第七十三話 蘇ったもの
「そうだ……俺は……綺たちと同じ人間……だったんだ……」
「! あなた! もしかして記憶が……!?」
ハシヒトはアナホベの顔を覗き込む。
「お前の名前は玲良……俺の名前は……豪輝……」
人間の頃を思い出し、お互いの名前を口にする。
アナホベは上体を起こし、ハシヒトの方を見る。
そして、少し間を開けてからハシヒトの方を向く。
「俺たち本当に…………さっきは悪かったな」
ハシヒトは口を少し押さえてから、涙声で返事した。
「いいのよ……いいの。なんにも怒ってないわ。……ありがとう……思い出してくれて……嬉しいわ……」
ハシヒトは腕につけていたリストバンドで、流れてくる涙を拭いた。
「もしかしてあの様子……」
「人間の頃の記憶が、戻ったのかな?」
近くでアナホベとハシヒトを見ていた綺と晃が話す。
「モドッタッポイネ」
「ヘェー。メズラシイコトモアルンダ」
スイコとテンノは、あまり興味なさそうな声のトーンで言った。
アナホベは立ち上がり、ハシヒトと少し話してからクルッと向きを変えて、綺たちの方に近寄ってきた。
綺たちは念のため身構えたが、襲ってくる気配はなかった。
「本ッ! 当! に! 申し訳ございませんでしたァ!!!」
本当という部分に強いアクセントと付けてアナホベは大声で謝罪し、深々と頭を下げた。
突然の謝罪に、綺と晃は目を丸くした。
「記憶が無かったなんて言い訳できねえ!! 俺はお前らにとんでもねえことをやっちまったんだ!! えーっと晃!! お前のバットで、俺を一発殴ってくれ!!」
アナホベは腕を大きく広げ、いつでも殴ってくれと言わんばかりに無防備な格好をした。
「は? ちょ、殴ったりなんて……しませんよ!!! 謝罪さえもらえれば結構です!!」
「そんなあ!! じ、じゃあ綺!!! そのパイプで俺を……!!」
「いきなり私に矛先向いた!? 殴りませんよ!! 晃と同じ意見で、反省さえしてもらえれば私は……」
突然話しかけられた綺は、慌ててアナホベの頼みごとを断った。
「怒ってないわ……怒ってないわ……謝ってるの……伝わったわ。顔をあげて……」
「くっ……お前も、さっきは本当にすまなかったな。えーっと……」
「私……ヨウダイ。名前……ヨウダイ……」
ヨウダイの名前が分からないアナホベに、ヨウダイが自分の名前を教えた。
「全く……後で天智さんや藤原さんにも謝らなきゃ。特に藤原さんには……」
ハシヒトが近づいてくる。
「あいつには自分で言うのもなんだけど、ひでぇ事しちまったからな……」
「藤原さんは、無事でしたか?」
「はい、なんとか。ただ、暫くは自分だけでは動けないようです」
「うわぁ……」
綺の言葉を聞いて、アナホベは思わず声が漏れた。
その声を聞いたハシヒトは、アナホベの頭を軽くパシッと叩いた。
「うわぁじゃないでしょ。誰のせいだと思ってるのよ」
「いてて、まあそうだよな。二人にすまねえって言っといてくれねえか? それとも、俺が直接行って謝りに行こうか?」
「いや……それはやめておいた方が……」
晃が苦笑いしながら言う。
アナホベは、「なんでだよ」と言って首を傾げた。
「第一アナホベさん、僕たちの事襲う前にコンビニ荒らしましたよね?」
「あ……」
「入り口のシャッターは壊れてしまったし、従業員部屋の中の壁や床にヒビが入るで色々大変だったんですよ。そんな状態で謝りに行ったら、多分鐵昌さんブチ切れると思いますよ」
その言葉を聞いて、綺とハシヒトも苦笑いした。
「それなら尚更謝りに行った方がいいじゃねえか。怒られるって言われても自分が悪いってことは分かってんだし、お前らに迷惑かけちまったのは本当の事だからな」
アナホベは素直に言った。
(アナホベ……やっぱり、根は優しい人間だったんだ……)
綺は心の中で思った。
そう思えば思うほど、綺の中である思いがこみ上げてきていた。
「社長……」
それは、社長への少しの憎しみだった。
その時、綺の思いが通じたのかは分からないが、カツン、カツン、という足音と声が聞こえてきた。
「あれま。まだ命令執行してなかったんだ。アナホベくん」
ニヤニヤと笑いながら、聖間が歩を進めてきていた。




