第六十九話 放逐
「ということがあったんです」
ハシヒトが説明した。
その説明を聞いて、晃が「もしかして……」と口を開いた。
「アナホベさん、さっき『ご主人様に喰えって言われた』、みたいなこと言ってましたよね? 多分ですけど、ハシヒトさんがこのまえ(第四十話)言ってたのと同じで、アナホベさんもご主人……社長の命令に逆らえないのでは……? 」
晃の言葉に、綺とハシヒトがハッとする。
「そうか……。その話で行けば、社長がアナホベに命令して今に至るって、辻褄があうね」
綺は無意識にアナホベを呼び捨てで呼んでいた。
その時、綺たちのすぐ後ろから、人間のものではない声が迫ってきていた。
「ニンゲン……ニンゲンダァ……」
「クイタイヨ……クイタイヨ……」
呻き声の中から、時々聞き取れる声もあった。
そのおぞましさに、ヨウダイは綺の後ろに隠れた。
「怖いわ……怖い……」
怯えるヨウダイの声を聞いて、綺はあることに気づいた。
(バキュロの喋り方と、ヨウダイさんの喋り方って、なんか似てね? )
これもあの薬の副作用なのかな?
そんなことを考えていると、横から「綺! 危ない! 」という晃の声が聞こえた。
咄嗟に顔をあげると、綺の目の前までバキュロが迫ってきていた。
あ、これ死んだな。と心の中で綺が思い目を閉じた瞬間、目の前まで迫ってきていたバキュロたちが、全員真横へと吹っ飛んでいった。
強い力で飛ばされたのか、吹っ飛んでいったバキュロたちは壁にぶつかり、全員血を吐いて斃れて行った。
物凄い音が聞こえ、綺は恐る恐る目を開いた。
「お怪我はありませんか!? 蘇我見さん! 」
ハシヒトが心配そうに言ってきた。
綺は状況が理解できず、晃に聞いた。
晃はハシヒトの方を向いて、目を丸くしていた。
「……何があったの? 」
「ハシヒトさんがバキュロにこう……バチーン!! ってやったんだよ。バチーン!! って! 」
晃が手のひらを広げて、大きく振っている。
綺は、 ビンタしたって言いたいのかな? と解釈していた。
「まだいるわ……いっぱい……いっぱい……」
ヨウダイが残っているバキュロを見ながら言う。
バキュロの大群は、一目散にヨウダイに手を伸ばす。
そこを、晃がバットを振って追っ払った。
「サスガコウ」
「オトコマエー」
「でしょー!? もっと褒めろー! 」
スイコとテンノに褒められた晃はテンションが上がり、残ったバキュロを全て斃していった。
「どんなもんだい! 」
「普通にすごいね」
晃が胸を張った。
綺は素直に褒めた。
「おま……えら…………」
不意に声が聞こえ、綺と晃は同時に振り向く。
下を向きながら、アナホベがゆっくりと一歩一歩近づいてきていた。
足に重みがかかってるのか、歩くたびにアナホベの足が数ミリ床に沈んでいた。
歩くたびに足跡が出来ていた。
一応スリッパのようなものは履いていたが、穴が開いていたり破けていたりと、履いている意味がないぐらいボロボロになっていた。
そしていきなり、
ゴッ!!
というコンクリートが砕ける音と共に、アナホベが素早く移動し、綺とヨウダイの目の前まで来ていた。
「とっとと……!! 喰わせやがれえええええ!!!!! 」
アナホベは右手に握りこぶしを作り、綺たちに振りかざした。
刹那の出来事だったので、綺とヨウダイは足を動かせなかった。
(せめて、ヨウダイさんだけでも……! )
綺はしがみついてくるヨウダイを抱きしめ、目を閉じた。
その時、パァン! という音が耳元で聞こえた。
あれ? 痛くない?
綺は目を開いた。
アナホベの拳は……ハシヒトの折れてない片手に包まれていた。
ハシヒトが細かく震える。
「……何やってんのよ!!!! 馬鹿っ!!!!!! 」
ハシヒトはそのまま手に力を入れ、アナホベの手を握りつぶした。




