た豪輝は「それなら……」と言いながら弁当の包みを開けた。
「俺の弁当、一緒に食おうぜ!! 」
そういって、豪輝は玲良に割り箸を差し出した。
「えっ!? いや、でも……」
「大丈夫だ! 割り箸ならもう一本ある!! 」
「そうじゃなくて……」
「なんだよ。お前腹減ってんじゃねえのかよ」
「でも、それはあなたのだし、私がいただくわけには……」
「んなこと気にすんなよ」
豪輝は割り箸を玲良の手に乗せた。
「死ぬ予定だったからなんも食ってねえって、お前今生きてんじゃん。だったら食えよ。大丈夫。毒なんざ入ってねえからよ」
豪輝は二段弁当の二段目を広げた弁当包みの上に置き、一段目と二段目の弁当の蓋をどっちも開けた。
中には白米、ウインナー、卵焼きなど、色とりどりの食材が入っていた。
あまりにも美味しそうだったので、玲良はつい唾を飲んだ。
「食べて……いいの? 」
「おう!! 独り占めだけはすんじゃねえぞ! 」
「……ありがとうございます。石上さん」
「苗字でさん付けなんざしなくていいぞ? 俺そんな偉い人じゃねえしな」
「じゃあなんと呼べば……? 」
「普通に下の名前で呼び捨てで構わねえよ。俺もお前の事、『玲良』って呼んでもいいか? 」
「私は構わないですけど……」
「あと俺に敬語なんか使わなくていいんだぞ? もっと気楽に話せよ」
その時、いきなり突風が吹き、弁当が飛ばされそうになった。
そこを「危ねっ」と言って豪輝が抑えた。
「そろそろ食べようぜ」
と豪輝が言うと、玲良は恥ずかしそうにしながら言ってきた。
「ありがとう……。ご、ごう……き……」
玲良は豪輝に言われた通りに、下の名前で呼び捨てで呼んだ。
モジモジしながら話す玲良を見た豪輝は、一瞬間を開けてから笑い出した。
「あはは!! しっかりしてる奴だなお前!! 礼なんざいらねえよ。とっとと弁当喰っちまおうぜ!! 玲良!! 」
玲良は何故笑われてるか分からなかったが、豪輝の笑顔を見て緊張が緩み、言葉に甘えて豪輝の弁当を食べることにした。




