弐話 投身
・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます
風を感じながら、人生最後の深呼吸をする。
覚悟を決めて、足を踏み出そうと決意した時、後ろから聞き覚えのあるような声が聞こえた。
「なにしてんだ? お前」
突然話しかけられ、玲良は驚いて後ろを振り向く。
声の主は、隣のクラスのムードメーカー、石上豪輝だった。
印象に残る太い眉と白い髪が特徴で、隣の教室にいても、壁を突き破って声が響いてくるぐらい声が大きい。
高校に入ってから、玲良とこれまで一回も話したことが無かった。
でも、今はそんなことどうでもよかった。
身投げの瞬間を、見られそうになったのだ。
(せっかく心の準備が出来たのに……)
玲良は豪輝の方を向いて話した。
「なんにもしてないですよ……。それより、何故あなたは屋上に? ここは生徒立ち入り禁止なはずじゃ……」
「おまえだって生徒のくせに。俺は昼休みに、職員室から鍵盗んでよくここで飯食ってるんだよ。んでもって今日も鍵盗もうとしたら鍵がねえから、来てみたら屋上のドアが開いてたって訳だ。そういうお前こそ、なんでここに居るんだよ。えっと……皇女さんだっけか? 」
豪輝に聞かれ、玲良は口ごもる。
玲良も同じように職員室から鍵を盗み屋上へとやってきたが、豪輝とは違い、昼飯を食べるために来たわけではない。
豪輝が片手に弁当を持っているのに対し、玲良は手ぶらだったので、聞かれてもしょうがないと思っていた。
玲良は、どうせ死ぬのだからいいかと思い、豪輝に話すことにした。
「……私の名前、知ってたんだ。石上さん」
「おまえも俺の名前知ってんのかよ」
「ある意味(声がうるさい)有名人だからね……」
「んで、何してんだよ」
「私がここに立ってる時点で察してくれないかしら。……ここから、飛び降りようとしてたのよ」
その言葉を聞いて、豪輝は「は!? 」と声を出す。
「あなたには関係ないから、屋上から離れた方がいいわよ。犯人だと思われちゃうから」
「飛び降りるってお前……。何があったのか知らねえけど、それだけはやめといた方が良いと思うぜ」
「なんにも知らないくせに……今まで我慢してきたけど、もう限界なのよ」
玲良は豪輝を睨んだ。
「もう一度言うけど、あなたには関係ない。邪魔はしないで」
「我慢って……なにかあったのかよ」
執拗に迫ってくる豪輝に嫌気が差し、玲良は怒鳴った。
「五月蠅い! 言わせないでよ!! 関係ないって言ってんじゃん!!! 」
その瞬間玲良は足を動かし、空中に置いた。
そして、重力に従って落ちていく。
目の前で玲良が落ちていくのを見た豪輝は、驚いて持っていた弁当箱を床に落とした。
(やっと自由になれる……)
空中に足を出した瞬間、玲良は心の中でそう呟いた。
と同時に、ある思いがこみ上げてきた。
学校で仲良くしてくれた友達、よくおつかいに行って親しくなった八百屋の店主。そして、身内で唯一玲良の味方をしていた、弟の舒唄。
誰にも、お礼や感謝の一言も言わずに身を投げてしまった。
そもそも、現在高校生なので、あと数年すれば自立出来たのだ。
あと数年我慢すれば、死ななくても母親から解放された。
大学や職場に行って、素敵な出会いをして、好きな服を着て、好きなものを食べて、行ってみたい場所に行って、やってみたいことをやって、寿命いっぱい生きる。
そんな理想が、玲良の頭の中を巡った。
しかしその理想は、たった今足を出したことによって、叶わぬ願いとなった。
それを総じて、玲良は思った。
死にたくない、と。




