壱話 無愛
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・この話は番外編です。この章の話を飛ばしても本編を読み進めることが出来ます
皇女玲良は通学鞄を足元に置き、一人で立っていた。
輝きのない瞳で目の前の光景を眺めていた。
彼方には山脈が連なり、少し目線を下にすれば、見慣れているたくさんの民家や、ところどころにある小さな八百屋などの店も見えた。
多数の人が歩いている様子も見えたが、玲良からみたら米粒や胡麻にしか見えなかった。
風が吹き、長くおろした髪がなびく。
制服のスカートが揺れ下に履いているジャージが見えそうになったが、押さえる素振りはしなかった。
玲良が今いる場所は……学校の屋上の淵。
玲良はそこから、身投げしようとしていたのだ。
(あと一歩踏み出せば、全てが終わる)
唾を飲み、足を出そうとする。
玲良が身投げする原因となったのはいじめ…………ではなく、家庭内暴力だった。
簡単に言えば、『愛が偏っている』というところだろうか。
ある年の十二月二十一日、二人の男女の間に女の子が生まれた。
その女の子は、玲良という名前がつけられた。
二人は、玲良を大変可愛がっていたが、ある日その日常に違和感が出来た。
母親の腹の中に、二人目の子供がいた。
父親は喜んでいたが、それが分かった瞬間、玲良の母親の様子がおかしくなったのだ。
玲良に対し、食事の時以外に会話をしなくなった。
玲良が一人で絵を描いたりおままごとをしている時、母親は家を出て玲良を一人にすることが多くなった。
母親が家に戻り、野菜などが入っていた買い物袋を机の上に置いて、重いお腹を支えながら椅子に座った。
暇になっていた玲良は、母親が持っていた買い物袋が気になり、つかまり歩きをしながら母親に使づいた。
「まま。それなに? 」
買い物袋を指さしながら、玲良は聞いた。
しかし、母親から返事は返ってこなかった。
「ねえ、まま。それなに? れらちゃんにも見せて! 」
玲良が見せて見せてと頼んでいると、母親が「玲良」とまるで感情が籠っていないような声で言った。
「いい子だから黙ってなさい。あっち行って」
立っている玲良を椅子に座りながら、見下すように話す母親に、玲良は無意識に身震いした。
母親の輝きのない瞳に、恐怖心を抱いたのだ。
玲良は「わかった……」と言って、玲良は居間に行き、一人で絵を描きだした。
数日後母親は産気づき、父親に病院に運ばれそのまま出産した。
生まれたのは男の子で、名前は舒唄と名付けられた。
数日して母親が退院した時、悲劇が起こった。
父親が、交通事故で帰らぬ人となったのだ。
その日を境に、とうとう母親は完全に頭がおかしくなったのだ。
玲良に一切口を開かず、母親の愛は、全て弟の舒唄に注がれていったのだ。
大した食事を与えず、親戚などからもらったクリスマスプレゼントや誕生日プレゼントやお年玉などは、全て母親経由で舒唄に渡されていった。
そして、日頃のストレスを全て、幼い玲良にぶつけるようになった。
舒唄を溺愛し、玲良に対しては理不尽に暴力を振るう。そんな生活が当たり前になっていき、玲良には反抗する意思が全くなかった。
舒唄にも物心がつき、次第に母親の行動に疑問を抱いていった。
ある日の事。舒唄が家にある皿を誤って割ってしまった。
「あらまあ! 大丈夫しょうちゃん!? 怪我はない? 」
舒唄が皿を割った瞬間を見ていた母親は、舒唄に慌てて駆け寄り心配した。
「ゆび……けがしちゃった」
舒唄が人差し指を出して、薄く血が滲んできている切り傷を見せた。
母親は舒唄の傷を見てから少し黙って、「玲良ぁぁぁぁぁ!!!!! 」と叫びながら玲良がいる居間に、荒々しく足音を立てながら向かった。
絵を描いていた玲良は驚いて手を止めた。
その瞬間、母親は玲良に平手打ちをした。
何故ぶたれたのか分からない玲良と、母親の後を着いてきていた舒唄は、目を丸くした。
震える手で、ぶたれた頬を抑える。
「あんたがちゃんと見てなかったから!!! しょうちゃんが怪我しちゃったじゃないの!!! 皿も割れたし、どうしてくれるのよ!! この役立たず!!! 」
玲良の髪を引っ張り、罵声を浴びせる母親。
「な、なんの話……? 私なにも知らないよ。ままが一人でなんかしてろって……」
「なによ!!! ガキの分際で口答えする気? 」
母親が手を上げ、玲良に手を出そうとすると、舒唄が「やめて! 」と叫んだ。
「やめてよまま。お姉ちゃんなにも悪くないじゃん。お姉ちゃんにいじわるしないで」
舒唄が母親に言う。
初めて母親に口出しした舒唄に母親は目を丸くし、母親は手を止めて舒唄に近寄った。
「あらあらごめんね~しょうちゃん。ちょっとままお姉ちゃんとお話ししたいから、向こうに行っててくれる? お皿はなんとかしておくから大丈夫よ~」
母親は舒唄の頭を撫でながら言った。
母親の言葉に舒唄は少し眉間に皺を寄せつつ、素直に「わかった」と言って母親から離れた。
舒唄が離れたのを確認してから、母親は居間の扉を乱暴に閉め、玲良の方を向いた。
「しょうちゃんが私に口出ししたことなんて今までなかったのに……あんた、なにか吹き込んだわね!!」
「いや、わたし何も言ってない……」
「五月蠅い!!! 」
そこから、いつもよりも激しく殴られたり蹴られたりした。
玲良に対する苛立ちと、舒唄に口出しされた苛立ちが重なり、いつもより力が込められていた。
腹を蹴られ、嘔吐したらしたで再び殴られ、蹴られる。
玲良の精神は、既にズタボロになっていた
唯一の癒しと味方は、弟の舒唄だけだった。
母親が一通り玲良に手を出した後、母親の目が離れた隙に玲良の元へ行き、慰め、謝罪をしてくるのだ。
「お姉ちゃんはなんにも悪くないのに、僕のせいでごめんなさい」
「舒唄……大丈夫。舒唄は何も悪くないよ」
必死に頭を下げる幼い舒唄を見て、玲良は胸が苦しくなっていた。
玲良は、肉親である母親を酷く恨んだ。
しかし、恨んだところで形には出来なかった。
数年すれば自立して自由になれるが、今は親に頼らなければ生きていけない年齢であった。
仮に出て行ったところで保護される。
仮に殺したところで少女Aとして逮捕される。
窮地に追い込まれた玲良が考え付いたこと。それは、死だった。
自分が死ねば、自由になれる。
自分が死ねば、舒唄は責任を負う必要が無くなる。
そして今日は、決行の日だった。




